No.084
近代的な魔導兵器を装備した武装兵は、サンダーブロンド家の護衛兵とは明らかに違っている。外部から侵入してきたのだろう。
最初に気配を探った時は、カミラしかいないと思ったが……。
くそっ、魔導艦の方に気を取られすぎたな。
「カミラ……どういうこと……?」
メリーナは困惑した様子でつぶやく。
すると、カミラと呼ばれた侍女の顔に、意地の悪そうな笑みが浮かぶ。
「メリーナ様こそ、どういうつもりですか? 即位式の直前に、男を連れ込んで」
「別に連れ込んだわけじゃ……」
「いいんです。別にあなたの青臭い言い訳なんて聞きたくありません。ただ、無駄な抵抗はしないでくださいね」
「カミラ……」
信頼していた人間に裏切られたことで、メリーナはショックを受けていた。とても抵抗なんてできそうにない。
カミラはそれを察したのか、俺に視線を向けてくる。
「あなたも、妙な動きはしないでくださいね。そうでないと、大好きなお姫様が穴だらけになりますよ?」
カミラがそう言うと、周りの武装兵たちが一斉に小銃を構える。
「お前は何者だ?」
俺は目の前に立つ女に問いかけた。
すると彼女は、わずかに眉間にシワを寄せる。
「発言は許可してませんよ、『ライ・ザ・キャッチー』さん」
「お前がどこまで情報を与えられてるのか知らないが、俺を甘く見ない方がいい」
「自意識過剰な人ですね。あなたのことなんて、名前と顔くらいしか聞いてないですよ。でも、GPAが下っ端まで偉そうだってことは、いま覚えました」
それほど期待せずに揺さぶってみたが、思ったよりも情報を得られた。
まず、この女は、GPAの工作員じゃない。
それに、俺のことを聞かされていないとなると、どこの組織でも大した地位には就いていないはずだ。
「そういうお前こそ、下っ端じゃないのか?」
俺はさらにカミラを挑発してみた。
すると、彼女は急に目を吊り上げて叫んだ。
「黙れ! 今すぐ殺してやろうかっ!」
カミラは自らも銃を抜き、俺の方に突きつけてくる。
「やめて、カミラ!」
メリーナが悲痛な声で訴える。しかし、カミラが従うことはない。
なぜなら、この女は本物のカミラじゃないからだ。
「魔法で外見は変えられても、中身の擬態能力は低いな」
俺はカミラにそう言ってやった。
すると彼女は、さらに激しい怒りを露わにする。
「テメェ! マジでぶっ殺してやるよ。GPAだからって、調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「殺す気ならすでにやってる。お前が受けた命令は、メリーナと俺の拘束なんじゃないか?」
「このクソ野郎……」
随分とガラが悪い奴だ。いくらバレたとはいえ、もう少し演技しといた方がよかったと思うんだけどな。
「本当にカミラじゃないのね……」
メリーナも、すっかり理解したようだ。
この女が偽物だということを。
「だったらなんだってんだよ? 今さらバレたところで、お前らに何ができる?」
カミラもどきが余裕ぶった物言いをする。
随分と感情的な奴だ。この手のタイプからは、情報を引き出しやすいんだが。
「本物のカミラはどこなの?」
メリーナが問いかける。
だが、さすがにそこまで教えてくれるほどの馬鹿じゃないらしい。
「大人しくついてきたら教えてやる」
「……約束よ」
メリーナは偽カミラの言葉に釣られて歩き出そうとする。
しかし俺はその腕を掴んで止める。
「ライ……お願い。カミラを助けたいの……」
「ここで大人しくついていって、カミラが帰ってくる保証はない」
俺がそう言うと、耳の奥のイヤーピースから声が聞こえてくる。
『カミラさんたちの捜索はこっちで対応します』
アイマナの声は俺以外には聞こえていない。
だからこそ目の前の女も、勝ち誇った笑みを浮かべているのだ。
「保証がないからどうだってんだ? お前らに選択する権利なんかねぇよ」
武装兵は依然として銃口を向けたままだ。
さらに窓の外では、浮遊魔導艦の攻撃が断続的に続いていた。
ドーンッ!
