同じ名前では不都合なので、直接会いに行きました
間が悪いというか何というか。
悪いのはセンスですかね?
いや、センスが悪いとは思いたくないです。
もう一人の方にも関わることですから。
わたくしは貴族学校在学中から作家として活動しているのです(ここまで自慢)。
雑音に煩わされると執筆活動に影響します。
だからペンネームを名乗り、作家であることを内緒にしているのです。
当然ですよね?
間が悪いとはどういうことなのか。
ペンネームなのですよ。
作家女王にわたくしはなる! と意気込んでいましたから、『クインビー』というペンネームにしまして。
……娼婦女王と被りました。
後から気付いたのです。
『クインビー』って作家よりも娼婦っぽいなと。
ちょうど同時期だったのですよ。
わたくしと娼婦クインビーさんのデビューが。
どちらが先だとも主張できない感じで。
もちろん最初はお互いの名が被っていることなど知りませんでした。
いや、娼婦クインビーさんの存在を知ってたら、わたくしもさすがに同じ名を名乗る度胸はなかったですよ。
多分本名をもじって、『クリスチーネゴーダ』みたいなペンネームにしていたかと思います。
しかし互いに名が知れてくると不都合も起きるわけで。
「クインビーさんって、本業は娼婦なんですか?」
「は?」
当時わたくしはまだ学生でした。
何故娼婦と間違えられたかわけがわからなかったのですが、理由を知って。
まずいと思いました。
間違いなくこの手の誤解は頻発するだろうと思ったからです。
そしてわたくしにとってリスクが高いと感じたのです。
だって作家と娼婦で同時にクインビーとして活躍していれば、面白がって調べようとする人が出てきますよね?
例えば出版社で『実はクインビーは貴族学校の学生だよ』なんて情報が漏れたりしたら、学生のクセに娼婦か? クビにしろなんてことになりそうじゃないですか。
真相が明らかになったところで噂は消えませんから、ダメージは大きいです。
わたくしの小説は少女から若い女性向けなのですよ。
娼婦の噂があった作者の本なんか読まれると思います?
わたくしが姿を見せれば誤解は解けるのでしょうが、もうペンネームの意味がなくなってしまいます。
執筆活動に邪魔が入るか、他の生徒が浮つくから書くのをやめろと言われるか。
いずれにせよ八方塞がりです。
解決のためにペンネームを変えればいいことはわかっています。
でもクインビーの名について来てくださった読者さんがいるではないですか。
『元クインビー』などと注を入れては、やはり娼婦と関係が? と思われてしまうのでしょうし。
わたくしの結論はこうでした。
娼婦クインビーさんに会ってみるしかない。
可能なら穏便に引いてもらい、わたくしに『クインビー』の名を譲ってもらえるとありがたいなあと思っていました。
アポを取って実際に娼婦クインビーさんに会うと……。
「あらいらっしゃい。貴女が作家のクインビーさんですのね? こんなに可愛らしい方だったなんて。お会いできて光栄ですわ」
華やかな笑顔に見とれてしまい、一瞬言葉が出ませんでした。
さ、さすがスター娼婦です。
こんなに美しい方に間違えられていたとは、わたくしの方こそ光栄です。
「早速で申し訳ないのですが」
「つまりダブルクインビーで困る、ということが仰りたいのですね?」
「はい」
「できれば妾に『クインビー』の名札を外して欲しいと」
「その通りです」
話が早いです。
やはり売れっ子娼婦になるような人は、頭もいいですね。
「早晩貴女がいらっしゃるだろうなとは思っていました。何分妾の方からはコンタクトを取れませんから」
「ですよね」
わたくしは正体を明かしていないですから。
「しかしまことに申し訳ないですが、妾も名が売れてきたところなのです。今名を変えるというのはできないことでして」
だろうと思いました。
自分でもムリだろうなと思いましたから。
大体娼婦クインビーさんはそれほど困っていないのでしょうし。
「いえ、難しいとは思っていましたので」
「ごめんなさいね」
「とんでもない。クインビーお姉様が素敵な方と知れてよかったです。わたくしのお話に登場させたいくらいです」
「それです!」
「は?」
「ダブルクインビー売りというのはいかがでしょうか?」
「ダブルクインビー売り、ですか?」
とても自信のありそうな笑顔ですね。
どういうアイデアでしょうか?
