第3話 藍紗 イングラムはシスターなのである。
藍紗は中学のクラスメートだ。
桜良と2人して、ボクにちょっかいを出してくる。
先日は、桜良に神社に連れて行かれて、ひどいめに遭った。あやうく、巫女様デビューしてしまうところだっだぞ。
さて、そんな今日は、藍紗の家にお泊まりにいく約束をしている。藍紗のお父さんは牧師さんなのだが、住まいは教会ではない。だから、家に遊びにいく分には、特に問題はないのだ。
藍紗のお父さんもお母さんも優しくて、良い人だ。お風呂の準備をしてくれたので、藍紗と先に入らせてもらうことにした。
お風呂に入って気づいたのだが、藍紗もチッパイだった。なんだか自信がついたぞ。
それにしても、お風呂の水が、少しピリピリするのだけれど。
「藍紗、このお風呂は水道の道じゃないの?」
「それ、実は地下水なんだよー。ミネラルたっぷりで美容にいいんだよ」
「へぇぇ」
美容かあ。
「うん。だって、早く彼氏欲しいし♡」
こてこての教会の娘かと思ってたけど、案外、普通の女の子なんだね。ボクは安心したよ。
これなら、雨宮神社のような酷い目には遭わないですみそうだ。
お風呂をでると、藍紗が着替えを貸してくれた。白と黒のもこもこのパジャマ。フードの帽子にはバッテンの模様がついてて、可愛い。
お風呂あがりに牛乳を出してくれた。
渇いた喉に沁み渡るぜっ。
ボクは自分と藍紗の胸を見た。
牛乳は身体を作ってくれそうだけど、2人とも先は長そうだ。
「花鈴。夕ご飯まで部屋にもどろっか?」
2人で部屋に戻る。
藍紗の家は新築で、シックでオシャレだ。
部屋のドアもしっかりした作りで、藍紗の部屋も黒いドアと白い壁のモノトーン調でまとまっている。
「2人とも。ご飯ができたわよ」
一息ついていると、お母さんが声をかけてくれた。藍紗と階段をおりると、テーブルには、すごく豪華な夕食が準備されていた。
子羊のソテーに、ウナギのオレンジスライス添え、丸いパンに、赤ワインだ。
すごく良い匂いがする。
藍紗のお母さんは、料理が得意らしい。
皆で席に着く。
3人は神様に感謝の言葉を捧げ、食事がはじまった。
(ボクに食前の祈りを強制する訳じゃないし、これくらいならね)
すごく豪華な夕食にびっくりしてしまったボクは、聞いてみた。
「ボク、ラムのお肉たべるの初めて。うなぎも、久しぶりで凄く嬉しいです。ありがとうございます!! 藍紗はいつもこんな豪華な夕食をたべてるの?」
すると、藍紗は笑った。
「ううん、普段は質素だよ。今日は、花鈴が遊びに来てくれたから、特別メニューだよ」
「へぇぇ!! お父さん、お母さんありがとうございます。ご飯さんもありがとう」
すると、お父さんは笑った。牧師さんのお父さんは、イギリス出身の金髪イケメンだ。
「花鈴ちゃん。食べ物に感謝できる、ほんとうに良い子だね。……ウチの子にならない? 花鈴ちゃんはスイスの血が入ってるんだっけ? 2人でいると、藍紗と姉妹みたいだよ」
ボクは藍紗の方をみた。藍紗はお父さんの影響で亜麻色の綺麗な髪の毛をしている。ボクは兄貴しかいないけど、姉妹がいたらこんな感じなのかなぁ。
お世辞だろうけど、褒めてもらえて嬉しい。
お父さんは続けた。
「あ、2人の前にあるのは、ぶどうジュースだから安心してね」
夕食でぶどうジュースなんて、オシャレすぎる。
その時、ボクは既視感に襲われた。
赤ワインに丸パン。うなぎに子羊。
うーん。どこかで見たことがあるような。
うー……、思い出せない。
食事も終わり、藍紗の部屋で一緒に過ごす。お菓子をたべたり、テレビをみたり。
「もう21時だ。そろそろ寝ようか」
しばらくすると、藍紗はそういって電気を消した。ベッドに2人で並んで横になる。
汗臭い兄貴の部屋と違って、藍紗の部屋は良い匂いだし、快適だ。思ったよりも、普通の女の子な生活っぽいし、また遊びに来たいな……。
すると、藍紗が言った。
「そういえば、花鈴は心配事とかないの? 後悔してることとか」
後悔?