宮殿が悲鳴を上げるように、激しく揺れる。
このままでは、いつまで持つか……。
「そろそろだな。お前ら、ついてこい」
偽カミラは、タイミングを計ったかのように言う。
すると、浮遊魔導艦からの攻撃がピタリとやんだ。
やはり連携してるのか。
このままだと、連れていかれる先は浮遊魔導艦になりそうだな。
さすがにそれはまずい……。
「ほら、行くぞ」
偽カミラが号令をかけると、武装兵たちが俺とメリーナを取り囲む。
そして、銃口に押し出されるように、俺たちは歩き出した。
◆◆◆
宮殿内の廊下には、サンダーブロンド家の護衛兵も侍従の姿もなかった。
広々とした空間を、俺とメリーナは並んで歩いていく。銃口を向ける武装兵たちに囲まれながら。
「ねぇ、ウチの者たちをどうしたの?」
ふいにメリーナが尋ねた。
すると、偽カミラは得意げな様子で答える。
「ウチの急襲部隊は優秀だからな。警戒もしてない奴らを制圧するなんざ、朝飯前だよ」
「みんなは生きてるの?」
「フン! 私らを十三継王家みたいな悪魔と一緒にするんじゃねぇよ」
「悪魔? なんでわたしたちが悪魔になるのかしら?」
「歴史を振り返ってみろ。お前ら十三継王家は、魔法を独占して人々を支配し、思うままに権力を振るってきた。そのせいで、どれだけの人が苦しめられたと思ってるんだ?」
「わたしたちは、そんなことはしてないわ!」
「黙れ! 私らは<真の歴史>を知ってるんだ!」
偽カミラは吐き捨てるように言う。
本人にその自覚はないだろうが、メリーナはいい仕事をしてくれた。
今の会話で、こいつらの正体がおおむね推測できた。
そこに、ちょうど耳の奥から声が聞こえてくる。
『センパイ、返事はできないと思うので、黙って聞いてください。その武装兵たちは、やはり<泥だらけの太陽>の構成員です。<真の歴史>という単語も、彼らが好んで使うワードなので、間違いありません』
アイマナから裏も取れた。つまり、こいつらは浮遊魔導艦の仲間ってことだ。
どうやら、初めから浮遊魔導艦を囮にして、この武装兵たちでメリーナを拘束するつもりだったみたいだな。
しかし、それにしても疑問は残る。
メリーナに狙いを絞っていること、そして俺も一緒に拘束しようとしている理由がわからない。
いずれにしろ、この状況を抜け出すのが先か。
せめて、本物のカミラの安否だけでもわかればいいんだが……。
そう考えていたところに、また耳の奥から声が聞こえてくる。
『センパイ、ロゼットさんから連絡がありました! 拘束されていた、サンダーブロンド家の侍従たちを発見したそうです。カミラという名の女性も健在です。それと、王宮内の使用人は、護衛兵も含めて撤退の指示を出しました』
さすがウチの連中だ。俺からの連絡がなくても、ちゃんと仕事をしてくれている。
それなら後は、俺とメリーナが、この状況を脱するだけだ。
「おい、お前! なに止まってんだ?」
急に立ち止まったせいで、偽カミラに怒鳴りつけられた。
メリーナも不安そうな目で見つめてくる。
「ライ……どうしたの?」
俺はメリーナの腕を掴んで引き寄せる。
と、周りの武装兵が一斉に引き金に指をかけた。
「おいおい、そいつはやめといた方がいいんじゃないか?」
偽カミラの顔にも緊張感が滲む。
どうやら、いざという時は、攻撃することも許可されてるようだ。
「ライ……」
「メリーナ、俺を信じてくれ」
俺はそれだけを彼女に告げる。
と、メリーナは何も言わずに抱きついてきた。
「なんでこんな至近距離で、テメェらのメロドラマを見せらんないといけないんだよ?」
偽カミラは、今にも攻撃命令を出しそうな雰囲気だ。
しかし、俺は構わずに言う。
「全員、現場を離脱しろ」
偽カミラが、頭の上に大きな『?』マークを浮かべる。
が、すぐにその表情がハッとなる。
思ったよりは察しがいいらしい。
だが、遅い。
【空間を越える穴】
俺は魔法を発動させた。
次の瞬間、目の前の景色が飛んだ。