「問題は妾達の名前が同じであることではなくて、混同されることですよね?」
「仰る通りです」
そうです、わたくしは勘違いしていました。
娼婦と勘違いされることがなければ、同じ名でも不都合はないのです。
「そこで貴女は妾に関するお話なりルポルタージュなりを書き、自分とは別人だけど同じ名を名乗る者として興味が湧いた、としておくのです。妾はお客さんに、妾と同じ『クインビー』という名の可愛らしい作家さんがいるのですよと宣伝しましょう。そうすれば『クインビー』は二人いるということが、徐々に広まってゆくでしょう。また妾達が有名になるほど、ダブルクインビー効果は大きくなりますよ」
「むしろ相乗効果で宣伝になるということですね?」
「はい。いかがでしょうか?」
「素晴らしいアイデアです!」
娼婦クインビーさんは素敵です。
ルポがいいかもしれません。
わたくしも仕事の幅が広がりますし。
「早速取材させていただいてよろしいですか?」
「貪欲ですね。今日は休みをいただいておりますので、もちろんよろしいですわ」
◇
――――――――――三年後。クライヴ・ハスケル男爵令息視点。
ネコラ・クリスティ男爵令嬢と知り合ったのは貴族学校時代だ。
大人しいのだが意外な人脈を持っていて。
不思議な令嬢だなと思っていた。
好奇心旺盛なことを示す瞳が奇麗だと気付いた時には、既に恋に落ちていた。
ネコラと婚約して、卒業後に結婚して。
その時に作家活動をしていると告白された。
ああ、そういう方向の人脈だったのか。
別に構わない、大いに活動してくれと言ったら、ネコラは嬉しそうだった。
認めるのが家庭円満の秘訣だ。
もっとも主に少女向けの小説を書いているということだったので、ネコラには悪いけど興味はなかった。
すまんねと一応謝ったけど、ネコラは口出されるよりよっぽどいいと言っていた。
ふうん、作家ってそういうものか。
あまり邪魔しないようにしよう。
要するにネコラは猫のような女性なのだ。
構われたい時は自分で甘えてくる。
いや、俺も四六時中相手しろなんて女性は苦手だ。
ちょうどいい距離感を保っていて、結婚生活は快適だった。
「クインビー? 名前は知ってる。超美人という噂の娼婦だろう?」
たまたま娼婦クインビーの話題になった。
「会ったことがあるの?」
「ええ、取材させてもらったことがあるのよ」
ネコラの人脈は意外なところに繋がっているなあ。
ちょっと驚きだ。
「いいなあ。どんな人? やっぱり美人なの?」
「とっても美人のお姉様よ。それ以上に頭がいいと感じて」
「へえ。ネコラが認めるほど頭のいい人なんだ?」
「というか機転の利く人。元々商家のお嬢さんで、ある程度の教育を受けていたそうなのよ。実家の没落で娼婦に身を落としたけれど、そんな不幸な身の上を他人に悟らせない素敵な方よ」
よく調べてるな。
取材したからか。
「身請けされることが決まったから、今後は話題にならなくなるのではないかしら。ああいう方は幸せになってもらいたいと思うわ」
「ええっ? 身請け前に一度お相手してもらいたい」
「もう、クライヴったら嫌らしいのですから」
あっ、これは本気で拗ねているやつだ。
機嫌を取っておかねば。
「もちろん俺の最愛はネコラ、君だけどね。マイスイートハニー」
「調子ばっかりよくて」
「ハハッ、俺の長所の一つだと思っているよ」
「……わたくしだってクインビーなのですからね」
「えっ? よく聞こえなかった」
「何でもありませんわ」
クインビーはともかく、機嫌は直ったらしい。
これは幸せってやつだな。
『満原こもじ』ってセクシー女優にいそうな名前だなと感じたことから思いついたネタです(笑)。
だってなろうユーザーの中に時々セクシー女優と名前被ってる人がいるんだもん。
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