No.93
奴は俺の反応など意にも介さない。
不敵な笑みを浮かべ、挑発するように話しかけてくる。
「両手に花とでも言うべきかな、キャッチーくん。羨ましい限りだ」
相変わらずふざけた奴だ。
俺は、すぐにでも魔法をぶっ放してやろうかと思った。
だが、その前にビオラが声を上げる。
「あなたがサリンジャー長官ですね。弟はどこですか?」
「これはこれは、第九継王陛下。弟君というと、ドラム様のことですね。なぜ私に聞くのですか?」
「くだらない狂言は、およしなさい。あなたのことは、ライさんから聞いています」
「では、私がどれほど御し難い人間かも、ご理解いただけてるのではありませんか?」
「……どういう意味ですか?」
「居丈高に十三継王家の権力を振りかざしても、私には通用しないという意味ですよ」
「私は弟の居場所を教えてほしいと頼んでるだけです」
「では、頭を垂れてください。庶民が、あなたがた王族にするようにね」
「なっ……」
ビオラは悔しそうにサリンジャーを睨む。奴が相手では、継王だろうと分が悪い。
そもそもGPAという組織自体が、王権の制御を目的としているのだ。相手が十三継王家だろうと、サリンジャーが下手に出るわけがない。
「ライさん……あの方に、何か言ってあげたらどうですか?」
なぜかビオラは俺に話を振ってくる。
この継王、意外と人の心が理解できないタイプだな……。
「俺に何を言えって?」
「私の弟を返すように交渉してください」
「なんで俺が、そんなことをしないといけないんだ?」
「ライさん。あなたは、よほど折衝がお好きなのですね。いいでしょう。弟が戻ってきたあかつきには、私の方でもそれなりの要求に応えます」
偉そうに――という言葉を、俺はグッと飲み込んだ。
せっかく向こうから差し出すって言ってるんだ。それなら、もらっておこう。
どうせ、サリンジャーとは決着をつけるつもりだったしな。
俺は王宮の上に立つ不遜な男を睨みつけ、声を張る。
「ドラム・ピンクコインはどうした?」
「少し休んでもらってるよ。彼は、僕にとっても重要な人物だからね」
「そのわりに、扱いがひどいんじゃないか?」
「助かってるのは事実さ。君らがピンクコイン家の王宮に逃げ込んだことには困ってたんだ。さすがにあそこは警備も厳重だったんでね。彼がいなければ、ここに引っ張り込めなかったよ」
「じゃあ、もうドラムの役目は終わっただろ」
「いいや。君らをここに閉じ込めておくための見張り、という役目が残っている」
「閉じこめておく……?」
俺は辺りの気配を探ってみる。
今さら気づいたが、確かに前回来た時とは微妙に魔力の臭いが違うように感じる。
つまり何かしらの魔法がかけられているということだ。
恐らく、この空間全体に……。
「何をした?」
「簡単な<空間系>の魔法さ。君なら破れるかもしれないよ。ただし、時間はかかるだろうが」
どんな魔法かと聞いても、サリンジャーは素直に答えないだろう。
こうなったら、もう悠長にドラムの身柄を要求している場合じゃない。
こいつ自体をどうにかしなければ……。
「サリンジャー、最後に一つだけ聞かせろ。ブルトン・サンダーブロンドに何をした?」
「何も。一つ言えることがあるとすれば、すべて私のシナリオ通り、ということ――」
【雷園の鳥籠】
奴が言い終わる前に、俺は魔法を発動させる。
一瞬の間に数十もの稲妻が生まれ、奴の上下左右から、その身体を貫く――はずだった。
だが次の瞬間、サリンジャーの姿は霧のように消えていた。
「陳腐なことをしやがって……」
俺はすぐに気配を探り、少し離れた場所にある柱を睨む。
するとその陰から、一人の男が現れた。
「<光系>の魔法、【幻想の中の影武者】だよ。知ってるだろ? サンダーブロンド家が独り占めしてた古代魔法さ」
