No.088
正直なところ、俺は驚きよりも、うんざりした気分の方が勝っていた。
「次から次へと、姑息な手段が思いつくもんだな……」
「ね? 大変なことになってるでしょ?」
メリーナは興奮した様子で顔を近づけてくる。その金色の瞳は、今にも星が飛び出してきそうなほど、キラキラ光っていた。
「この記事、GPAの名こそ出てないが、ご丁寧に元エージェントってことにされてるな」
「どうしてわたしが誘拐されたことになってるのかしら?」
「そうした方が都合がいい連中がいるってことだ」
「またライに罪を着せようとしてるってこと?」
「いや……この記事の書き方だと、俺個人を特定することは難しい。恐らく狙いは二人だな」
「二人って……誰のこと?」
メリーナが問いかけてくる。
それには、俺よりも先にビオラが答えていた。
「私のようですね。メリーナ様と、二人一緒に評判を落とすつもりなのでしょう」
「わたしと、ビオラ様?」
「メリーナ様は誘拐されたということで、強さの点で大帝王の資質を疑われます。そして私は、ここにメリーナ様を匿っていることで、誘拐犯の一味と疑われることになるのでしょう」
「そんな!? わたしはともかく、ビオラ様は完全なデタラメじゃないですか!」
「真実とは、信じさせてこそ意味を成すのです」
ビオラの言葉に、メリーナは頭を捻ってしまう。そして困った顔で、俺を見てくる。
「いくら俺たちが記事を否定しようが、民衆が信じなければ、真実など意味がないってことだよ」
「民衆はわたしたちのことを信じてくれないの?」
「メリーナが俺と縁を切って、一人で枢密十三議会にでも行けば可能性はあるかもな」
「そんなの絶対にダメよ!」
メリーナは力強く否定する。
そして、周りの状況なんてお構いなしに言うのだった。
「だって、わたしはライに恋してるんだもの!」
そのセリフを聞いたビオラが、大口を開けて呆けている。
たぶん、彼女がこんな顔をすることは二度とないだろう。貴重な顔が見られてラッキーだ。
と思えるほど、俺は楽天的ではないんだよ……。
「メリーナ、人前でその話はするなって、何度も言ったよな?」
「どうして言ってはダメなのかしら?」
メリーナは本気で疑問に思っていそうな顔をしている。
俺は説得を諦めた。
それより、話が通じそうな人を口止めした方がいいな。
「今の話は聞かなかったことにしてくれ」
「ふふっ、あなたは本当に秘密だらけの人なんですね」
ビオラは嬉しそうに微笑んでいた。
こっちもこっちで、なかなか油断ができない。ただ、無意味に吹聴することはないはずだ。
「まあ冗談はさておき、メリーナが他の継王と接触するのは、もうしばらく避けた方がいいな」
「ウチの王宮を襲った人が、継王の誰かと繋がってるかもしれないから……ってことよね?」
「そうだ。あの時は、すべての継王家が浮遊魔導艦の脅威にさらされていた。なのに、一向に捜査が進まないのは妙だからな」
俺の見解には、ビオラも同意見だった。だからこそ、この王宮に匿ってくれているのだが。
果たして、どこまで彼女を信用していいものか……。
「ライさんが何を考えているのかわかりますよ。でも、その記事のおかげで、私への疑念は幾分か薄まったのではないですか?」
「そうかもな……」
少なくともこの状況で、敵対してまでビオラを疑うほどの根拠はない。
そんなことを考えていると、ふいにメリーナが声をあげた。
「あっ、忘れてたわ! マナちゃんがライに話したいことがあるから、呼んできてほしいって頼まれてたのよ」
メリーナがそう言うと、先にビオラが立ち上がった。
「では、私はこれで。また、二人だけで楽しみましょうね、ライ」
ビオラは思わせぶりな言い方をして、去っていく。実はイタズラ好きな性格なのかもしれない。その足取りも、なんとなく弾むように見えた。
俺にとっては、迷惑でしかないが。
「ライってば、いつの間にビオラ様と親しくなったのかしら?」
メリーナがムッとした顔を近づけてくる。
こんな簡単に騙されるなんて、先が思いやられるよ。
相手は同じ継王で、しかも次の大帝王を狙うライバルだっていうのに。
「……まあ、俺はこっちの方が好みだけどな」
「えっ……? それってどういう意味……?」
メリーナが呆気に取られたような顔をする。
そして俺は、彼女が理解してしまう前に歩き出した。
◆◆◆
俺たちは、ピンクコイン家の地下の一室を、GPAの臨時オフィスとして借りていた。
とはいうものの、ほとんどはアイマナのためと言っていい。
その部屋は、最新の魔導機器が整然と並ぶ無機質な空間となっていた。
壁一面に並ぶモニターの青白い光が、暗い部屋を淡く照らしている。
「もう少し明るくしたらどうだ?」
俺が声をかけると、部屋の中央で椅子に座っていた少女が立ち上がる。
「センパイ!」
相変わらず白くて儚げな少女は、俺を見るなりパッと明るい笑顔を見せる。
