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No.085

 俺はメリーナの手を引き、人気のない路地を走っていた。

 ここは、サンダーブロンド家の王宮からあまり離れていない住宅街の一角だ。

 

 さっき俺が使った空間転移の魔法は、自分以外の人間も一緒に連れて行ける上に、他に制限がなく、発動も早い。その分、ランダム性が高いという難点がある。

 結果的に、あまり遠くには飛べず、こうして走って逃げることになったのだが。


 しばらくして、メリーナの走力が鈍ったのを感じ、俺は声をかける。


「大丈夫か?」

「ハァハァ……うん、平気よ……」


 メリーナは息を切らせながらも、笑ってみせる。だが無理をしているのは、一目瞭然だ。


「少し休むか」

「うん……」


 立ち止まると、メリーナはその場に座り込んでしまう。

 継王(つぐおう)即位式用のドレスは、すっかりボロボロになってしまった。動きやすくするため、長かった裾も大幅に切ったので、むしろシンプルに感じるくらいだ。


「せっかくの晴れ舞台だったのにな……」


 思わずそんな言葉が口をついて出てしまう。

 すると、メリーナは少し困ったような笑顔を浮かべる。


「ライのせいじゃないでしょ」

「想定しておくべき事態だった」

「即位式の警備体制の責任は、サンダーブロンド家にあるわ。残念ながら、大失態って感じになっちゃったけどね」

「まさか、あんなものまで出てくるとは思わなかったからな」


 俺は上空に視線を向ける。そこには、まだ浮遊魔導艦(ふゆうまどうかん)の姿が見える。いまだに撤収しないのは、俺たちを探しているからだ。

 この周辺でも、いたるところに索敵する武装兵の気配を感じる。


「なんでわたしを狙うのかしら……」


 メリーナが力なくつぶやく。さすがに弱気になっているようだ。

 できれば元気づけてやりたいが。


「狙いは俺かもしれない」

「……そうなの? でも、わたしを捕まえようとしてなかった?」

「メリーナを盾にされたら、俺は手出しできなくなるからな」

「それって……それだけわたしが大切な存在ってこと?」

「当たり前だろ」


 俺は話の流れでそう答えてしまった。

 するとメリーナは頬を赤くし、少し照れたような顔で聞いてくる。


「つまりライは……わたしに恋してるってこと?」


 なぜそうなる?

 しかし、あからさまに否定するのもちょっとな……。


 せっかくメリーナが元気になってきたところだし、あまり気落ちさせたくない。


 俺はそう思っていたのだが……。


『なんで黙ってるんですか?』


 耳の奥から冷え切った声が聞こえてくる。

 そうだ、こいつが聞いてたんだ……。


「アイマナ、状況を報告しろ」

『誤魔化さないでください。なんでメリーナさんの質問に答えないんですか?』


 思わずため息が出てしまう。そんな俺の顔を、メリーナが不思議そうに見つめてくる。

 なので、俺は一応の断りを入れておいた。


「アイマナと連絡を取ってるんだ」


 その説明だけで、メリーナは快くうなずいてくれた。

 一方、耳の奥からは呪詛にも似た声が聞こえてくる。


『センパイ、マナのことはどう思ってるんですか? 恋してますか? 否定しないってことはマナに恋してるってことでいいんですよね? 裏切ったら許しませんからね。三日三晩、センパイの前で泣き続けますからね』

