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二話

 オンボロ電車に体を揺られながら、近年長らく見ていなかった車窓越しの田園風景をぼーっと見つめる。人口的に無理やり作られた不自然な都会の緑より、勝手気ままに成長している新緑の方が心に優しい。


「終点、終点です。乗り換えのお客様はー」


 最後に見た時とは見違えるようにして綺麗になり、まるでハリーポッターの9と4分の3番線に迷い込んだような気分になるけれど、やる気のない車掌の声だけは相変わらずで、少しほっとした。

 駅から見渡せない唯一の建造物である駅と半場くっ付いているデパートの中に、懐かしいピッという音を立てながら改札を潜り抜けて入る。

 学生の時に飽きる程見た景色のほとんどは当時のままだったが、当時「流行り」とか「トレンド」とか言われていたものはデパートから姿を消し、逆に「時代遅れ」とレッテルを貼られていた蕎麦屋は生き残っていた。特段美味しくはなかったものの、店員の人の良さと優しい味が特徴的な店だった事が勝因だろう。

 店内をちらっと覗くと、学生の時には分からなかった良さが少しわかる気がした。これは、良い大人の実感の仕方だった。


「友達との約束で五分前行動するみたいな真面目ちゃんじゃなかったのになぁ」

「だが残念。俺の方が早く来るってのは大人になっても変わらないみたいだな」


 声のする方を向けば、生き残った勇者が一人、木村拓翔が柱の後ろからニヤついて彼女の方を見ていた。

 キザな登場方法であるものの、学生時代の幼いイメージが抜けきって随分と逞しくなった木村に少しかっこいいと思ってしまったのは不覚だった。

 最も、彼女の横で屯っていた女子中学生の集団やおばさまズもキャーキャーと器用に小さく叫んでいるので、木村の容姿には思い出補正が掛かって美化されておらず、一般女性の感性からすればかっこいいようだ。


「そんなに再会を楽しみにしてくれてただなんて嬉しいわねー」

「棒読みかよ。まぁ……あんま聞かれたくない話だ。早う入って人のいない所に行こうぜ」

「店内、もうそろそろ人でぎゅうぎゅう詰めになりそうだけど?」

「この店、何と店長の趣味でVIPルームってのがあるんだよ。一度だけ海外の俳優が来た時にもてなせなかったのが悔しくてって理由で」

「……六年間通って初めて知ったわ」

「ま、俺は勇者だからね。有効活用さしてもらいますよ」


 そう言って何一つ変わらない店内に消えていく彼の背中からは、昨日発せられたほんの少しの怒気などは一切感じられない。この店から出る時、頼むからこの背中が怒気に満ち溢れていませんように、と祈り扉を開けた。


 多目的トイレがあるとばかり思っていた扉を好奇の目に包まれながらどや顔の木村に先導され、広々とまではいかないものの二人だけでは十分すぎる空間に辿り着いた。

 改めて木村と向き合うと、少しワクワクとしていた気分はしぼんで緊張感がぶくぶく育つ。どちらが先に、何について切り出すか決めかねている状況に終止符を打ちかねていた。


「ご注文はお決まりですか?」

「え、ああ、じゃあ、カルボナーラで」

「……えぁ!、ミラノ風ドリアで」

「承りました。出来上がった料理はロボットが運びに来るので、驚いて取り落としたりしませんようにお願いします」


 従業員が去ると、再び静寂が訪れる前に木村が口火を切った。

 結局口火を切らせてしまった。せめて情に訴えかけないようにしようと、そう決めたのに。


「ロボットだってさ。俺達が最後来たときはそんなんなかったよな」

「そりゃそうでしょ。何時だと思ってんのよ」

「ははっ、なんか俺達、じじばばみたいな話しかしてねぇな」


 確かに老けて見える、と言えば本気になって携帯のカメラで白髪が生えていないか入念に調べ出す木村に冗談だと言って笑い、記者として何年やって来たと思ってるんだと自分を鼓舞しながら切り出した。


「ねぇ、勇者の話だけど」

「ああ。本物の勇者は綾瀬じゃない」


 頬杖を突きながら扉をぼんやりと眺めながら、カルボナーラを頼んだ時よりも穏やかな声音で木村は言った。

 想像の何十倍もあっさりと木村の口から答えを聞けた彼女は、手から無意識に握りしめた乾いたウェットティッシュを取り落した。私は今、物凄い馬鹿みたいな顔をしてるんだろうな、と思いながらも表情筋に力が入らない。