しかしメリーナの姿を見ると、わざとらしくほっぺたを膨らませた。
「マナが呼んでるのに、またメリーナさんと遊んでたんですか?」
「わりと早めに来たつもりだけどな」
俺がそう言うと、メリーナが横から申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね、マナちゃん。この王宮、まだ慣れてなくて……ちょっと迷っちゃったの」
「いいんです。メリーナさんはなにも悪くないです。問題があった時は、すべてセンパイが悪いんです」
アイマナはわりとご機嫌斜めのようだ。
まあ、それもしかたない。ここのところ、アイマナは各種分析だったり、魔導機器の環境構築だったりで、一人だけ忙しくしていたのだ。
「任せきりにして悪かったな」
俺は一応詫びておいた。
もちろん、そんなことで機嫌を取れるとは思っていないが。
「センパイ、いつになったら温泉に連れていってくれるんですか?」
アイマナは、メリーナの前で堂々とそんな話を始めた。
よほどストレスが溜まっていると見える。
「温泉? チームのみんなで行くの?」
メリーナは釣り堀の鯉くらい食いつきがよかった。
もしかしたらアイマナは、わざとやってるのかもしれない。
「いいえ。センパイとマナの二人きりで行きます。あらかじめ言っておきますけど、メリーナさんは連れていきませんよ」
「えー? わたしも一緒に行きたいなぁ……」
「ダメです。これは1年も前に約束したのに、一向に果たそうとしないセンパイの不誠実さを示す大事な大事な約束なんです」
そもそも、なんでそんな約束したんだっけ……?
そうだ、確かメロディスター号でアイマナに頼み事をする時に、引き換えに約束したんだ。
つまり、これ以上突っ込んだ話をされるのはまずいということだな……。
「約束は守るから、その話はもうやめろ」
「センパイ、人に物を頼む時はどうするか知ってますか?」
「くっ……お願いします」
俺は甘んじて屈辱を受け入れた。
しかし、面倒事は積み重なっていくのだった。
「それじゃライ、わたしとも行きましょう。温泉に。約束よ」
「……なぜ?」
「交換条件よ。この話、わたしはプリちゃんやロゼットさんには言わないでおいてあげるわ」
「メリーナ……いつからそんなダーティな手法を身につけたんだ?」
「ふっふっふっ。最近わたしね、ビオラ様に対抗しようと思って、交渉術や駆け引きを学んでいるのよ」
「誰に?」
「ロゼットさんよ」
終わったな。もう完全に終わった。今までの純真なメリーナとは、ここでお別れだ。
思えば、プリもそうだった。ロゼットが教育係になると言って、色々と教えた挙句、あの性格と、妙な喋り方を身につけてしまったのだ。
「センパイ、センパイ、なに呆けてるのか知りませんけど、そろそろ真面目に聞いてもらっていいですか?」
「俺が悪いのか?」
「はい。いつだって悪いのはセンパイです」
「そうだよな……プリのことも俺が任せっきりにしなければよかった話だもんな」
「マナは今のプリちゃんが好きなので、ロゼットさんの唯一の成功例だと思ってますけど」
アイマナは自然に俺の思考を読み取って会話してくる。
まあ、いい。メリーナとロゼットの組み合わせについては、後でゆっくり考えよう。
「それで、アイマナの大事な話ってのはなんだ?」
「昨日、サンダーブロンド家の王宮に行ってきたんです。それで、向こうの魔力探知システムなどのデータボックスを回収してきました」
「それはご苦労だったな」
「プリちゃんが手伝ってくれたので平気です。センパイは手伝ってくれませんでしたけどね」
相当怒ってるな、こいつ……。
俺も俺で忙しかったんだ。と言ったら、嘘に……なるな。
「ごめんね、マナちゃん。わたしも手伝ってあげられたらよかったんだけど……」
「メリーナさんはいいんです。急に継王になって、やらないといけないことが山程あるんですから。ウチの暇人共とは一緒にできませんよ」
アイマナはにっこり笑い、俺に視線を向けてくる。
やめよう。いちいち気にしてたら精神がもたない。
「データの解析は済んだのか?」
「はい。一晩かけて終わらせました」
「……助かるよ。で、何かわかったか?」
「あの浮遊魔導艦ですが、メインシステムにGPAの基幹システムが流用されてます」
「…………は?」
今までの緩んだ空気に慣れていたせいもあり、アイマナの言ったことが、俺はすぐに理解できなかった。
「つまり、あの浮遊魔導艦は、GPAによって造られたということです」
「……どういうことだ? いや、言葉の意味は理解できるが、何が起きてるのかさっぱりわからない」
「ちなみに、システムだけを盗用してるわけじゃありません。あの魔導艦は、明らかにGPAのシステムとリンクしてます」
「というと……?」
「早い話、今はあの浮遊魔導艦が、<GPA本部>になっているということです」




