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俺、石山茂人は、浮きこぼれらしい。
浮きこぼれとは、落ちこぼれの反対。落ちこぼれは誰もがわかるだろう、例えば学校で勉強の成績がひときわ悪く、苦痛でたまらない生徒などを指すのに対し、浮きこぼれは逆に勉強がすごくできて、一見良い気分に浸っていられそうだけれど、あまりに簡単なために授業が退屈でしょうがなかったり、落ちこぼれと同じく周囲から孤立してつらい思いをするようなコを表す言葉である。
確かに俺は、小学校に入学してから五年生の今に至るまでずっと学業成績はクラスで一位か二位というポジションだったし、運動やらコミュニケーション能力やら別の部分で思い悩むほど劣るところもなければ、いじめに遭ったりもしていないのに、気持ちはだいたいどんより曇った状態だ。
自分としては、周りに心配されたり気にかけられるのは望まないし、それとわかる態度はとらないようにしているが、子どもを見るプロである教師の、担任の先生の目はごまかせないようで、俺の表情が冴えない理由をその浮きこぼれと結論づけているみたい、というわけなのだ。
しかし、それは誤りだ。授業やテストが楽勝なことはあっても、レベルが低過ぎて嫌気がさしたなんて経験はないし、俺が籍を置いているのは普通の公立校だけれども、もし偏差値の高い学校へ行っていても一緒だったろう。つまり、勉強が得意なことが心を暗くしている原因ではない。
ならば家庭に問題があるのではと思われそうだが、それも答えはノーだ。うちの親は子どもの主体性が大事と考えているようで、「これをしろ」や「あれをやるな」などと言われることはほとんどなく、自由にやりたいようにできる自宅において、俺の気が滅入るはずはない。
だったら何なのかというと、端的に言えば学校が不満だ。学校は何がしたいのかわからない。授業で行っている大半は学ばせるべきではあろうが、どう必要かまったく語らないし、勉強に限らず、無駄や意味不明なポイントが満載だし。「明日死ぬかもしれないのに」とよく思う。「人生は考えている以上に短い。だから貴重な時間を大切に使いなさい」と言われたことがあるけれど、生まれてからそんなに経過しておらず、先の人生は永久に続いているくらいに思える俺たちくらいの年齢ではピンとこない台詞だろう。俺もそうだった。しかし、学校はそんな子どもでも「自分の人生の時間を浪費して、もったいない」と感じる場所であるということだ。総合的に判断して通っているものの、もし余命が何年とか何カ月といった立場だったら、学校になど即刻行かなくなるだろう。それに、いつか学校はちゃんとするんじゃないか、自分たちがまだ幼いから犬にお手やお座りを仕込むようなかたちがほとんどの薄っぺらな教育をしているんじゃないかと、違うだろうなと思いつつも、希望を捨ててはいなかったが、小学校でも高学年になって、やはり大人は子どものことを心底は真剣に考えておらず、なんとなく良さそうな勉強などをなんとなくやらせているだけなのだ、中学も高校も基本的に同じ道が用意されているのだ、と悟り、一層鬱屈した心持ちになっていたのである。
そうして、夏休みを迎えた。もちろん長期間の休日は嬉しいし、それこそ学校から距離を置けるのだからなおさら好ましいけれども、無邪気にウキウキはしなかった。楽しいのは初めのうちだけですぐに慣れて、どうってことない夏休みで今年も終わるのだろうと思っていた。
ところが——夏休み開始から数日が経った午後の時間帯に、俺のもとに一本の電話がかかってきた。
「あ、石山くん? 渡瀬ですけど」
相手は、同じクラスの渡瀬繭子だった。
「え? なに? どうかしたの?」
彼女とは単なる同級生の間柄で、仲がいいわけではない。教室でまともに会話したことさえ、あったか微妙なくらいだ。
「ごめん、電話番号をクラスで知ってた人に教えてもらって、家の場所も聞いたんだけど、ちょっと宿題のことで話したいから、今から行ってもいい? 中にお邪魔させてもらわないで、外に出てきてくれればいいから」
「……別にいいけど」
「じゃあ、三十分以内には着くと思うから、よろしくお願いします」
「ああ……はい」
ええ? 宿題? わからないところを教えてくれってことか? そんなら俺じゃなくても、もっと身近な人間で誰かいるだろう。
だとすると宿題は口実で、本当は別の用件とか? でも、そんな嘘をつく必要がある用事なんてあるか?
俺はあれこれ考え、あまりに思いあたることがないために、まさか「好きだから付き合ってほしい」などと言う気なんじゃないかというのまで頭に浮かんだ。可能性はゼロではないだろう。しかし、緊張や動揺はしなかった。それは俺がモテて日常的な出来事だからではない。渡瀬さんはクラスでやや影が薄いといった立ち位置だろうか、容姿も目立つほうではないが、顔立ちは整っているし、謙虚そうで、もし交際の申し込みだったら嫌と感じる相手じゃないけれど、ゼロでないだけで、あのコがそんなことをこのタイミングでする確率は極めて低いからである。本当に宿題にしろ、他の用にしろ、俺が勉強ができることを当てにした頼み事と考えるのが現実的だろう。
面倒な話じゃなきゃいいけど、状況的にそうっぽいよな。
そのように思い、俺はかなりネガティブな心理状態で、彼女がやってくるのを待ったのだった。




