No.083
メリーナを差し出せ?
あまりに馬鹿げた要求だ。受け入れられると思ってるのか? そもそも、誰に向けて言ってるのかもわからない。
こんな要求に耳を貸す必要はない。
俺はそう判断したが、メリーナは名指しされたせいで、責任を感じてしまってるようだった。
「ライ、わたしが出て行ったほうが――」
「行くな」
俺はメリーナの肩を強く抱き寄せた。
「えっ! あっ……はい」
珍しくメリーナは素直に従ってくれた。
それから俺は、ドアに鍵をかける。
「ライ、どうして……?」
「そのうち、護衛兵や侍従がメリーナの安否を確かめにくるはずだ。騒がしくされるのはごめんだからな」
「でも、彼らが心配するんじゃ……」
「誰か来たらドア越しに、心配いらないことを伝えてくれ」
「そっか……うん、わかったわ」
メリーナは納得してくれたらしい。
ただ、俺の本当の目的は別だ。
メリーナに、誰も近づけたくないのだ。
今日は外部から大勢の招待客が訪れているし、サンダーブロンド家の者も、王宮内を慌ただしく動き回っている。
俺は全員の素性を把握してないし、誰がどんな役割を担ってるのかも知らない。その中に、どこかの組織の工作員が潜んでいることも考えられる。
「アイマナ、『泥だらけの太陽』は本当にメリーナを狙ってるのか?」
『これまでの彼らの活動から考えると、メリーナさんの身柄を要求するのは違和感がありますね』
「じゃあ本当の狙いはなんだと思う?」
『最悪の想定なら、王宮の敷地外にいる民間人です』
確かに最悪の結果という意味では、アイマナの言うことは間違っていない。
メリーナが奴らの要求を無視したせいで、大量の人間が死んだって筋書きにされたら、いよいよメリーナに大帝王の目がなくなる。
ただ、それはそれで違和感が残る。
「なんでメリーナにこだわるんだ? 奴らは十三継王家そのものを憎んでいるんじゃないのか?」
『それは、メリーナさんが大帝王になれなくても、他の候補者が大帝王になるって意味ですよね? マナもその点は、おかしいと思ってます』
「つまり、奴らの掲げる思想とは別に、何かしらの意図があるってことだな……」
俺はアイマナと会話しながら、外の様子を窺った。
庭にいた招待客は、もうほとんど残っていない。
ただ依然として、浮遊魔導艦は上空に居座っている。
「ねぇ、ライ。マナちゃんと何を話してたの?」
メリーナの質問に、俺は何も答えなかった。
話したところで、彼女を混乱させるだけだ。
コンコン。
ふいにドアがノックされた。
続けて、廊下の方から声が聞こえてくる。
「メリーナ様、ご無事ですか?」
「カミラ……。ええ、わたしは平気よ」
メリーナが答えた。相手の声は、俺も聞き覚えがある。普段、メリーナの身の回りの世話をしている侍女の一人だ。
「ご無事で良かったです。でも、なぜドアの鍵をかけてるんですか?」
「えっと、これは……そうした方がいいって――」
そこで俺はメリーナの口をふさいだ。
当然、彼女は驚いた顔で俺を見つめてくる。
「静かに。何かおかしい」
俺はメリーナにだけ聞こえる声で囁く。
彼女もそれに合わせて、小声で尋ねてくる。
「どういうこと……?」
「廊下から、一人の気配しかしない」
「それはカミラしかいないからでしょ?」
「この状況で、主人の様子を確認に来るのが一人だけ? いつからこの家の人間はそんなに薄情になったんだ?」
俺の言葉で、メリーナも気づいたようだ。
この異常な事態に。
「…………」
メリーナは口を閉じたまま、目だけで俺に訴えてくる。
俺は彼女の考えを察し、小さくうなずいた。
それからメリーナは、ドアの方に向かって声をかける。
「ねえ、カミラ。招待客の様子はどうかしら? 皆さんは無事?」
「はい。各継王家の護衛隊などもいらっしゃるので、今のところは大きな混乱は起きていません」
「ウチの護衛隊は何をしてるの?」
「招待客の避難を誘導したり、上空の船への対応を協議しています」
「船への対応って……?」