 凄まじい安心感と共に、何故こんなにもあっさりと明かしたのかと頭が疑問符で埋め尽くされる。


「本物の勇者、の定義を魔王を倒した奴、だって言うんだったらな」

「……?」

「お前、ほんとーに顔に出やすいよな。単純って言われた事ない?馬鹿とか」


 少し前ならおかしそうに笑う木村に気持ちが揺れてしまいそうだったけれど、今は木村の言葉に囚われていた。彼女だって伊達に記者をやってきたわけじゃない。言葉の解釈を考えるのには慣れている。

 しかし勇者というものは記者の解釈の仕様がないほどシンプルな意味しか持たず、国中の誰でも固定観念染みたそれを教わってきた。


「本物の勇者って、神託教から選ばれた魔王を討ち取った人物のことじゃないの?」

「まあ、広義の意味だったらそれであってるよ。だけど、俺たち日本勇者たちの認識は違う。俺達は、最も勇気のある奴が本物の勇者だと思ってたんだ」

「最も勇気のある奴?実績を上げた人とか、魔王を討ち取った人とか?」


 神妙な顔をして木村は頭を振った。


「ちげぇよ。てか、勇者以外は魔王見た事ないだろ?」

「……まぁね。イラストサイトとかで魔王とか題されたイラストは見かけたりするけど」

「あんな可愛らしいもんじゃない。魔王ってのは、どの生物の特徴も持ちながら、最も生物から遠い形をした、ありていに言えば化物なんだ。あんなのに挑もうとする時点で、俺達は全員勇者だったって胸を張って言えるね」


 少し顔色を青くし、木村は口元を抑えた直後に水を大量に呷った。

 私にとって上司がストーカー化したようなものか、と少し想像し、木村と一緒に水を一気に飲み干した。

 頭がキーンと冷やされ体がさらに冷たくなったタイミングで、店内の暖かい空気と共に料理を抱えたロボットが入ってくる。


「んで、何処まで話したっけ」

「魔王がすごく気持ち悪くて、あんなのに挑もうとする時点で勇者だーって言った所」

「あーそうそう。んで、俺達が本当に勇気があるって思ってたのは綾瀬だ。アイツは俺達を纏める責任と、日本の代表としての責任を背に負って戦ってたんだ。当然って言えば当然だ」

「……じゃあ、綾瀬勇者以外の人が止めを刺したの?」

「違う。綾瀬が止めを刺した、とみんなが思っていた」

 

 実際には、魔王は死んじゃあいなかった、と木村が続けた。


「全員が、首を飛ばされてった魔王を見たよ。けどな、あいつはそれでもまだ生きていた。撤退途中、殿をしてたアメリカ部隊が気づいたのが最初だったよ。魔王は綾瀬だけを執拗に狙ってた。多分、自分の首を落した奴が憎かったんだろう。感情があるかは知らんが」

「綾瀬含め、俺達勇者は肉体的にも精神的にも疲れ切ってた上に随分と油断してたんだ。何の抵抗もできないまま綾瀬が首を落され返そうになった時に、先に撤退してた柊が魔王の心臓をぶち抜いて撃ち殺したんだ」


 あの時は、リーダーを救ってくれて、魔王を殺してくれてありがとうってみんなで泣いて喜んだもんだよ、と表情に似合わない浮かない顔でちびちびとカルボナーラをつつきながら木村がつぶやく。


「お前が欲しがってた“本物の勇者”の正体は柊。これで、満足してくれたか?」

「……それにしては随分、物言いたそうな表情をしてるけど。私に負けず劣らずよ」


 彼女だって馬鹿じゃない。木村が怒りを爆発させようとしていたなら、こんな事は言いはしない。

 木村は驚いて手元を見つめると、額に手を当て呆れたようにして首を反らした。

 

