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「もしかして、私があなたに会いたい気持ちがすごく強かったからかもしれない」
「え? 会いたかったって、それはもしや、俺が好きだからか?」
出たよ、女好きが。
「違う違う、んなわけない。あー、でも、だったらあなたの家族も普通の状態で見えなきゃおかしいよね」
「……いや、うちの親は、起きてしまった悪いことは引きずってもしょうがないって、すぐに切り替えるタチで、俺たち子どもも早く立ち直るように躾けられて、それが身についてたからな。見てても、みんな俺のことは踏ん切りがついた感じだし……ってか、好きでもないのに、なんで俺に会いたかったんだよ?」
「あ、そうそう、やっと訊けるわ。あなた、小学校の卒業式に一人ひとり夢や目標を宣言するので、『日本の少子化をストップさせる』って言ったじゃない。あれ、どういうこと? 本気? それとも、ふざけたの? 本気だったんなら、どうやってやるつもりだったわけ? それを知りたくて」
「あー、あれか」
こっちのかなり気持ちの入った質問に対しても、大塚は相変わらずのお気楽といった態度で、ほおをかきながらつぶやいた。
「あの言葉を何にしようか家で考えてるときに、少子化対策として国民から支援金ってのを集めるっつーニュースを目にしてさ。そんなのたいして効果ないだろうと思って、ありきたりな夢や目標じゃ面白くないから、あれにしたんだ」
んん?
「ありきたりだと面白くないって、つまりは冗談みたいなものってことなの?」
「まあ、具体的にどうするってプランなんかはなかったけど」
「なーんだ」
長いこと、それも本気だとけっこう期待して、真意を知りたいと思ってたのにな……。
「とはいっても、まったくデタラメを言ったわけじゃないぜ。その気になればやれるんじゃないかと思ったんだ。じゃなきゃ、単なるホラ吹きだろ」
「本当に?」
「ああ」
「だったら、何をするの? ストップさせるために」
「だから具体的な案はないって」
「じゃあ、やれると思う根拠は何なのよ?」
大塚は何やら考える様子で少しの間黙ってからまた口を開いた。
「今とは反対に、子どもがたくさん生まれた時代があったんだけど、それがいつか知ってるか?」
「団塊の世代って呼ばれた人たちが生まれた頃でしょ?」
「そう。第二次大戦後すぐの何年間か。今話した支援金ってのは、子育てにはカネがかかって産み控える夫婦がいるから、欲しいだけ授かれるようにってことだろ? 団塊の世代が生まれた当時は、そこまで教育にカネはかからなかったみたいだけど、にしても食費だとかやっぱり出費が増えるのは確実で、日本は戦争に負けてみんな貧しかったのに、たくさん子どもを産んでるんだぜ。それは、確かに生活は苦しい、でも戦争が終わって、『この先は今までより良くなるだろう』『だからなんとかなるだろう』って気持ちだったからだと思うんだ。今は逆で、いろんな不安材料があって、未来は悪くなるって空気だろ。ちょっとカネもらって経済的に余裕ができても、先々はわからないし、自分たちはよくても、困難に遭遇する確率が高い子どもがかわいそうだといった考えで産まないようにしてる人も多分いる。だから、『未来は明るい』『きっと大丈夫』と思えることをやるんだよ。気候変動にもっと本腰で取り組むとか、夫婦別姓や同性婚を認めるのだって、もしかしたら少子化につながるかもしれない」
……うーん。
「なるほどと思うところもあったけど、あんな宣言できるくらい、あんた自身がやれることがあるようにはやっぱり思えないけど?」
「だーから、何回も言うけど、具体的な対処法まで考えてたわけじゃないっての。それにしても、あれからずいぶん経つのに、なんで俺のあの言葉についてそんなに知りたかったんだ?」
「高校生になって新聞を読むようになったりして、世の中がいろいろと危機的な状況なのがよくわかったからさ」
「ふーん。えらい真面目だな」
「そう言うあんたこそ、夢や目標の言葉を考えてるタイミングで支援金のニュースを目にしたっていっても、小学生でそんな話題に関心を持ったり、そこまで語れるなんて、すごいじゃん」
「まあな。つか、ニュースキャスターの野間口芹華って知ってるか?」
「知ってるけど?」
まあまあ有名な人だ。
「あの人、綺麗じゃねえ? 彼女が出てるニュースを欠かさず観て、対等に話ができる男になりたくて、社会のことについて詳しくなったんだ」
……やっぱ、こいつ……まあ、いいや。
そして私たちは別れた。