サリンジャーはまるで感情のこもっていない声で、さっきの魔法名を知らせてくる。
相変わらず妙な空気感を漂わせているというか、浮世離れした雰囲気を感じさせる奴だ。
「認めるんだな? お前がメリーナの家に盗みに入り、俺に罪を着せたことを」
「今さら事実確認をして何か変わるのかい? ここで僕がどれだけ潔白を訴えようと、君は信じないんじゃないか?」
「じゃあ質問を変えよう。お前の目的はなんだ?」
「単純さ。十三継王家の根絶と、GPAの破壊だよ」
「そんなことをして、なんの意味がある?」
「世界の支配者を引っ張り出す」
サリンジャーは真剣な面持ちで、そう答えた。
決して冗談や軽口を言ってるわけじゃない。
そのことは、俺以外の二人にも伝わったらしい。
ビオラが緊張した声で、サリンジャーに問いかける。
「世界の支配者とは誰のことを言っているのですか? 長い歴史の中で、比喩的に継王家がそう呼ばれることはありましたが」
「現代で言う十三継王家は、確かに世界の支配者と呼ぶに相応しいでしょう。そして、その継王家を制御するGPAも、ある意味では世界の支配者と呼べるかもしれません」
「その二つ以外に、何があるというのですか?」
「聖賢枢密院」
サリンジャーの回答は、俺にはある程度想像できていた。
だが、ビオラには驚きだったようだ。
「聖賢枢密院!? そんなお伽話を本気で信じているのですか?」
「あなたが信じられないのも無理はありません。継王であっても、会ったことはないでしょうからね。でも、GPAの職員……特に立場が上の人間なら、全員わかっていますよ。聖賢枢密院は存在すると」
ビオラが俺の顔を確認してくる。なので、軽くうなずいておいた。
それからビオラは、またサリンジャーに尋ねる。
「もし存在するのなら、GPAを作ったのは、その聖賢枢密院なのではないですか? なぜ直接話さないのです?」
「残念ながら、彼らは一方的に僕らに命令するだけなんですよ。その実態も、正体も、真の目的すら教えてくれなかった」
「……私には興味ありませんね」
「そんなことを言わないでください。あなたにも関係あるんですよ。何しろ聖賢枢密院の真の目的は、十三継王家を守ることなんですから」
「どういうことですか……?」
ビオラの問いかけに、サリンジャーは答えようとしない。
そして、なぜか俺の方に視線を向けて話しかけてくる。
「聖賢枢密院にとって、GPAはただの駒に過ぎないのさ」
「それがなんだって言うんだ?」
「悔しくないのかい? 僕らは騙されていたんだ。民衆のため、必死に十三継王家の権力を制御しようと頑張っていたのに……」
サリンジャーの言動は芝居がかっている。奴の本心など、まるでわからない。
ただ、俺にとっては、そんなことはもうどうでもよかった。
「俺が知りたいのは、お前がテロ組織を作り、多くの破壊活動を行い、古代魔法書を盗み……そしてメリーナを泣かせたことについて、どう思ってるのかだ!」
俺は語気を強める。しかしサリンジャーは肩をすくめるようなポーズをする。
少しも気にしていないといった感じだ。
「じゃあ終わりだ」
【絆された暴風のように】
俺は予備動作もなく、一瞬の間に魔法を発動させた。
吹き荒れる風が凝縮され、サリンジャーを包み込む。そして奴をあっという間に、遥か彼方へ吹き飛ばす――はずだった……。
「くくっ、相変わらずキャッチーくんは、せっかちだなぁ」
そこには変わらず、余裕の笑みを浮かべるサリンジャーが立っていた。
なぜなのか。
その理由は、サリンジャーの姿を見てすぐに察することができた。
奴は、着ていたシャツだけが風に吹き飛ばされ、上半身があらわになっている。
その身体に、無数の魔法陣が刻まれていた。
肩、腕、胸、腹、そしておそらく背中にも。何十、何百という数の魔法陣が、びっしりと描かれていたのだ。




