No.089
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どれだけ時間が経っただろうか。
俺も、メリーナも、アイマナも、誰も何も言わず、沈黙の時間が流れた。
俺は色々なことを考えていたつもりだが、実際はあまり頭が回っていなかった。
可能性の検討や推測は無限にできるが、なに一つ確証には至らない。
いったい誰が、なぜ、なんのために、そんなことをしたのか……。
「ライ……」
ふと気づくと、メリーナが俺の手を握っていた。
柔らかな温もりと、かすかな震えが伝わってくる。
「わたしが信じてるのは、ライたちだけだから。GPAのことはよくわからないけど……うん、大丈夫」
メリーナは、まるで自分を励ますかのように、力強くうなずいていた。
彼女も本当は恐いはずだ。アイマナの言ってることが確かなら、メリーナの命を狙ったのはGPAなのだ。
いくら俺たちを信じていても、今までGPAの本部に出入りしていたことなどを考えたら、メリーナが恐怖を感じるのは当然だ。
俺ですら、さすがに血の気が引いたくらいだからな。
「アイマナ。疑うわけじゃないが、奴らはテロ組織、『泥だらけの太陽』だったんじゃないのか?」
「センパイが見た武装兵の中には、GPAのエージェントはいなかったんですよね?」
「俺が知る限りだけどな」
「そうですか……。『泥だらけの太陽』は謎多き組織ですからね。GPAと繋がりがあったとしても、マナは不思議に思いません」
「これは繋がりがあるってレベルじゃないだろ?」
「はい。最悪の想定は――」
アイマナがそこまで話した時だった。
部屋のドアが激しい音を立てて開き、オレンジ髪の少女が飛び込んでくる。
「ライちゃん! 見つけたわね! プリが見つけたのよ!」
はしゃいだ声を上げながら、プリが俺の頭に乗ってくる。
その様子を見て、アイマナがにっこり笑う。
「プリちゃんにもセンパイを探すように頼んでたんです」
「そうか。プリもご苦労だったな」
俺は頭の上に呼びかけた。
すると、プリは俺の頭をペシペシ叩きながら言うのだった。
「今度はライちゃんがオニわね!」
「あのな……カクレンボしてるわけじゃないんだぞ?」
「マナちゃんはカクレンボって言ってたわね!」
俺はちらりとアイマナを見る。
しかし白銀の少女は、誤魔化すようにそっぽを向いていた。
「……悪いが、プリ。今は遊んでる場合じゃないんだよ」
「なんでわね?」
「この前、空を飛んでた魔導艦が、メリーナの家を襲っただろ? それにGPAが関わってることがわかったんだよ」
「知ってるわね」
さも当然のように答えるプリだった。
まあ、アイマナのデータ解析に付き合ってたんだから、知ってて当然か。
俺はそう思ったのだが、なぜかアイマナが驚いた顔をしていた。
「プリちゃん、なんで知ってるんですか? マナは言ってないですよ?」
「だって、あの船に『チョウカン』が乗ってたわね」
……待て。
怒涛の情報流入で、思考が追いつかなくなってきた。
「プリ、『チョウカン』っていうのは、サリンジャーのことでいいんだよな?」
「そうわね。ライちゃんが言ってたのよ。メリちゃんのおうちに、夜訪ねてきたわね!」
GPA本部が爆破されて、俺たちがサンダーブロンド家の王宮に避難していた時のことだ。
確かにサリンジャーは訪ねてきたが……。
「サリンジャーの生命の臭いを、浮遊魔導艦から感じたのか? 一週間前、メリーナの家が攻撃された日のことだよな?」
「うん……でも、メリちゃんの部屋でも臭いがしたわね。敵が襲ってきて、メリちゃんの部屋に行ったら、誰もいなかったのよ。でも、チョウカンの臭いがしたわね」
「それは俺とメリーナが連れ出された後だな。偽の侍女と、武装兵たちに――って、待てよ!」
そうだ。あの偽カミラ……正体は不明だったが、まさか――。
俺は思わずメリーナと見つめ合った。
彼女も同じことを思っていたらしい。
「カミラに化けてたのがサリンジャー長官だったってこと……?」
「可能性はあるな。どうりで……随分と簡単に、王宮の警護体制を突破されたなと思ってたんだ。でも奴が現場で指揮してたなら、納得がいく」
「だけど、サリンジャー長官がウチに来たのは一度だけよ。それも庭までしか入ってないし……」
メリーナには言ってないが、サンダーブロンド家の王宮には、GPAのエージェントが潜入していた。
つまり情報を得ることも、様々な工作をすることも可能だったはずだ。
「ちょっと待てよ……」
そこで俺の脳裏に、一つの出来事がよぎった。
俺はプリを頭の上から降ろし、イスに座らせる。
そして、その目をしっかり見つめながら尋ねる。
「プリ、思い出せ。サリンジャーの臭い、もっと前に嗅いだことがなかったか?」
「ほぇ〜? わからないわね」
「よく考えろ。プリなら思い出せるはずだ」
「そうわね! プリ、思い出せるのよ!」
プリは目を閉じ、深く考え始める。
そしてしばらくすると、パッと大きく目を開け、言うのだった。
「メリちゃんのおうちわね!」
プリが声高に答える。それを聞いて、メリーナとアイマナは拍子抜けしたようだった。
だが、俺はさらに問いかける。
「正確にはどこだ? メリーナの家の、どこで臭いを嗅いだ?」
「お宝を入れてある建物わね。大きくて、四角いとこなのよ」
プリのその回答を聞き、メリーナはすぐに気づいたようだった。
「それって、もしかして宝物庫のこと?」
メリーナの言葉を聞き、さらにアイマナも気づく。
「待ってください! それって、じゃあ……サンダーブロンド家から古代魔法書を盗んだのが、サリンジャー長官だったってことですか?」
「なぜ俺に罪を着せようとしたのか疑問だったが、これで納得できたな」
「納得……できませんけど? なんでサリンジャー長官がセンパイを陥れるんですか? 部下じゃないですか。しかも一番優秀な」
「だからだろ。サリンジャー……奴は初めからGPAを壊滅させる気だったんだよ」
「えっ……」
珍しくアイマナが言葉を失っていた。
代わりに、メリーナが尋ねてくる。
「本当にサリンジャー長官が、あんなことを……?」
「俺はプリを信じてる」
俺がそう答えると、メリーナの顔が恐怖と驚きの色に染まる。とても信じられないといった様子だ。
その気持ちは、俺もよくわかる。
しかし、いつからだ?
いつからサリンジャーはこの状況を目論んでいた?
俺をメリーナに張り付かせ、身動きできないようにする、この状況を……。
「サリンジャー長官は……わたしを殺すつもりなの……?」
ふいにメリーナが震える声でつぶやく。
俺はその肩を抱き、静かに伝えた。
「心配するな。メリーナには手出しさせない」
激しい頭痛がするほど、俺の中では怒りが込み上げていた。
今の状況がサリンジャーの目論見どおりなら、メリーナの父であるブルトン・サンダーブロンドに手をかけたのも、奴のはずなのだ。
そうだとしたら俺は、絶対に奴を許さない……。




