第1話 山本 花鈴は魔女なのである。
ボクは、厨二病などと揶揄されることが多い。どうしてだろう。
一人称がボクだから?
話し方が少しばかり古風だから?
片目だけ赤いコンタクトレンズを入れているから?
理由はわからないが、圧倒的に揶揄われている。だけれど、声を大にして言いたい。
ボクは魔女の一族。
青の邪眼の魔女の、本物の末裔なのである。
しかししかし。
多くの魔術は封じられているのだ。
神の一族めっ。
ボクの力を封じるとは、忌々しい奴らなのである。
魔術触媒を買おうにも、お小遣いが足りぬ。そもそも、未成年では素材店で相手にされぬ。魔術書で出てくるラテン語も読めぬ。お母様に振り仮名をふってもらってるのだが、お母様の仕事が忙しく、あまり作業も進んでいないご様子。
はぁ。
魔女っ子も楽ではない。
しかししかし。
今日も神の勢力に、致命的な一撃を与えねばならない。
ボクは魔女ローブ風ジャージの戦闘服に着替え、魔女道具一式を鞄にいれた。準備は万端だ。
まずは、近所の神社にいって、ピンポンダッシュをする。ドアチャイムのボタンを押す前のドキドキ感。ドアがいきなり開くかも知れないという緊張感。
たまらない。
病みつき……いや。
心を病んでも、この使命は遂行せねばならない。
なぜ、神社を狙うのかって?
それは、いまどき玄関チャイムの家がそこしかないからだ。
帰り道には教会にいって、玄関前に犬のフンを置いてきた。フフッ。これでやつらの信仰心も揺らぐことだろう。今日も、一発、かましてやったぜ。
達成感を満喫したくなって、近所の売店でアイスを食べて家に帰ると、いい匂いが漂ってきた。今夜の供物はカレーライスか。
ボクの好物を用意するとは、良い心がけだ。
しかししかし。
住職め。ドアチャイムにカメラをつけたらしく、自宅にクレームが入った。卑怯なことをするヤツらだ。終わったことは、すぐにでも忘れて欲しい。
こっちが忘れた頃にクレームを入れるとか、卑怯なのである。
そのおかげで、何時間もお母様からお説教された上に、夕食抜きになった。神の勢力めっ。兵糧攻めとは、本当に卑怯……。
あまりいじめると、ボク本気で泣くぞっ!!
そもそも、人間とは欲望の塊なのだ。
欲望があるから文明は発展し、欲望があるから、おじさん達はスマホの使い方を覚えたのだ。
なんせ、スマホが使えないと、不倫の一つも満足にできないからな。世知辛い世の中なのだ。
その欲求を我慢させるなんて、不自然極まりない。神の勢力の石頭どもには、断固として抗議していこうと思う。
ボクは魔女。
誰よりも欲望に忠実だ。
だから、兄者が引き出しに隠しているお菓子。それはいま、ボクの手の中にある。食後の空箱は引き出しに戻しておこう。せいぜい悶え苦しむと良い。
この菓子のキノコ型のフォルムに、高い魔力を感じる。カリカリとしていて、一口ごとに魔力が戻るのを感じる。
これで、今夜の大召喚術も成功するだろう。兄者め。褒めてつかわすぞ。
すると、兄者がボクの部屋に殴り込んできた。こんな菓子ごときで、ギャーギャーうるさい小物め。
「兄貴!! そんなんだから彼女の一つもできないんじゃん。悔しかったら、もっとお菓子をもってこい」
すると、思いっきりシッペをされた。
女の子に手をあげるとか、ありえない。
……一生、恋人ができない呪いをかけてやるっ!!
