第2話 雨宮 桜良は巫女なのである。
ボクのパパ様は大悪魔サタタンだ。
しかし、人間界では、食品メーカーの営業マン 山本 次郎として生活している。
そんなパパ様は、焼きそばを売っているのだが、今月の売り上げが良くないらしく、今月のボクのお小遣いは、焼きそばで納品された。
パパ様曰く、「末端価格は、お小遣いの2倍だ。嬉しいよな?」らしい。
勝手にボクが喜んでいることになってるあたり、さすが大悪魔だ。見習わねば。
それにしても、この生麺……、賞味期限が明日で終わる。パパ様め。よりによって、ボクに見切り品を押し付けるとは。
期限が過ぎた瞬間、こいつらは生ゴミ確定だ。
ど、ど、ど、どうしよう。
すると、桜良から連絡がきた。
彼女は、雨宮 桜良。神社の娘だ。
よろずの神などを信じている。
可哀想に。
きっと、騙されているのだ。
さて、電話に出ることにしよう。
「どうした。桜良。そろそろ、家を出て魔女になる気になったか?」
「いや。なんとなく花鈴ちゃんが困ってる気がして。今朝、そんな夢をみたの」
「確かに困ってはいるが……。パパ様に大量の焼きそばを押し付けられてしまった。しかも、これを捌かねば、ボクは今月は一文なし」
「それ、めっちゃ大変じゃん」
心配してくれておる。
やはり、持つべきものは、友……いや、好敵手だ。桜良は話を続けた。
「あ、ちょうど良かった。明日ね。うちの神社でお祭りあるんだ。そこの露店でスペースが空いててね。よかったら、うちで焼きそば屋さんやらない?」
おおっ。
「それは願ったり叶ったり。ぜひ、お願いします……」
ふふっ。
神の勢力め。ボクを取り込もうと言う腹づもりだろうが、そうはいかぬ。
そなたらの領域に、この魔女を引き入れたことを後悔するがよいわっ!!
次の日、桜良の神社にいった。
鳥居をくぐるのは神に頭を下げるようで、抵抗感がある。とはいえ、横の隙間から中に入ろうとしたが、植木のせいで通れないではないかっ。
仕方ないから、鳥居の左の端っこギリギリを通ることにした。どこかで左手は不浄だと聞いたことがある。だから、鳥居には、左足から踏み込んでやるのだ。
ふふっ。
神の使徒どもよ。悔しがるが良い。
すると、熱心な信者と思われるおばあちゃんに、何故か褒められた。
「神様の通る道を少しでも広く空けたいのね。端っこを、さらに端っこの足で通るなんて、偉いわぁ。若いのに、あなた、すごいわぁ」
えっ。ボク、神社的にすごいの?
どうやら、意図せずに、参拝マナーに適合してしまったらしい。
こしゃくな。
さては、コイツら。
ボクを取り込もうとする策略か。
境内に入ると、桜良がお出迎えしてくれた。
「やほ。かりんちゃん。んじゃあ、このコスチュームに着替えて」
「わ、わ、わかった」
思えば、ボクは初バイトだ。
緊張する。
ユニフォームも準備してくれるとは、至れり尽くせりだな。
着替えると、桜良が抱きついてきた。
「花鈴ちゃん、似合うとは思ってたけど、予想以上っ!! どこから見ても、立派な巫女さんよっ」
……。
着ながら、なんか変だとは思ったのだ。
これは巫女装束ではないかっ!!!!
魔女にこんなものを着せるとは、許さぬぞ!!
末代まで呪ってくれるわ。
桜良は、そんなボクの様子を気に留めるでもなく、一枚の紙を出した。
「これ、露店の申請書ね。ここに名前とハンコして。一応、食品を扱うし、形式だけのものだから」
そうか、申請書か。
食品を売るのだからな。
仕方ないな。
ボクは言われた通りに署名して渡した。
すると、桜良は一枚目をめくって、どこかに置いた。
そうか。
転写式なのか。親切だな。
二枚めは控えとして、ボクに返してくれるのだろう。しかし、桜良は、控えをボクに渡す様子はない。
「桜良。それ、ボク用の控えじゃ?」
すると、桜良は笑顔になった。
「ん。違うよ? これは入信申込書だよ♡ だって、神社公認の露店なんだもん。信者じゃないと無理だよ〜♡」
は?
ボクは、自分が全身に冷や汗をかいているのを感じた。よりによって、異教に入信だと?
