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閉塞感を吹き飛ばせ  作者: 柿井優嬉


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 私、香住聡子の家は理髪店を営んでいる。

 昔ながらの、いわゆる床屋だ。他の店のことはわからないけれど、おしゃれに関心がある人は男性でも今は美容院に行き、関心がない人は千円くらいのカット専門の店で済ませるのが多いのではないだろうか、だからうちのところは年配のおじさんのお客さんがごくたまーにやってくるといった調子で、繁盛というのはどこの国の言葉かと思えるほど縁遠いものである。

「お金がない」

 幼い頃から、両親、特に母親が、一言目にはそう口にするような生活だった。ゆえに私は欲しいものややりたいことでたくさん我慢を強いられた。両親の仲が悪くなかったのが救いではあったが。

「ねー、いいでしょ?」

「駄目」

「クラスで私だけだよ、ないの」

「関係ない」

 携帯電話も小、中学生時代は持たせてもらえなかった。お金がかかるというのが一番の理由だが、その割に新聞は朝夕刊とっていた。歳がいっているほうなのもあるだろうし、考えが古い両親にとって、携帯はあまりわからず子どもに害がありそうだから駄目、新聞やテレビはなじみがあって大丈夫という感覚だからOK、なのである。新聞をとらないという発想がそもそもないのだ。

 私は携帯を所持できないために友達付き合いで苦労する羽目になった。なので、テレビは楽しめる割合が大きいからともかく、新聞は嫌ってよさそうだけれど、母親のほうが新聞が大好きで、年中楽しそうに読んでいて、ずっとそれを見続けてきた影響で、いつのまにか自分も目を通すようになっていた。一人っ子だし、遊び道具が家にほとんどないのもあっただろう。

 結果、社会の問題などについて詳しくなった。しかしそういったものに対する知識も興味もない同級生たちとの関係に変化が及ぶことは当然なかった。

 そんな状態で迎えた、小学校の卒業式。

「日本の少子化をストップさせまーす!」

 !

 元々大塚くんはちょっと容姿がタイプだった。そのうえでの、自分と同じく社会に関心があるのを示すあの宣言に、ズキューンとくるものがあった。

 ところが翌日に彼は亡くなってしまった。

「うそ……」

 ショックはもちろんあった。一方で、ある感情も芽生えていた。

 大塚くんは冗談をよく言う人だから、あの目標もそういう類のものの可能性もあったけれど、本気だとしか思えなかった。私はあの言葉を、自分に託されたメッセージのように受けとめたのだ。

 それから、ずっと考えた。どうすれば日本の少子化が解決するのかを。

 有効なのは、行政による経済的な援助だろう。子育てにはお金がかかるから、子どもが好きでたくさん欲しくても、産むのは一人だけにする家庭は珍しくないと報道でよく見聞きする。

 とはいえ、日本は財政が厳しく、たいした支援はできないのではないか。

 じゃあ、どうする?

「うーん」

 いい案が簡単に浮かぶはずもなく、頭をひねり続けた。


 高校生になり、ニュースで経済の解説をしているのを見た。それによると、他の先進国はどこも平均給与が上昇しているのに、日本だけ数十年間も横ばいで、なぜかというと、景気が悪くなった時期に、雇用を守る代わりに賃上げはしなくていいと労働組合も容認した。それが間違いで、給料が増えないから人々は消費を控え、モノが売れないから価格を下げるというサイクルの、デフレ不況を招く結果となった。だから、景気を良くするため、そして日本の経済を復活させるために、とにかく賃上げだ——という流れで現在の状況があるとのことだった。

 私は、「それじゃあうまくいかないのでは?」とすぐに感じた。まず、十分なほどの賃上げができるのはほとんどが大企業だろうが、日本の会社は九十九パーセントが中小企業だ。また、仮に中小企業でも満足な金額の賃上げできても、それが消費に回らなければ景気という観点では意味がないけれども、将来の不安や日本人の性格からしてそのお金の大半は貯金にいくに違いないからだ。まあ、そういう懸念がまったくないわけではなく、賃上げ以外に長年続くデフレを脱却した本格的な経済回復を達成する方法はないということなのだろうが。

 その、少し後だった。

「こいつ、課金してるんだって」

「マジで?」 

 通っている学校で、授業と授業の間の短い休み時間に、クラスの男子たちのそう話す声が耳に入ってきた。

 ようやくスマートフォンを持たせてもらえるようになっていたので、私も会話の意味はわかった。

「あ」

 そして、ひらめいたのだ。

 スマートフォンにはアプリなど無料のコンテンツが多いが、それは広告料で賄われているからである。民放のテレビも同様に。

 要するに広告を掲載している会社が消費者の支払いを肩代わりしている、にもかかわらず、「うっとうしい」「長い」「課金していいから見たくない」など散々な言われようの書き込みがあふれている。つまりその会社や商品にマイナスのイメージを与えてしまっている。しかも広告を出せば必ず十分なほど売れるわけではないだろう。それでも、広告を打たなければ、商品を知ってもらわなければ、もっと話にならないから仕方がないということなのであろう。

 であるならば、そうしたデメリットや不確実性が高い、企業の広告宣伝費をうまく利用できないだろうか? 具体的にいうと、多くの庶民が広告宣伝の役割を担うことで、そのお金が人々に渡るようにしたらどうなのか。

 宣伝で最も効果があるのは、口コミではなかろうか。だから、例えば一般の人が自身の家族や友人、会社の同僚といった周囲の人たちに、「こういう商品がある」と教える。その際、「買ってね」などと言うのはかえって購買意欲を削ぐ可能性があるので行わない。あくまでも存在を知らせるだけ。

 しかし知り合いがとても少ない人や口下手でうまく伝えることができない人もいるだろう。そういう場合は、その商品が印刷されたTシャツを着て街中を歩くであるとか、一軒家に住んでいる人ならば、その家屋の外壁に一定期間、看板のように商品名などをペイントするであるとか。

 そうして、所得が増えるだけでなく固定収入となれば、安心して、子どもを産みやすくなるし、ある程度の金額は消費に回るだろうから、少子化対策としても日本の経済にとってもいいはずだ、と。

 ただ、どう実現したらいいかというので、仲の良い友達に話したりはしていたけれど、進め方で頭を悩ませていた最中に、新聞でNSOを知って、ここへ相談に行ってみようと決めたの。

 そしたらそこで、大塚くんのことが話に出てきて——。


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