No.079
<ニュールミナス市/サンダーブロンド家王宮>
夜の応接室は、ひっそりと静まり返っていた。
テーブルを挟み、俺の前には白銀色の少女だけが座っている。
「今日もいろいろと試しましたが、他のエージェントとの連絡は取れませんでした」
アイマナは機械端末を操作しながら、淡々と報告する。
それを聞き、俺は大きく息を吐き出した。
「やっぱりダメか……」
GPA本部が炎上した日から、かれこれもう二週間が経つ。
一般向けのニュースでは、リゾートホテルの火災と報じられた一件は、すでに世間から忘れられようとしている。
しかし、ウチのチーム以外のGPA関係者については、いまだになんの情報も得られていないのだ。
さすがに俺も焦りを感じ始めてきた。
そんな気配を察したのか、アイマナは少しだけ拗ねたように言う。
「マナのせいじゃないですからね。そもそも、こういった事態は想定されてなかったんです。他のエージェントだって、どう対応すればいいのかわからないんだと思いますよ」
「M-システムに侵入したりして、居場所は探れないのか?」
「無理です。ああ見えて、本部の設備は世界最高レベルだったんですから。お借りしておいてなんですけど、ここにある機械類じゃとても代替にはなりません」
「他のチームのセーフハウスとか、緊急連絡先はどうだ?」
「まず一つめ。本部が襲撃されたのだから、他のチームも警戒して、これまでの連絡先などは使わないはずです。そして二つめ。仮に潜伏先がわかっても、マナたちは探しに行けません」
アイマナの言う通り、ここのところ俺たちは、サンダーブロンド家の王宮に身を潜め、表立った行動は控えていた。
「下手に街をうろつけば、いつ襲われるかわかったものじゃないからな」
「でも、この王宮内も、必ずしも安全とは言えないんじゃないですか?」
かつてこのサンダーブロンド家の王宮内にも、GPAのエージェントが潜り込んでいた。その人物は監視カメラの映像に細工した裏切り者の可能性が高い。
アイマナはそのことを言ってるのだろう。ただ、すでに対策済みだ。
「メリーナと一緒に使用人は全員チェックした。それで怪しい奴は、王宮以外の配属に回したりしたから、今はある程度の安全は確保できてるはずだ」
「またマナに内緒で、こっそりメリーナさんと二人きりになってたんですね」
そう言うと、アイマナはほっぺたを膨らませ、睨んでくる。
この状況で、よくそんなことが気になるものだと言ってやりたいところだが。
「今だってアイマナと二人きりだろ」
「ふふふっ……そうでしたね。センパイってば、マナのこと大好きじゃないですか」
今度は照れ笑いを浮かべるアイマナ。
コロコロと表情を変えて、忙しい奴だ。
「言っておくが、こうして夜中にわざわざ会ってるのは、雑談するためじゃないんだぞ」
「わかってますよ。でも、本部がなくなったんですから、そう簡単に新たな情報なんて集められないです」
「まあ確かに大変だとは思うけどさ……」
「ただ、GPAとは別で、気になる動きがありました」
「なんだ?」
「ここ一週間で三度ほど、メリーナさんに外部から接触しようとした者がいたみたいです」
「俺は何も聞いてないぞ」
この二週間は、メリーナもほぼ外には出ていない。王宮内でも、可能な限り目を離さないようにしていたが。
「危険なのかどうか、判断しにくい動きでしたからね。聞いたところによると、『メリーナ様にメッセージを送りたがっているのかもしれない』といったくらいの不確定な動きでした」
「具体的に何があったんだ?」
「この王宮の使用人が外出した際に、魔法で操られて帰ってきたそうです」
「おいおい、それは明らかに危険だろ」
ここはメリーナの家だから強制はできないが、異変が起きたらすべて伝えてほしいものだ。
「でも彼らは全員、一言告げるだけだったらしいです。『メリーナ・サンダーブロンドと話したい』と。その後は、完全に魔法の効力が消えたことを、王宮魔法士が確認済みです」
「<傀儡系>の初級魔法か。効果が薄い分、出入りの際のチェックにも引っかからなかったんだな」
「はい。王宮魔法士も同様の見解を示しています」
「相手は、ピンクコイン家か?」
「よくわかりましたね。マナは、さっき王宮魔法士の方から、その分析結果を聞いたところですけど」
「人を操るタイプの魔法は、ピンクコイン家のオハコだからな。特に、単なる伝言で済むところを、わざわざ魔法を使うあたりがあの家の人間らしい」
「確かに面倒なことをしますね」
しかしピンクコイン家は、なんの目的でメリーナと接触しようとしてるんだ?
おそらく危害を加えるつもりはないんだろうが……。
昔からピンクコイン家とサンダーブロンド家は、親密な関係で知られている。
だからこそメリーナも、あの家の人間と婚約しようとしていたのだ。
ただ、1年前の事件があったせいで、今の関係は以前ほど良好ではないと思ってたんだけどな。
俺が考え込むと、アイマナも黙ってしまう。
しばらくの間、辺りはシンと静まり返っていた。
そこへ突然、廊下の方から足音が聞こえてくる。
そしてすぐに、応接室のドアがノックされた。
俺はアイマナとうなずき合ってから、返事をする。
「どうぞ」
すると、長い金髪を一つに束ねた少女が、遠慮深げに部屋に入ってきた。
「あの……ちょっといいかしら?」
メリーナは、すでに寝る準備を整えていたのだろう。薄い寝巻きに、厚手のローブを羽織ってるだけの格好だ。
「何かあったのか?」
俺が尋ねると、彼女は少し強張った表情で答える。
「門衛から報告があって、その……ライの元に尋ねてきた人がいるらしいんだけど」
「俺に? しかも、こんな時間にか?」
「それが……サリンジャー長官みたいなの」
「サリンジャーだと?」
その名前を聞いた瞬間、俺はなぜか本能的に危機感を抱いた。本来なら、GPAのトップが無事で、わざわざ接触してきてくれたことは、歓迎すべきなんだろうが。
「ライ、どうしよう……?」
メリーナが不安そうに聞いてくる。
ここで俺の違和感を話したところで、彼女を心配させるだけだな。
「わかった。通してくれ。ただし、庭先までだ」
「うん、門衛に伝えてくるわ」
メリーナはそう言って足早に去っていく。
その気配が遠ざかったのを確認してから、俺はアイマナに言う。
「他の連中を起こして、遠巻きに配置させろ。メリーナは絶対に近づけさせるなよ」
「センパイも気をつけてくださいね」
アイマナの返事にも緊張感が滲んでいた。