ど、ど、ど、どうしよう。
「そ、それ。返してぇ。ずるいよ。二枚目は違う書類なんて」
「大丈夫♡ 形式だけのものだから」
形だけのものだからって。
それ、典型的な詐欺師のやり方だからぁぁ!!
どうしよ、どうしよ。
パパ様、ママ様にバレたら殺される。
すると、桜良はもっと嬉しそうな顔になった。
「三枚目はもっとビックリだよ? 知りたい?」
知りたくない。
知ったら、死刑が確定してしまいそうだ。
桜良は嬉しそうに続けた。
罪悪感のカケラも感じていないその笑顔。
正しいことをしたのだから、相手のためだと信じ切っている笑顔だ。
パパ様、ママ様。
この子、怖いよ……、
だから、こんなとこ来るのイヤだったのー!!
「知りたくないです……」
わたしがそう言うと、桜良は満面の笑みで説明を続けた。
「三枚目は、巫女修行申込書なの♡ 一緒に頑張ろうね♡」
修行……。
それはまさしく、形式だけにとどまらない実質的な入信。いや、むしろ運営側ですらある。もはや、パマ様(略)に言い逃れはできない。
桜良は続ける。
「露店で必要な最低限の作法を学ぶだけだから♡ 来週から一緒に頑張ろうね♡」
来週は、すでにお祭りは終わっているのですが……。なんのために修行するのですか。
もうダメだ。もしバレたら、ボク、魔女をクビになるかもしれない……。
すると、桜良は、何かのぼりみたいかものを引っ張りだしてきた。
「これね。花鈴ちゃんの露店のために作ったの。わたしも手が空いたら、お店も手伝うからね」
「あ、ありが……」
のぼりには「現役巫女のラブリー焼きそば。2,000円から」と書いてある。
すさまじいぼったくりだ。
一袋100円の焼きそばを2,000円で売るのは、いくら魔女でも、さすがに気がひけるのだが。
「桜良。その「から」ってなに?」
「あ、これ? オプションで祝詞を唱えてあげると、一人前3,000円になるの」
…………。
祝詞って、魔女の呪文みたいなものだよね?
それって、もうすっかり神の陣営の一員じゃん。
やめないと、やばい。
桜良も人の子。
必死に頼めば、きっと辞退させてくれる。
それに、自由意志で加入するのだから、きっと自由意志で脱退もできるはず。
ボクが口を開こうとすると、桜良が先に言葉を被せた。
「ちなみに、これ、信者都合の脱退は一切、認められないから宜しくね♡ ま、書類にも明記されてるし、知ってるのは思うけど♡」
桜良が指差すそこには、1ミリくらいの文字で、びっしりと注意事項が書かれていた。
ボクは桜良から控えをもらって、読んでみた。
すると、確かに「自己都合の脱退は絶対に不可」と明記されていた。どうやら巫女コース入信者が辞めるには、一人前の巫女に与えられる資格をとるしかないらしい。
この詐欺師集団め。
許さぬ。許さぬぞっ!!
この一帯を、死の呪いで封印してやるわっ!!
ボクが憤っていると、お師匠が出てきた。
これから、ボクはその人の生徒になるらしい。
その人は、なんと。
ボクがピンポンダッシュして怒られた神社のオジサンだった。
前途多難すぎて、お腹が痛くなってきたよ……。ボクが膝をついて倒れ込むと、お師匠オジサンが支えてくれた。
「嬉しくて倒れてしまうなんて、なんて信仰心の強い子なのでしょう。それに、君が毎日ピンポンして逃げていたのも、こうして出会えるようにするための、神様のお導きですね」
彼は満面の笑みだった。
ママ、パパ。
この人たち、怖いよ……。
誰かタスケテ。
そんな花鈴の数メートル後ろ。
物陰には、十字架を持った藍紗が、歯ぎしりをして花鈴達の様子を伺っていた。彼女は花鈴のクラスメートの教会の娘。
花鈴は、このあと自らの身にふりかかることになる、更なる災難のことなど、知る由もなかったのだった。
(おわり)
お読みいただき有難うございました!!
花鈴は、実は別著(トライ•アゲイン)のヒロインの1人です。なんとなく、ほのぼのしたストーリーを書きたくなって、花鈴に登場してもらいました。
ありがとうございました。
機会がありましたら、別著の方でも花鈴の活躍をお楽しみいただけますと幸いです。そちらでは花鈴は高校1年になっています。
では、また別の作品で。
ありがとうございました。
【俺の高3リトライ、アイツらが純愛させてくれるわけがないっ!!〜トライ•アゲイン】
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