候補者たち
「それじゃあ今日のホームルームは、十一月にある球技大会のリーダーを決めてもらいます」
6時間目に設けられたホームルームの時間。担任からの議題に、クラスメイトたちが不満げな声をあげる。俺はその様子を、今日もいちばん後ろの席から観察している。もちろん、“chi.”の正体を探るためだ。
そのユーザー名は、やはり大きなヒントだろう。単純に考えれば、名前もしくは名字の頭文字が“ち”である可能性が高い。このクラスで該当するのは名字だと地川、筑後。名前では智絵、知佳、千歳。男女合わせてこの五名だ。
ただこの中には、すでに候補から外したヤツがひとりいる。
「なあ、リーダーは三上がいいんじゃね?」
「それいいね!」
「三上がリーダーするなら、私も係やろうかな」
「はいはーい、俺も手伝う」
三上千歳。今この瞬間、クラス中の注目を集めている人物だ。
三上千歳は人当たりがよく、いつも笑っている印象がある。落ち着いた雰囲気な割に、いわゆる陽キャのグループに属している。成績は優秀、誰かがひとりでいたり調子が悪そうにしていれば、率先して声をかけている。教師たちからも気に入られているようで、絵に描いたような優秀な生徒だ。身長は俺とそう変わらず、ミルクティー色の髪はサラサラ。百人に聞けば百人がイケメンと答えるだろう、整った顔立ち。毎日誰かしらに告白されていたとしてもちっとも驚かない、クラスいちの、いや学校中の人気者だ。
でも俺個人が感じている印象は、少し違う。話しかけられたことは一度もないし、ふと目が合おうものなら素早く逸らされる。不真面目な俺は“いい子”の三上にとって、手を差し伸べるに値しない存在なのだろう。クラスメイトではあっても、仲間とは思われていない。嫌われている、というわけだ。
そんな三上が自分とコンタクトを取ろうとするなんて、絶対にあるはずがない。だから“chi.”の候補に、端から入れていなかった。
「じゃあ、オレ、リーダーやります!」
考えこんでいたら、勢いのいい声が聞こえてきた。三上だ。よくやるよな、さすがいい子ちゃん。頬杖をつきつつ、ぼんやりと眺めていると。
「……ん?」
三上の様子に、俺は違和感を覚えた。なんだ、あの顔。
窓際のいちばん後ろの席の俺から見て、2つ横の列、3つ前。斜め後ろから見えるその顔が、一瞬強張った。でもクラスメイトたちに、気づいている様子はない。三上がやってくれるなら心強いと、団結力すら生まれているみたいだ。
なんだこれ。あいつら、三上と仲がいいんじゃないのか? 三上は明らかに気乗りしていないみたいなのに、分からないものだろうか。俺は思わず首を傾げる。とは言え球技大会に参加する気はさらさらないから、正直どうでもいいけれど。
それよりも、“chi.”の正体を探りたい。候補である残り四人に目を向けてみると、ひとり残らず三上に拍手を送っていた。その光景に、俺はつい眉を顰める。こいつらも、三上の垣間見せた表情に気づきもしないというわけだ。そんな人間の乞うままに、俺はゲームの相手をしてやっているのか。嫌悪感で、反吐が出そうだ。
そんなヤツの望みを叶えてやるなんて、冗談じゃない。絶対に言い当てて、ブロックで終了。そんな結末を、俺は改めて思い描いた。