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次の日、私は学校でまた友達に心配などかけまいとずっと明るい振る舞いを心掛け、その反動で帰りに気持ちが落ち込んだ。
疲れたのが一番だけれど、大塚に明確な問題解決のビジョンがなかったことを改めて受けとめて、人類の最後の望みが絶たれたような精神状態になったのもある。
「はーあ」
「おい」
そう後ろから呼ばれて、振り返ると大塚がいた。
「ああ」
「元気ねえだろ? 背中が丸いぞ」
「いや、まあ……」
「悪かったな、あの卒業式のやつ」
「……いいよ。私が心配性なのと、友達にはシラケさせちゃうだろうと思って口に出せずにため込んでたために、あんたのあの目標を自分の中ですごく大きくしちゃったせいなんだから。卒業式だから最終日とはいえ、小学生が言ったことにそんなに期待するほうがどうかしてるもん」
「そうか。でも、お前が落胆してるのはわかったから、俺、あれから考えたんだぜ、具体的に。それも、お前にもやれることを」
「え? 私にも?」
「ああ」
大塚はしっかりとした表情でうなずいた。
「経済的に貧しい国の子どもよりも日本の子どものほうが笑顔が少ないって話を聞いたことがあるし、日本の若者は自殺が多かったり自己肯定感がすごく低かったりもしてる。暗い空気は若年層にも蔓延してるわけだ。そんで、若い奴らの居場所といったら学校だし、そもそも学校がそういった若者の問題や社会の悪い部分を生んでるとこもあると思うから、学校を良くできれば社会まで好転していく可能性があるよ」
中学で耳にした通り、そして昨日した会話でもわかったが、こいつの頭は本当に良いようだ。
だけど……。
「いいよ、そんな。社会全体から見ればわずかでも、学校は相当な規模のものでしょ。私なんかに何ができるの。また変な期待を持たせないでよ」
私は大塚から離れて帰っていこうとした。
「まあ、俺は死んじゃったんだから別にいいけど、お前がまだ俺が見えるっつーのは、俺を必要としてる、つまり今の世の中を変えたくて、力を借りたいってことなんじゃねえのかよ?」
……。
私は歩くのをやめ、振り返って大塚に再び目をやった。
「そうなのかな?」
「だろ。じゃなかったら、俺を恋人として必要としてるかの、どっちかだ」
「恋人はないから、あー、そうなのか……」
「ズコー」
大塚はコケる動きをした。
「どうしたの?」
「恋人のほう、あっさり否定し過ぎだろうが」
「ああ、ごめんなさい」
そうして、話が長くなるかもしれないというのと、明日は土曜日で休みなので、翌日にまた自宅近くの外で会うことにした。
「お前の家に行ってもいいんだぜ」
「嫌よ、変態」
「なんで変態になるんだよ?」
「女子高生の家に上がり込もうなんて」
「だって僕、小学生ですよ、おねーさま」
「見た目だけでしょ。中身は私と同じだから高二」
「ま、他の人には見えないから、その気になればいくらでもお前ん家に入れるんだけどな」
「ちょっと、やめてよ!」
私は大塚の耳もとで大声で言った。
「わーったよ。俺には『ジェントル大塚』って異名があるくらいだから、安心しろよ」
「何よ、それ。惚れマシーンでしょうが、本当は」
まったく。
「そういえば、あんた毎日どうやって過ごしてんの?」
「どうって、楽しく過ごしてるけど?」
「夜とかは? 眠る必要はないんだよね?」
「一応、自宅に帰って寝てるよ。気持ちの問題で、実際はかたちだけだけど」
「昼にしたって、私以外見えないんなら、話し相手がいなくて退屈じゃない?」
「今んところは大丈夫。だって、どこへでも行けるんだぜ。カネはかからないし、止められることもないし」
「銭湯や温泉の女風呂に入ってないでしょうね?」
「しねえよ、んなベタなこと。だいたい、俺は女のコは好きだけど、そんなにスケベではない」
確かに一緒のクラスのときはそうだったな。
「それから、言ったように必要とあらば気合いを入れて、誰とでも会話できるから、平気なのだ」
「ふーん、そっか」
こいつがポジティブな性格なのも関係ありそうだけど。
「じゃ、明日ね」
「おう」