5の3
「はあ?」
「ですから……」
「なあ、聞こえた? なんか変なこと言ってんだけど」
生徒会室において、会長の芦川さんが、他の役員たちに声をかけた。
「役員を辞めるって? 須永ってそんな冗談言うんだ」
「でも面白くないけど」
「本気で言ってるんです」
あがった批判的な言葉に対して、私はそう返した。
すると副会長の金沢さんが口を開いた。
「なんで辞めたいわけ?」
「校則以外のことも取り組みたいって何度も言ったのに、やらせてくれなかったじゃないですか。なので、NSOという新しい生徒の組織を立ち上げて、そこで活動します」
「何なの? それ」
「あのさ、校則以外のことをやらないのは、別にお前に意地悪してるわけじゃないぞ。やたらに手を出すと、散漫になって、どれも中途半端に終わりかねないからだ。選択と集中ってやつだな」
先輩の木本さんが述べたが、嘘だ。面倒だったり、たくさんのことをやって一つも成果を出せなかったら汚点になるからという考えなくらい、私がわからないと思っているのだろうか。
と、また金沢さんがしゃべった。
「だいたい、辞めるなんて、そんなの通るわけないでしょ、役員選挙に立候補しておいてさ。須永に投票した人もいれば、あんたがいたことで落選して役員をやれなかった人もいるんだから」
「それなら、補欠選挙を行えばいいじゃないですか。国政選挙などでは珍しいことではないですよ」
「ねー、生徒みんなが納得すると思う? 『えー? また誰に投票するか考えなきゃならないのか』ってなるし、それ以前に『ちゃんと最後までまっとうしろ』って絶対に文句が出るよ」
「批判されるのは私ですよね? その覚悟はできています」
「あんたさ……」
「まあまあ」
金沢さんが怒りそうになったのを、芦川さんが止めた。
「こんなことは前代未聞だから、先生に相談しよう。段田先生に今、俺、どうすべきか訊いてくるよ」
段田先生は生徒会の顧問だ。高校生にもなると、先生は生徒にやることを任せて、めったに顔を見せないが。職員室は現在私たちがいる生徒会室の近くで、すぐに意見を聞けるというのもあっての判断だろう。
そうして向かっていった芦川さんは、先生を連れて戻ってきた。というよりも、先生自ら行くと言ったのかもしれない。
「おいおい駄目だぞ、辞めるのなんて」
部屋に入ってくるなり、先生はそう口にした。
「どうしてですか?」
私は尋ねた。
「そんなことしたら、今後や別の委員会でも同じことをする奴が現れるかもしれんし、常識的に考えて認められるわけないだろう」
「ほらー。偉そうに言うなら、まず校則で結果を残してからにしなさいよ」
金沢さんが勝ち誇ったように言い放った。
……どうしよう。
それでも、本気でNSOをやると決めた私は、意志を貫くことにした。いくら常識的におかしくても、辞める権利はあるはずなのだ。
生徒会のメンバーにその気持ちを伝えても、前回のくり返しになるだけに違いないから、辞表を書き、誰もいないときを見計らって生徒会室に足を運んで、わかるところに置いていった。
そして、NSOを始めようというタイミングだった。
「ねえねえ、生徒会役員を辞めるって本当?」
「え? なに、それ」
「なんか、NSOっていうので活動するんだって」
「なに? NSOって」
「NGOをまねたみたいだよ。ニュー・スチューデント・オーガニゼーションの略で、『新・生徒組織』って意味なんだとさ」
「え? ちょっとそれ……」
「ね」
休み時間にクラスメイトたちから、そういった声をかけられた。私も最初にNSOに対して感じた、「かっこつけてダサい」という感情を多くのコが抱いているようだ。私は宣伝などはしておらず、情報は生徒会役員からもたらされた可能性が高いだろう。といっても彼らは別に私を攻撃しようとしたわけではなく、事実をありのまましゃべっただけかもしれない。
「なんでそんなことすんの?」
「それは……」
一般の生徒は生徒会執行部の内情を知らない。校則以外の活動をやらせてもらえなかったことを話すと、私としては単なる説明でも、批判と解釈するコはいるだろう。それは避けたい。役員のメンバーに不満はあったものの憎むというレベルではなかったのに、そう伝わりかねず、不本意なのに加え、向こうからNSOでやることを妨害される可能性だって出てくる。そんな事態には至らなくても、一般の生徒が面白がって対立の構図をつくりあげないとも限らない。
なので、私はお茶を濁すような返答しかできなかった。




