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No.98

<ニュールミナス市/セプターホテル/47階>


 ホテルの一室は、まるで小さな指令室のようになっていた。

 部屋内に設置された数十ものモニターには、シルバークラウン家の王宮の様々な場所が映し出されている。カメラの映像は鮮明で、内部の様子が手に取るようにわかる。


「今のところ問題なさそうだな」


 俺はカメラの映像を確認しながらつぶやいた。

 すると、魔導機器を操作していたアイマナが応じる。


「よくこんなに監視カメラを入れ替えることができましたね」

「ジーノのおかげだよ。出入りの業者を上手く使ったらしい」

「マナ、ジーノさんが役に立ってるところを初めて見ました」

「実際、今回に限っては、あいつが一番の功労者だよ」


 俺は窓から外の様子を窺う。外には夕闇が迫っていた。

 眼下には、シルバークラウン家の王宮の外観が見える。

 ただ、それなりに距離があるので、中の様子までは窺えない。


「そんなに心配しなくても、ロゼットさんたちがついてるから大丈夫ですよ」


 アイマナが俺の不安を見抜いたように声をかけてくる。


「そうだな」


 今夜あそこでは、『フィラデル大帝王即位40周年記念式典』が行われる。

 メリーナは継王(つぐおう)として招待されているが、俺は面が割れているので、ついていくことができない。

 代わりに、ロゼットを侍女として同行させたが……。


「あっ、センパイ! メリーナさんたちが到着しました」


 アイマナが、中央の大型モニターに王宮の入口を映し出す。

 そこに現れたメリーナの姿に、俺は思わず目を見張ってしまった。


 淡い黄金色のドレスは、まるで月の光を織り上げたかのようだった。胸元を大きく開けたデザインは、彼女を大人っぽく見せている。

 金色の巻き髪は丁寧にセットされ、小さな宝石の飾りが散りばめられていた。

 周りに大勢の人間がいるのに、彼女の姿だけが光り輝いてるようで――。


「センパイ。見とれてるなら、マナは今すぐロゼットさんに連絡しますからね」


 アイマナの言葉で俺は我に返った。

 そして、極めて冷静に応じる。


「見とれてたわけじゃない」

「じゃあ、横にロゼットさんがいることには気づいてましたよね?」


 言われて画面を確認してみれば、確かにメリーナの横にロゼットがいた。

 彼女も黄色を基調としたドレスに身を包み、派手なアクセサリーで身を飾っている。


「まあまあ似合ってるんじゃないか」

「感想は聞いてないです」


 アイマナがムッとした顔で睨んでくる。

 これ以上メリーナたちの話をしてるとボロが出そうだ。なので、話題を変えることにした。


「ジーノたちはどうしてる?」

「……ジーノさんは、ウェイターとして潜入に成功してます。ソウデンさんは、シャルトルーズウィング家に招待された貴族として出席。ビオラ様も、ピンクコイン家の継王として、すでに会場に入ってます」

「プリはどうしてるんだ?」


 俺が尋ねると、アイマナが答えようとする。

 しかしその直前――。


『プリいるわね! お外わね!』


 耳の奥から、すさまじい大声が聞こえてきた。


「……どうやら無線の方も正常みたいだな」

「そうですね。ただ、無線は全員につないでるので、もう少し声を抑えてくださいね、プリちゃん」


 アイマナは俺の顔を見つめながら、プリに呼びかける。

 と、耳の奥からまた声が聞こえてきた。


『プリ、静かに話すわね』


 素直に言うことを聞くプリだった。

 ついでなので、俺は無線を通して言っておく。


「全員に。俺から指示は出すが、基本的に反応はしなくていい。メリーナとビオラに声は届いてないから、何かあった時は各自対応してくれ」


 みんな、百も承知だとは思うが……。


『わかったわね! プリ、ライちゃんのこと無視するわね!』


 プリだけは思いきり返事をしてきた。

 するとアイマナがマイクをオフにし、不安そうに尋ねてくる。


「プリちゃん、戻した方がいいんじゃないですか?」

「あいつはこのホテルの屋上で空を見張ってるから大丈夫だろ……」


 そう答えながら、俺は監視カメラの映像に視線を移す。

 王宮の周りには、十三継王家の護衛兵が、道を埋め尽くさんばかりにひしめいている。


「それにしても厳重な警備ですね」

「メリーナの即位式のことがあったからな」

「泥だらけの太陽……。彼らは来ると思いますか?」

「サリンジャーなら、恐らくは……」


 地下の魔法都市での出来事が脳裏をよぎる。

 あの男の継王家への執着を考えれば、この状況を見逃すとは思えない。


「でも、浮遊魔導艦(ふゆうまどうかん)は使えませんよ。今日はニュールミナス市全域で、あらゆる飛行物体の使用が禁止されてますからね。帝国軍も総動員してるとか」

「グランダメリス大帝王の王宮で被害者が出れば、いよいよ十三継王家の権威も終わりだからな」


 俺とアイマナしかいないのに、部屋内には妙な緊張感があった。

 ふと窓の外を見てみる。辺りはすっかり闇に包まれていた。


「そろそろだな……。アイマナ、グランドホールの映像を出してくれ」

「了解です」


 アイマナが素早く魔導機器を操作すると、中央の大型モニターに大広間が映し出された。

 天井には巨大なシャンデリアが並び、銀色を基調とした華美な装飾が部屋中に散りばめられている。

 そんな場所に、着飾った王族貴族が集っていた。


「壮観ですね。メリーナさんの即位式の時よりすごいかも」

「名目としてはフィラデルの40周年を祝う会だが、実際のところ、毎年恒例の舞踏会だからな」

「テロがあるかもしれないのに、踊ってる場合なんですか?」

「命より面子を重視するのが王族貴族ってやつだ」


 その時、メインモニターに見覚えのある姿が映った。

 メリーナとロゼットが、並んでグランドホールに入場してくるところだ。

 周りの招待客たちが、一斉に彼女たちに注目するのが、画面越しでもわかった。


「…………」


 こんなふうに離れて彼女の姿を見るのは、いつ以来だろうか。

 新鮮な感覚とでもいえばいいのか、なんだか複雑な気分だ。

 確かにメリーナは、綺麗なのだろう。今まではあまり意識したことはなかったが――。


「センパイ」


 アイマナの声で、意識が現実に引き戻される。またやってしまった。

 内心ビクッとしたが、俺はできるだけ平静を装って応じる。


「何か問題か?」

「今日のメリーナさんの格好が、そんなにお気に入りですか?」

「なんでそうなる?」

「なんで誤魔化せると思ってるんですか?」

「不満があるなら聞くだけ聞くぞ」

「マナだってドレスとか着てみたかったです」


 そう言うと、アイマナはプイッとそっぽを向いてしまう。

 俺は一つため息をついてから、静かに語りかける。


「今回の任務が終わったら、どこかのパーティーにでも行ってみるか?」

「本当ですか!?」


 よほど嬉しい提案だったのか、アイマナは目を輝かせていた。

 こんな顔は、今まで見たことがないくらいだ。


「すべてが無事に終わったらな」

「もちろんですよ! やったー! マナ、一度ドレスを着てみたかったんですよね。というわけで、さっさとお仕事、片付けちゃいましょー」


 アイマナは過去一やる気になっていた。

 俺としてはありがたいが……それはそれで後が恐い気もする。


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