「そんな話をしてる場合じゃない。いいから、そっちの状況を説明しろ」

『……わかりました。緊急事態なので、これくらいにしておきます。でも、見逃したわけじゃないですからね!』

「肝に銘じておくよ。それで、他のみんなはどうしてる?」

『ロゼットさん、プリちゃん、その他二人も、マナと一緒にいます。王宮から東に3キロほどの距離にあるサンダーブロンド家の別宅です』

「サンダーブロンド家の使用人たちもそこに集まってるのか?」

『はい。襲撃者は追ってこなかったので、今は安全に過ごしてます。どうやら、こっちは眼中にないみたいですね』


 サンダーブロンド家の使用人たちには興味ないのか。だとしたら、本当にメリーナと俺だけが目的だったんだな。


 そんなことを考えていると、メリーナが何か言いたげに顔を近づけてくる。


「どうしたんだ?」

「ウチの使用人たちは無事?」

「今は安全なところに避難してる。ただ、王宮が攻撃を受けた際に、かなりの被害が出てるはずだ」

「……そうよね」


 メリーナは悲しげに目を伏せる。

 彼女にとって護衛兵たちは、大事な臣下であり、家族みたいなものだったはずだ。

 その一部でも失ったとなれば、相当なショックだろう。


 メリーナのためにも、早くどこか落ち着ける場所に辿りつきたいところだ。

 ただ、敵の配置がわからない状況では、下手に動くわけにいかない。


 俺が次の出方を考えていると、またアイマナが話しかけてくる。


『センパイ、気をつけてください。その辺りで敵を撒くのは苦労しそうです』

「俺たちの現在地がわかるのか? ということは、魔力探知システムが使えるようになったんだな?」

『いえ、まだ無理です。でも、前にメリーナさんにプレゼントしたイヤリングのおかげで、二人の場所だけは把握できてます』


 そういえばそんなものがあったな。

 まさか本当に役に立つ日がくるとは思わなかったよ。


「ここら辺の道はあまり覚えてない。アイマナの方で誘導してもらえないか?」

『そこは古い住宅街で、狭い道が入り組んだ迷路のような場所です。誘導するのは構いませんが、マナには敵の位置がわからないので』

「確かにな……。かなりの数の追手が周囲に展開してる」

『とりあえず西に向かうのが早いはずです。ただ、敵に見つからないように慎重に。相手は、周囲の住宅や民間人なんて気にせず攻撃をしかけてくるはずですから』


 そうは言われても、ここから脱出するのは簡単なことじゃない。空間転移しても、今度は敵の目の前に飛んでしまうリスクがあるのだ。

 それ以外の魔法も、使えばすぐに魔導艦に捕捉されてしまうだろう。


『センパイ、ロゼットさんとプリちゃんが迎えに行こうかと話し合ってます』

「ダメだ。待機させろ。二人がきたら、間違いなく戦闘が発生する」

『……だそうです』


 アイマナは、俺ではなく、向こうの空間に呼びかけていた。

 おそらく俺の声をスピーカーかなんかで聞かせているのだろう。


「いいか? そこで全員待機だ。また何か用があったら連絡する」

『えっ、ちょっと、センパイ!』


 俺は耳の奥からイヤーピースを抜き、無線をオフにした。

 こっちの声を聞いて、ロゼットたちが勝手に動いたら困るからな。


「メリーナ、そろそろ行けそうか?」


 俺が声をかけると、メリーナは立ち上がり、笑顔で答える。


「うん。おかげで結構、回復したわ」


 それならばと、俺は再び周辺の気配を探ってみる。

 だが――。


「まずいな」


 想像していた以上に、敵の数が増えていた。

 しかもその包囲網が、次第に狭まってきている。


「もしかして、逃げられそうにないの?」

「そんなことはない。ただ、少し慎重に行こう」


 俺はメリーナの手を引き、音を立てないようにゆっくりと進んでいく。

 時には物陰に隠れ、敵をやり過ごしながら。


 しかし、そう簡単にはいかなかった。


「ライ! 魔導艦を見て!」


 メリーナの声に促され、俺は浮遊魔導艦を見上げる。

 すると、そこからローブ姿の魔法士が大量に降ってくるのが確認できた。


「くそっ、増援か! このままだと完全に囲まれるぞ!」


 メリーナの手を引き、俺は走り出す。

 だが、どこへ進もうと、道の先に敵の気配を感じる。


 そして――。


「いたぞ! サンダーブロンドだ!」


 俺たちはついに見つかってしまった。

 武装兵や魔法士は互いに声を張り上げ、その数をどんどん増やしていく。


 そんな中、俺たちは全力で走り続けた。

 しかし、全く振り切れない。


「しつこい奴らだ……!」

「ハァハァ……あっ、ライ! 前からもきてるわ!」


 後ろから追ってくる連中に気を取られている間に、前方も塞がれていた。

 このままじゃ挟み撃ちになる。


「こっちだ!」


 俺はメリーナの手を引き、さらに狭い横道に入る。


 だが突然、その道を抜けたところに一台の自動車が現れ、行く手を阻まれた。


 もう戦って強引に突破するしかないのか?


 俺が半ば覚悟を決めた時だった。

 自動車のドアが開き、一人の女性が声をかけてくる。


「乗ってください!」

「あなたは――」


 呼びかけてきた女性の姿を見て、メリーナは目を丸くしていた。

 もちろん、俺にも予想外のことだ。


 ただ、彼女の誘いに乗るべきかどうか……。

 明らかな敵ではなくても、味方とも言いがたい。


 俺たちは迷っていた。

 すると、自動車の中にいた女性は、わざわざ外に出てまで訴えかけてくる。


「お願いです。私を信じてください」


 その優雅で荘厳な声が、彼女の存在感を際立たせていた。改めて見ると、長い桃色の髪が特徴的だ。だいぶ若そうに見えるが、堂々としている。

 これが第九継王、ピンクコイン家の現当主――。


「ビオラ・ピンクコイン……」


 俺はその名をつぶやいた。

 すると目の前の女性は、大きくうなずきながら言う。


「メリーナ様。1000年前の盟約により、ご助力致します」


 彼女の言葉を聞いて、メリーナが俺の顔を見る。

 俺は黙ったままうなずく。


 そして俺たちは、目の前の自動車に乗り込んだ。


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