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「何なの?」
自宅のチャイムが鳴り、約束通り訪れた渡瀬さんに、俺は家の前で尋ねた。
「あのさ、自由研究、もう始めてる?」
「まだだけど」
「何をやるかは決まってる?」
「それもまだ」
「そう、よかった。あ、それから、石山くん頭いいから、もしかして英語しゃべれる? ちゃんと、日本語と同じくらいに」
「ううん」
俺は首を横に振った。
「じゃあ、嫌だったらいいんだけど、図書館で借りた、この英会話ができるようになる方法について書かれた五冊の本のなかから一つ好きなのを選んで、実践して、どれくらい効果があったかっていうのを自由研究にしてもらえない?」
「え?」
何だ、それ。
「そうすれば、自由研究が片づくうえに、うまくいけばだけど、英語が話せるようになって、一石二鳥じゃない?」
「……確かにね。でもなんで、自分がやればいいのに、俺なの? そんな仲いいわけでもないのにさ」
「石山くんだけじゃなくて、クラスのみんなに頼んでるんだ。すでに自由研究でやることを決めてるコにも、変えてくれるかもしれないし、念のため。それで、選んでくれた本のやり方の要点をまとめた紙を用意してあるから渡すけど、きちんと本を読んで取り組みたかったら、悪いんだけど自分で借りるか買うかしてほしいんだ。でね、そうしてやってくれた人たちの結果をもとに、どの方法がお薦めかといったことを書くのを私の自由研究にするから、夏休みが終わる一週間前までの期限でお願いしたいの。自由研究の題材で悩む人多いと思うけど、これでクラス全員やることに困らないでよくなって、いいんじゃないか……あれ? どうかした?」
おそらく茫然というような表情になっていたのだろう。心の中で、俺はこう叫んでいたのだった。
こいつは天才ではないのか!
「ああ……いや、何でもない。わかった。いいよ、それやる」
俺は気持ちを落ち着かせて答えた。
「ほんと? ありがとう」
彼女は微笑んだ。
それからというもの、俺の頭から渡瀬さんは離れなくなった。
彼女自ら自由研究完了と英語上達の一石二鳥になると言っていたけれど、クラスメイト全員の助けになって感謝される立場になりながら、頼んだ本人は結果をまとめるだけで済むし、他人の自由研究に関心を抱いたことなど過去一度もなかったが、単純に興味深いのに加えて自分が参加しているので一層、みんなのを集約した中身がどういったものとなるのか気になるしと、キリがないほど良いところが挙げられる。
そして俺が最も評価しているのは、学習法を伝授している点だ。ニュースで、入試等の英語のリスニングで機械のトラブルがあって問題が聞き取れない生徒がいただのと割合頻繁に報じられるが、リスニングやスピーキングといった手間がかかる試験をなぜやるかというと、実力を見る以上に、テストに組み込むことでその能力を向上させたいからだろう。確かに、生徒たちをちゃんと身につけねばという心理にさせ、ある程度は狙い通りになるであろう。けれども、これはプレッシャーを与えているに過ぎない。努力してもできない場合は苦しむだけで、かえってやる気を失う人も生む。そんなんじゃなくて、できるようになる具体的な方法を教えるべきだろうと俺は常々考えていて、今回の件で思い描いていたものを渡瀬さんが体現してくれたと言えるのだ。
ただ、今まで学校で目立たずおとなしい振る舞いだったのに、なぜ急にあんなことをやったんだ? あのアイデアは誰か別の人によるもので、本人は頼みにきただけかもしれないよな。
渡瀬さんも勉強ができるほうなのは知っているが、どの程度なのかはさっぱりなほど、彼女についてわかっていないのだった。
俺はその疑問を、自分の自由研究の結果を報告する際に、本人にぶつけた。
「ああ、琉莉ちゃんが休み前に『自由研究で何をすればいいかわかんない』ってすごく悩んでてさ。『そういうコはいっぱいいるよ』とも言ってたから、私、思いついたこれを『どう?』って訊いたの。そしたら、『みんなに頼むのが恥ずかしい』って口にして、『繭ちゃんが考えたんだから、繭ちゃんがやって』って返されて。私もみんなに頼むのは気が乗らなかったけど、薦めといて自分は嫌っていうのはおかしな話だし、『すごくいいと思うし、私も、自由研究で困ってる他のコも、みんな助かるから、お願い』とまで言われちゃったから、やることにしたんだ」
「へー」
俺は、軽く、何でもないというように声を出したが、期待を裏切らなかった渡瀬さんの回答に内心では小躍りした。