「そっかぁ。俺も、誰かに言いたかったのか」

「溜め込んでても良い事ないわよ」

「まぁな」


 木村は大きなため息をついた。


「俺は思うんだよ。柊は本物の勇者なんかじゃ絶対にないって。それどころか、勇者ですらないただの一般人だ」

「は?神託教が間違った判断をしたって」

「あいつが神託教の教会に一度でも行ったか?神託教の教会で撮った日本代表の集合写真に、一度でもあいつが写った事があったか?」


 彼女は木村が言わんとしている事を察し、顔を青くした。


「まあそれは正直言ってどうでもいい。俺は、お前にあいつを本物の勇者にして欲しくないんだよ」

「羨ましくは……ないんだよね」

「当然だ。俺に本物の勇者は似合わないからな。だが、俺以上に柊は似合わない。あいつは俺達他の勇者が平然として耐える物事、例えば傷だったり誤射だったり、果てには何も成し遂げてねぇ癖に俺達に石を投げてくる奴だったり。柊は気にしなくてもいいような些細な事で心に傷を負っていった。アイツは勇者に勝る勇気は持ってなかったが、その代わりに勇者が時に切り捨てる優しさを持ってたんだ。何かを成し遂げようってのに、甘えとも捉えることのできる優しさを持つってのは理想論だろう、って言ったひねた勇者もいたよ。でもな、殆どは理想論だとしても俺達はその優しさを失わないで欲しいと思ったよ」


 終始穏やかに、けれど抱えていた思いを吐き出すように一語一語をくっきりはっきりと、語り続ける。

 ふと彼女は、木村がこれほど真剣に想い、語った人物が今までにいただろうかと過去を思い返し、柊勇者に少しの嫉妬を抱いた。同時に、木村に数年でこれまで想われる要因として、勇者という特殊な状況下にあったとしても優しさだけではつり合いが取れないように思えた。

 一体、柊勇者の何がここまで木村を引きつけたんだろう。


「実際、あいつは最後まで優しさを捨てきらなかった。手遅れとしか思えない味方勇者を撤退させて、応急処置や励ましの言葉を掛けるのはあいつにしか出来なかった。あいつのお陰で命を救われた仲間は少なくなかった。魔王は応急処置程度で助かるような傷を寄越してくる事は無かったから柊の優しさは無駄に、いや、無駄にはならなかった。少なくとも、逝った仲間たちにとっては」

「……ここまで聞くと、よくあんた生き残ったね」

「運が良かったんだよ。実力は全員同じだった。兎も角、柊は優しい。あいつはもう十分に持ち前の優しさで傷ついた。だから、もうこれ以上、本物の勇者だなんて重荷を背負わせて傷つける原因を作りたくないんだ。もう、似合わない勇者なんてやめて、ゆっくりと過ごして欲しいんだ」

 

 そう言う木村は語気を強めるものの決して目で訴えかける事などせず、彼女に強要しようとはしていなかった。今までの言葉は全て本心だろう。

 木村の優しさも大概だった。

 生活の、家族のためと言った彼女のために、本心から柊勇者を本物の勇者にしたくないと願っているのにも関わらず、情報を渡した。これも柊勇者から学んだことなんだろうか。願いを叶える上では邪魔になる甘えを、優しさを持っていたいと。


 彼女も木村に優しさは持っていて欲しかった。けれどもそれは、木村の情に頼る事と直結していた。


「……分かった。諦めるわ」

「……良いのか?家族と生活が懸かってんだろ?」

「私一人が倒れたぐらいで全壊する程母さんたちもやわじゃないよ。ちょっと厳しくなるかもだけど、耐えれば何とかなる」

「俺が言うのも何だが、多分これ、相当な金になるぞ?」

「いーの。お人よしを苦しめて得たお金で喰う飯が美味しいと思えるほど私は図太くないの」


 お人よし、というワードに木村の表情がピクリと反応する。だがそれも一瞬の事で「久々に電話してきたと思ったら今日会える、だの言ってきたやつが何言ってんだか」と皮肉を飛ばしてくる。

 私の表情同様に分かりやすい木村の仕草に懐かしさを覚えつつ、軽口を飛ばし合いながら飯を食った。

 真面目な話は脇において、綾瀬の生真面目具合や上司の変態性について駄弁り続けた。

 中学生かと思う程居座っていたが、分別ある大人として配慮ぐらいは覚えていた。


「なんか、こうしてお前と飯を食えるって思ってなかったからな。終始夢見心地だったわ。最初は夢は夢でも悪夢だったが」

「悪夢ですみませんね。……今度は険悪なムードなしで予約するから、それまで生きてなさいよ」

「俺だって腐っても勇者さ。そんじょそこらの物事に殺さりゃあしねぇよ」

「宿題に忙殺されてたのが良く言うわ」

「今は時々番組出れば金が入る、いわばニートだからな」

「無敵じゃん」


 二人で意味もなく笑い、店の前で別れた。時刻はもう午後四時を回っていた。


 彼女は木村の姿が見えなくなるところまで消えると、仕事用にいつも持っているメモ帳を取り出す。

 お気に入りの万年筆で走り書いた。


 木村は嘘をついている。

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