変なこと聞くなぁ。
ボクは、最近見る変な夢のことを思い出した。
「実はね、最近。変な夢を見るんだよ。ボク、兄貴がいるじゃん? それがね、ある日。違う人になってるの」
「へぇ。でも、それが後悔なの?」
「そ、そういう訳じゃないんだけどさ。ボク、夢の中でその人と、ち、ち、ちゅうしてるんだ……。兄貴の代わりの人とそんなことしてるなんて、ちょっと変な夢だよね」
「ふむ。なるほど」
あれ、なんか藍紗がお姉さん口調になったような。藍紗は小声で何か言った。
「それは悪魔の仕業……」
「えっ?」
「ん。いや、なんでもない♡ んじゃあ、寝ようか」
「おやすみ」
すると、藍紗が言葉を続けた。
「これで花鈴もシスターデビューだね♡」
は?
意味がわからないんだが。
「え? 意味がわからないよ」
すると、藍紗は嬉しそうに言った。
「だって、聖水に浸かって身を清めたし、聖なる食事もしたし、罪の告白もしたじゃん。修道服に十字架も身につけてるし」
え?
「藍紗、もしかして、あのお風呂って」
「ん? お父様が清めたお水だよ? 聖なるミネラルで美肌の湯♡」
……。
そういえば、なんだかピリピリしたかも。
軽く祓魔されたのか?
藍紗は続ける。
「それに聖なる晩餐。花鈴はダ・ヴィンチの絵は知ってる?」
ボクは既視感の正体に気づいた。
いや、気づいてしまった。
あのメニューは、「最後の晩餐」にそっくりじゃないか。きっとそれで、見覚えがあったのだ。
「パンは肉、ワインは血とかいうアレだよね……」
ボクがテンションだだ下がりで答えると、藍紗はハイテンションで続けた。
「そうそう。さすが、よく知ってるね!! あれも無酵母のパンなんだよ♡」
「……修道服って?」
ボクは修道服なんて着た覚えはないぞっ。
「え。そのパジャマのことだよ」
ボクは電気をつけて鏡をみた。
すると、白と黒のパジャマはまるでシスター服のようで、フードの帽子も言われてみればシスターっぽい。
そして、手に取ったときバッテンに見えた帽子の柄は、鏡でみると、黄色い十字架だった。
じ、じゃあ、罪の告白は?
ま、まさか。
ボクはドアを開け、藍紗の部屋を廊下から見てみた。すると、つやつやの黒いドアに、艶消しの黒い字で「懺悔室」と書いてあった。
やり口が、桜良の家と似てる……。
どいつもこいつも。
こんなの魔女の方が、百万倍善良だぞ!!
そして、その翌週からシスター修行がはじまった。毎日「魔女やめます」と言うまで、家に帰してくれない。
修行の最終日には、十字架(プラチナ製)と、聖書(古いやつ)をもらった。
……フッ。
ボクってば、M M S(巫女魔女シスター) 花鈴になっちゃったよ。ますますモテちゃうぜっ。
ちなみに、聖書は古本屋にもっていったがボロくて引き取ってもらえず、十字架は資産価値がありそうなので、まだ持っている。
(おわり)
ありがとうございます。
本編の進行にあわせて、一話追加しました。