「護衛部では、これは明らかな敵対行為なので、撃ち落とすべきという話になっているようです」
「待って! そんなことをしたら、王宮の周りにいる人たちに被害が出るかもしれないわ」
「そう言われましても……護衛部のことなので、私には口出しできません。私の役目は、メリーナ様の身をお守りすることですから……」
カミラの受け答えからは、おかしな気配は感じられない。
「彼女は本物だと思うか?」
俺はいったんメリーナに小声で話しかけてみた。
「うん……そうだと思うけど……」
しかしメリーナの表情からは、若干の戸惑いが感じられる。
「メリーナ、頼む。どんな些細なことでも、違和感があれば言ってくれ」
「彼女……わたしを守るって言ったわ。でも、カミラはそんな性格の子じゃなかった気がして……。本来の役目も、わたしのスケジュール管理とか、事務的なことだったし……」
メリーナがそこまで言った時だった。
「メリーナ様! どうされたんですか? ここを開けて、お顔を見せてください!」
カミラがドアを激しく叩いてくる。
やはり奇妙だ。これだけ話しているのに、彼女以外は誰も駆けつけてこない。
カミラ本人が工作員なのか、魔法で操られているのか、あるいは別の人間に成り代わられているのか、そこまではわからない。
いずれにしても、メリーナに会わせるわけにはいかないな。
俺がそう確信したのとほぼ同時だった。
再び上空から、濁った声が響いてくる。
「これ以上は待てない。メリーナ・サンダーブロンドを差し出さないのなら、ただちに制裁を加える」
浮遊魔導艦から、そんな宣言がなされた。
そして艦の周りを取り巻く魔法陣が、ゆっくり回転し始める。
「まずい……」
俺は思わずつぶやいた。
すると耳の奥からも、アイマナの深刻そうな声が聞こえてくる。
『センパイ、異常な魔力量を検知しました……!』
アイマナが言ってるのは浮遊魔導艦のことだろう。
だが、問題は上じゃない。庭の方だ。
と、俺はそちらに視線を向ける。次の瞬間――。
「放てぇー!!」
庭に大声が響く。
そこには、黄色のローブに身を包んだ魔法士たちが並んでいた。
その魔法士たちが、浮遊魔導艦に向けて一斉に魔法を放った。
何十もの細い稲妻が、浮遊魔導艦に襲いかかる。
しかしその稲妻は、魔導艦の周りに展開されていた魔法陣の防護壁に、あっさり阻まれてしまう。
それどころか、魔法陣に反射した雷撃が、庭へと降り注いだ。
「ぐあぁっ!」
「きゃぁー!」
「うわあぁっ!」
雷撃を受けた魔法士たちは悲鳴を上げ、次々と倒れていった。
「なんてこと……」
メリーナは愕然とした表情で、庭を見つめる。
一方で、ドアを叩きながら呼びかける声も、激しさを増していた。
「メリーナ様、お願いです! 早くお逃げください! どうかここを開け、私に無事なお姿をお見せください!」
窓の外、ドアの向こう、どちらも気になり、俺も注意がそがれてしまう。
そんな中、いきなり浮遊魔導艦から巨大な光線が放たれた。
「――――ッ!」
魔法を使って止める暇はなかった。
光線は宮殿に直撃し、激しい爆発を起こす。
「きゃっ……」
建物が激しく揺れ、メリーナがよろめく。
俺がその身体を支えた。
そして続けざまに、浮遊魔導艦からいくつもの光線が放たれる。
その攻撃が、サンダーブロンド家の庭を、宮殿を、そして人々を破壊していく。
「なっ……やめてっ!」
メリーナは悲鳴に近い声で叫んでいた。
しかし無情にも、浮遊魔導艦の攻撃は繰り返される。
「みんな、いいから! 戦わないで! 早く逃げて!」
メリーナは必死に呼びかけていたが、その声は誰にも届かない。
遅ればせながら、俺は浮遊魔導艦の攻撃を止める決意をした。
だが――。
バンッ!
激しい音を立てて部屋のドアが開かれる。
そこには、カミラという名の侍女が立っていた。
俺もその顔には見覚えがある。
それはいい。問題なのは、彼女の周りにいる数十人もの、見知らぬ武装兵だ。




