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No.97

<ニュールミナス市/ピンクコイン家王宮/地下会議室>


 殺風景な部屋の壁のスクリーンに投影された13の紋章が、青白い光を放っていた。

 それらの紋章は、どれも威厳に満ちていて、長い歴史を感じさせる。


「では、情勢を報告したいと思います。皆さん、準備はよろしいですか?」


 アイマナは壁の前に立つと、部屋内を見回しながら言う。


 この狭い会議室には、いま8人もの人間が詰めかけていた。

 俺とメリーナ、ビオラ、アイマナ、プリ、ロゼット、ソウデン、ジーノだ。


「アイマナ、始めてくれ」


 俺が声をかけると、アイマナは小さくうなずいてから話を続けた。


「次期グランダメリス大帝王は、一週間後の大帝王降臨会議の投票によって決められます。その候補者となるには、枢密十三議会によって認められる必要があります。基準となるのは、主に栄光値(ポイント)ですが……メリーナさんは無事に認められました。おめでとうございます」


 そう言ってアイマナがわざとらしく拍手をする。それに釣られて、他のメンバーも拍手をしていた。

 一方、メリーナ本人はというと、照れくさそうに笑っている。


 まだ大帝王に決まったわけでもないというのに……。


「正式に候補者になっただけだ。喜ぶのは早い」


 俺がそう言うと、アイマナがムッとした顔で睨んでくる。


「せっかくの盛り上がりに水を差さないでください。センパイは、チームの士気が下がってもいいんですか?」

「いや……だけどみんなも、とっくに知ってただろ?」


 周りを見回してみるが、全員しらっとした視線を向けてくる。

 間違ってるのは俺の方なのか?


「相変わらず人の心がわからない方ですね、ライさんは」


 ビオラにまで言われてしまった。

 しかたないので、俺はメリーナに謝っておくことにした。


「悪かったな。別にケチをつけたいわけじゃないんだ」

「ううん、平気よ。わたしはライの本心、わかってるもの。最初に話した時、ライは飛び跳ねて喜んでくれたでしょう?」


 メリーナが嬉しそうに話す。おかげで、俺の面目も丸潰れだ。


「へぇ〜、ライライってば、カワイイところもあるのね」


 ロゼットがここぞとばかりに、からかおうとしてくる。

 俺は無視しようと思い、視線をそらす。

 と、プリと目が合ってしまった。


 ……変なことを言うなよ? 絶対に言うなよ?


「ライちゃん、プリとメリちゃんにおスシ食べさせてくれたわね! お祝いしたわね!」


 俺の願いも虚しく、思いきり言いやがった。


「「「はぁ!?」」」


 プリの突然の暴露に、アイマナとロゼットとジーノの声がそろった。

 そしていち早く、アイマナが怒りに満ちた顔で迫ってくる。


「センパイ、どういうことですか? マナに面倒な仕事ばかりさせて、プリちゃんとメリーナさんだけでパーティーですか?」

「帰りにメシを食っただけだ。メリーナも初めての枢密十三議会だったし、プリも密かにメリーナを護衛してたから、疲れただろうと思って労っただけだ」


 俺はアイマナに対して、正当な理由をあげて弁解した。

 しかし、こういう場合は往々にして悪い方に作用するのだ。


「ライライ、あたしが疲れてないと思ってんの……? ここ一週間、どれだけ十三継王家の内情を探ったと思ってんの……? 昨日なんて、化粧落とす前に寝落ちしたのよ……?」


 ロゼットからは、アイマナよりもさらに強い怒りが感じられた。その表情は、怒りを通り越して、無表情になっている。

 返答次第では、この部屋が火の海になりそうだ。


「ロゼットには感謝してる。二人きりでチームを組んでた頃からの仲だから、つい頼ってしまうんだよ。情報収集についても、ウチで一番だと思ってるから任せたんだ」


 そう言ってやると、ロゼットの目に少しだけ光が戻る。


「ふ、ふんっ! そんなオベッカで騙されないんだからね……! でもまあ……そう思ってるなら、今度あたしも高級レストランでデートしてあげるわ」


 よくわからないがクリアできたっぽい。

 あとは……ジーノか。


「ロゼットが一番ってマジっすか? それはあんまりじゃないっすかね、ボス。情報収集はオレの専門よ? ここんとこ、マジでがんばってたんだから。明日の工作だって死ぬほど苦労したんすからね!」