そんな兄者は、いわゆる野球バカだ。まだ高一だが、甲子園に行くとか夢みたいなことを言っている。
そんな愚か者の夢を守るためにも、ボクは、明日も神の勢力と戦うのだ。
さて、風呂に入り身を清めたことだし、夜の儀式を行うか。
部屋の壁に五芒星を描き、先ほど手に入れたキノコのお菓子を貼り付ける。
そして呪文を唱えるのだ。
「Abysso Ignis Iter Immortalis Veritas Aether Incantare....」
すると、何やら異音がして、床下から何かがやってくるのを感じた。
悪魔召喚。
それは魔女の力の源だ。過去に魔女達は、悪魔と契約を行うことで、神々と戦う力を得てきた。時には命を落とすこともある、危険な大魔術なのだ。
詠唱が終わると、部屋のドアが勢いよく開いた。
大悪魔サタタン。
別名、ボクのパパ。
「かりんっ!! いま、何時だと思ってる。夜中に騒ぐなとあれほど言っているだろう!! あーあ。壁にも落書きして。お菓子まで……。この前、あれほど、食べ物を粗末にするなと言ったよな? ……こっちこい!!」
大悪魔が何か叫んで、ボクを悠久の夜(魔界)に連れ込もうとしている。ボクの尊い犠牲の上に、今夜も魔女達は力を蓄えるのだ。
2時間後。
パパ様め。
加減ってものを知らなすぎる。
ボクのお尻をペシペシと100回ほど叩きおったわ。ボクは中2だぞ? そろそろ身体の変化もあるのに、少しはデリカシーをだな?
まぁ、いい。
今日は寝よう。
次の日の学校の昼休み。お弁当箱を開けると、白いご飯しかなかった。たしかに、大悪魔サタタンが、「食べ物を粗末にした罰で、花鈴の弁当は粗末になる」とか言っていたが。
おにっ。あくまっ!!
酷すぎる。
ボクの学内での唯一の楽しみが……。
すると、神社の娘の桜良と、教会の娘の藍紗がやってきた。
ふっ。異教徒どもめ。
ボクを笑いにきたか。
「かりんーっ。お昼一緒にたべない?」
「い、いや。ボクはいい……」
藍紗はボクの弁当箱を勝手に覗き込んだ。
「なになにー? あれ、ご飯しかないじゃん。また何かやらかしたんでしょう!! じゃあ、私のを分けてあげるよ。んー。私はタコさんウィンナーをあげるっ」
桜良も続く。
神仏の波状攻撃とは、辛辣な……。
「わたしはー。目玉焼きとスパゲッティをあげるねっ」
か、神の使徒どもが、激しい精神攻撃をしかけてくる。さては、ヤツらめ。ボクを神の陣営に引き入れるつもりだなっ!!
ほら。
精神干渉で、涙が出てしまったではないか。
まあ、仕方ない。
今日はバカどもに付き合ってやるか。
「あ、ありがとう……、って。違う。ボクは花鈴っ!! 純粋なる青き魔女の血を引く者!! その証拠にこの魔眼を見よっ!!」
ボクは片目の魔眼に魔力を込めると、右手でビクトリーポーズをつくり、目の横にそえた。
すると何故か、2人は微笑んだ。
「かりんって、その振り大好きだよね。赤いコンタクトレンズ、片方だけ落としちゃったんだっけ? 片方だと目が悪くなっちゃうし、誕生日にもう片方もプレゼントしようか?」
「いらぬわっ!! だが、タコウィンナーの供物の方は悪くない。ありがとう……」
藍紗と桜良が、ボクの頭をわしゃわしゃと撫で回す。そして言った。
「花鈴ちゃんは、ちゃんとお礼を言える良い子だねぇ。でも、コンタクトレンズの色は青の方がいいんじゃない? だって、青の魔法使いなんでしょ?」
そ、そうか。
たしかに……。
ボクはいま、すごく貶められている。自分のアホさが悔しい。
だが、ボクは誇り高き魔女の末裔。
あいつらに動揺を隠すなんて簡単だ。
「うん。高校に入ったらお小遣いためて、青いコンタクトレンズ買うよ……」
2人が抱きついてきた。
「って、かりん泣いてるし。かりんの泣き虫は高校までに直るかなあ?」
ほんとに油断ならない神の使徒どもだ。
ボクは実は、高校からお母様の祖国のスイスに留学する予定なのだが。あいつらが泣いたら困るからな。もう少しだけ内緒にしとこうと思う。