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ホームルームで、私は手を挙げた。
「学習委員会からなんですけど」
「どうぞ」
先生が答えた。
「……」
「どうしたの? いいよ」
「……あの、本当のことを言います」
「本当のこと?」
疑問の言葉を発した先生のみならず、みんなが私に注目した。
「学習委員会という組織も、そこで私が行ってきた活動も、すべて岡部くんが考えたものなんです」
「はあ?」
「なに、それ」
「またまたー。岡部を助けようと思って、言ってるんでしょ?」
岡部くんが戻ってきてから時間が経ち、彼に違和感はありながらも恐怖心はほとんどなくなっているので、みんなから気軽に声が飛んできた。
「違います。事実なんです」
あの日——岡部くんが家庭学習保護法を提案し、放課後に私がクラスメイトたちに責められる感じになって、肩を落として一人で帰っていたときだ。
「ハー」
「わっ」
「キャア!」
後ろから、軽くだけれど驚かされ、振り返ると岡部くんがいた。
「アハハハハ。この前とまったく同じリアクションだね、面白ーい」
そう言う彼も、腹を抱えて大爆笑するという、前回とまったく変わらぬリアクションだった。
それはそうと。
「あれ? 岡部くん、もうとっくに帰ったんじゃなかったの?」
制服を着てカバンを持っていて、帰宅した様子はなかった。
「うん。今日やったあの提案をしたら、戸惑うにしても、もうちょっといい反応があってよさそうなのに、不穏って空気だったじゃん。それに、学校に戻ってからの俺に対するみんなの態度もそうだったから、いなくなればどうしてだかわかるかなと思って、下校したふりして、隠れて教室の会話に耳を傾けてたんだ」
え?
「じゃあ……聞いたの? 私と真野くんのやりとりとか」
「ああ」
岡部くんはうなずいた。
「ごめんね、俺のせいで非難されちゃって」
「それはいいけど。頼まれてもいないのに、岡部くんの家に足を運んでた私が悪いんだから……」
そう口にしつつ、ヘコんでいた私は、「状況がわかってるんだったら、誰かに見られるかもしれないし、もう私に近寄って話しかけたりしないで」という言葉が出かかったけれど、飲み込んだ。
「で、私に何か用?」
「今から俺が話す通りにしてほしいんだ。そうすれば汚名返上できて、なおかつ、西口さん、人に親切にするのが好きみたいだから、それもいっぱいできると思うよ」
そして、岡部くんの家庭学習保護法に反対しての学習委員会の設置と、その活動内容のアイデアを、私に述べた。
「え……いいよ、そんな。うまくやれるかわからないし」
「お願いだからやってって言ったら? それでも?」
「……どういうこと? 岡部くんの性格とか考えとか、みんなもそうみたいだけど、よくわかんないよ」
少し間を置いて、岡部くんは再び口を開いた。
「気候変動問題、知ってるでしょ? その前に核戦争やAIで人類は滅ぶかもしれないけど、馬鹿馬鹿しくない? 学校で将来のために真面目に勉強したりするの。でも、それとなく周りのコに話してみても、『お前、意識高いな』じゃないけど、そんなの知らないよって、からかわれる感じの反応ばっかりでさ。腹が立ったし、悪い未来が頭から離れないで気が滅入って、登校しないっていうより、できなくなったんだ。だけど引きこもると余計気がおかしくなりそうになって、たくさん本を読んで有名な人の言葉なんかに救いを求めたことで、『考えてみりゃ、病気や事故や災害で、明日死ぬかもしれないんだよな。だから、先のことを気にし過ぎるのはやめて、今できる最善を尽くして生きるしかないんだ』ってとこにたどりついたんだ。その少し後のタイミングで、西口さんがうちに来るようになって。つまりぶっちゃけて言うと、学校に戻る口実として都合が良かったから、きみを利用させてもらったんだよ、『西口さんが来てくれたおかげ』って言ったりしてね。とはいっても、みんなに西口さんの訪問について触れ回ったわけじゃないし、きみみたいな転校生がいてくれるのはまた学校に通ううえで心強いって気持ちもあったけどさ」
「……そうなんだ」
まあ、戻ってきたのが私の成果でなくても全然構わないが。
「俺、そういうわけでみんなに愛想よくしてなかったし、不登校だった人間が突如戻ってくるのは戸惑うだろうから、目一杯明るく振る舞うことにしたんだけど、前に通ってたときそんなに嫌悪感を与えるくらいまでなっていたなんて気づいてなかったよ。釈明して、学習委員会に取り組むっていうのもあるにしても、そこまで不信感を抱かれてるならなかなかうまくいかないだろうし、俺を否定して西口さんがやったほうがはかどると思うんだよね。元々学校のシステムも不満でどうにかしたい気持ちは強いし、悪いことしちゃったから西口さんがみんなに評価されるようにしてあげたいしさ。俺、一人っ子っていうのもあって、周囲に誰もいない状態でもまったく苦痛じゃないんだ。自分が認められるよりも、学校を良くするほうがやりがいがあって、心は満たされる。不登校の奴を助けてくれる気概があるなら、ここで力を貸してもらえないかな?」
「……」
すぐに返事はできなかった。
けれど受諾した、というわけだ。
その出来事を、必要な部分のみを整理して、私はみんなに話した。
みんな、あの場では特に反応はなかったが、事情がわかり、岡部くんのことを見直してくれたんだと思う。彼に対する壁はなくなっていったのだった。
「別によかったのに。話してくれなくても」
学校から自宅へ帰る道の途中、一人でいる私のもとに岡部くんがまたやってきて、そう口にした。
だけど最後、照れたのか顔は背けて、言った。
「でも、ありがとう」