 ジーノは必死に訴えていた。

 だが、それに対してソウデンが横槍を入れる。


「じゃあ、アレは僕の見間違いだったかな? 一昨日の夕方、泣きそうな顔のジーノくんが、カジノから出てくるところを目撃したんだが」

「……あぁん?」


 ジーノはソウデンを睨みつけるが、何も言葉が出てこない。その顔には、大量の汗が浮かんでいた。

 ……こいつは放っておいても大丈夫そうだ。


「ところでソウデン、頼んでおいた件はどうなった?」


 ついでなので、俺はソウデンからも話を聞いておくことにした。


「苦労しましたが、どうにか了承してもらえそうです」

「本当か?」


 思わず声が上ずってしまった。

 ソウデンの返事は、ここ最近聞いた報告の中では、最高のものだったのだ。


「ただし条件を提示されました」

「……なんだ?」

「団長が、またシャルトルーズウィング王立魔法騎士団に出向することです。もちろん()()として」

「二度とやらないと言ったはずだぞ」

「では、断りますか?」

「……いや、やる。この際、なんでもしてやるよ」

「そう言うと思ったので、返事はしておきました」


 ソウデンが得意げな笑顔を浮かべる。

 優秀な奴だが、こういうところは困りものだ。


「とはいえ、ヴァン様は気分屋なので、早めにメリーナ様自身がお会いになった方がいいかと思います」

「もちろん、そのつもりだ」


 答えながら、俺はメリーナをちらりと見る。

 すると彼女は、何度もうんうんとうなずいていた。


 とりあえず、うまくいきそうで何よりだ。

 そこで俺は一つ、大きく息を吐き出した。


「思っていたよりも、ライさんは大変なのですね」


 ビオラが俺の気分を察したかのように声をかけてくる。

 ここのところ、ウチのメンバーと交流が増えたせいか、彼女も理解してきたようだ。


「まあ大変なのは大変だが、優秀な奴らだよ」

「ふふっ、ライさんでも人を褒めることがあるんですね」


 ビオラが楽しそうに笑っていた。すっかり元気になったようでよかった。

 ただ、それの何が気に入らないのか、ロゼットがビオラに対して、思いきりメンチを切っていた。


「ビオラ様……ライライに変な気を起こさないでくださいね?」

「あら? どうして私がロゼットさんに気をつかわなければいけないのですか?」


 ビオラがロゼットと睨み合いを始めた。

 もう勝手にしてくれ。


 そう思いながら前を向くと、アイマナと目が合った。どうやら、ずっとこっちを見つめていたらしい。


「センパイ、マナの話、聞きたくないんですか?」


 笑顔が恐い。そういえば、アイマナに情勢の確認を頼んでたんだったな……。


「悪い。続けてくれ」

「当然、許しませんけど、とりあえず続けますね」

「……ああ、頼む」


 俺は考えるのはやめて、話を進めさせることにした。


「大帝王降臨会議では、13人の継王がそれぞれ1票ずつ、候補者に投票します。現時点でメリーナさんへの支持が見込めるのは、2票。ご自身のサンダーブロンド家。そして、ビオラ様のピンクコイン家です。それ以外の情勢については、こちらになります」


 アイマナが言うと、壁のスクリーンに、各継王家の投票予想が表示される。


「メリーナに2票。フィラデルに5票。リン・ブラックサイスに2票。未定が4か……」

「そして大帝王になるには、過半数の7票が必要となります」


 アイマナが説明すると、部屋内がシンと静まり返ってしまう。

 こうやってわかりやすく示されると、その厳しさを痛感させられる。


「……もしかして、かなりピンチじゃね?」


 ジーノがいま気づいたかのようなことを言い出す。

 おかげで、ロゼットが怒りに満ちた顔で睨んでいた。


 ただ、ジーノは間違ったことは言ってない。


「態度を決めかねてる4人の継王から、最低でも3票はほしいところだ」


 俺がそう口にすると、スクリーンの表示が切り替わった。

 そこに4人の顔が並ぶ。その一人一人の名を、アイマナが読み上げる。


「<クレオラ・パープルカード>、<キト・ピカクスブラウン>、<オクサ・グリーンシード>、そして……<ヴァン・シャルトルーズウィング>です」

「アイマナ、ヴァンを外して<スタナム・マッスルアンバー>を出してくれ」

「えっ……? ああ、そういうことですか」


 アイマナは俺とソウデンの顔を交互に見やり、納得したようにうなずいた。

 そして、スクリーンの顔写真が入れ替わる。


「みんな、いいか? 明日はいよいよ『フィラデル大帝王即位40周年記念式典』の日だ。13人の継王は全員出席予定。そして、この4人の継王のうち3人から、メリーナへの支持を得るのが目標だ」


 俺はみんなの顔を見回しながら言う。

 すると、メリーナが誰に言うでもなくつぶやいた。


「明日が最後のチャンス……」


 その声からは、確かな覚悟が感じられた。

 他のみんなも、緊張感のある表情になっている。


 これから始まるのは、表向きには盛大な祝賀会。

 しかし実際は、大帝王降臨会議の前哨戦だ。


 生半可な覚悟では、目標を達成することはできないだろう。


「各自の役割はちゃんと理解してるな? 明日は絶対に成功させるぞ」


「「「おー!」」」


 俺の言葉に、全員が力強く応えてくれた。


お読みいただきありがとうございます!

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