No.078
本部の裏手のビーチにボートを止め、俺たちは浜辺に降り立った。
見上げた先には、GPA本部のビルが建っている。
「深夜なのに明かりがついてますね」
アイマナが本部ビルを見上げながらつぶやく。
せいぜい一週間ぶりだが、なんだか懐かしい気分だ。
「GPAのエージェントには、昼も夜もないからな」
「そう考えると、ウチのチームって結構休めてる気もしますね、夜通し働くこともあんまりないですし」
「それは斬新な意見だ」
この状況でよくそんなことが言えるなと感心してしまう。
しかしアイマナだけでなく、ロゼットも似たようなことを言っていた。
「ウチは、最終的にライライが仕事を片付けてくれちゃうものねー。まあ、あたしらは楽できていいけど」
そんな話をしながら、俺たちは本部ビルへ向けて歩き出した。
その直後――。
ッドォォォーッン!
すさまじい破裂音と同時に、突風のような衝撃波が襲ってくる。
「きゃっ!」
「メリーナ!」
俺はメリーナの腕を掴んで引き寄せる。
危うく吹き飛ばされるところだ。
他のメンバーも、飛ばされそうになるのを、どうにか堪えていた。
俺は周りの無事を確認しつつ、爆発のあった場所を確認する。
そして言葉を失った。
GPAの本部ビルが、燃え盛る炎に包まれていた。
窓ガラスは吹き飛び、外壁もボロボロになっている。
まるで爆弾でも落とされたかのようだった。
「なんだよコレ……」
ジーノが震える声でつぶやく。
とても信じられないといった様子だ。
「センパイ……」
アイマナも呆然とした顔で口を開くが、言葉が続かない。
それでも、何を聞こうとしているのかはわかった。
「魔法だ」
俺はアイマナが聞きたかったであろう答えを口にする。
と、ソウデンが横から尋ねてくる。
「GPAの本部が魔法攻撃を受けたっていうんですか?」
「ああ、強烈な臭いがする」
「まさかGPAに攻撃を仕掛ける者がいるとは……」
さすがのソウデンも驚きを隠せないようだった。
「ライライ、どうするの!?」
ロゼットは慌てた様子で尋ねてくる。
俺はようやく思考がまとまりつつあった。
「ひとまず撤収するぞ。全員ボートに戻れ!」
「えっ、でも……まだ中に誰かいるかもしれないわよ」
「残念だが、最初の爆発でほぼやられただろう。それに、追撃があるかもしれない。いったん離れて様子を見たほうがいい」
「そっか……そうよね……」
ロゼットはまだ少し狼狽えていたが、ボートに向かって歩き出す。
他のメンバーも急いでボートへと戻っていく。
俺もメリーナの腕を引いて歩き出そうとするが。
「プリ、何やってんだ!」
オレンジ髪の少女は、炎上する本部ビルを見上げたまま動こうとしない。
何か気になるものでもあるのか?
俺がその視線の先を追ってみると――。
「誰だ?」
炎上する本部ビルの中に、人の影が見えた。
だが、明らかに普通じゃない。
これほどの爆発が起き、建物が燃えていると言うのに、影は逃げようとしないのだ。
窓際に立ち、こちらを見つめているようにも見える。
しかも奴がいるフロアは……。
「プリたちの部屋わね」
プリが言う通り、影が立っているのは俺たちが使っていた7階のオフィスだ。
しかし燃え盛る炎と煙に阻まれ、その姿はよく見えない。
「プリ、今は気にするな。行くぞ」
「わかったわね」
素直な返事をすると、プリは俺の頭に乗ってくる。
そうして俺はメリーナの手を引き、ボートへと乗り込んだ。
◆◆◆
沖合へボートを走らせること数十分。
燃え盛るGPA本部の明かりも、ようやく見えなくなった。
そこでボートを止め、ようやく一息つく。
すると、それまで黙っていた面々も、少しずつ口を開き始めた。
「悪い夢でも見てんのかよ……」
ジーノが絶望したようにつぶやく。
そう思うのもしかたない。いくら敵対する相手が多いとはいえ、GPAの本部が襲撃されることなど前代未聞だったのだ。
「誰がやったのかは……当然わからないわよね」
「手がかりは全くないからな」
ロゼットの質問に、俺は静かに答えた。
すると、続けてアイマナが尋ねてくる。
「でもセンパイ、ボートに乗り込む前、何か見てなかったですか?」
「炎に包まれた建物の中に誰かがいたんだ。でも、エージェントじゃない。慌てたり、逃げようとする気配が感じられなかった」
「もしかして、本部を爆破した犯人なんじゃないですか?」
「可能性はある。よく見えなかったけどな」
「そうですか……。じゃあ、プリちゃんは何か見えましたか?」
アイマナは、俺の膝の上に乗るオレンジ髪の少女に尋ねた。
「プリも見えなかったわね。でも、生命の臭いはしたわね」
「あの状況でも、それはわかるんですね」
「そうなのよ。メリちゃんの家で嗅いだのと同じわね」
「えっ……」
プリの発言に、本人以外の全員が驚きの顔を浮かべていた。
俺は代表してプリに尋ねる。
「本当か? それって、メリーナの家に捜査に行った時のことだよな?」
「そうわね。どこかで嗅いだことある臭いだったのよ。やっぱりおうちにいたわね!」
「いやいや、ちょっと待て。前後が違うぞ。先にメリーナの家で臭いを嗅いだはずだ。それで、さっき燃えてる本部内からも、同じ臭いを嗅いだんだろ?」
「もっと前にも嗅いでたわね!」
「そういえば、そうだったな……」
すっかり忘れていたが、サンダーブロンド家の王宮に侵入した犯人は、プリが臭いを嗅いだことのある人物だったのだ。
「アイマナ、プリの言ってることはどう思う?」
「マナはプリちゃんの特殊能力には全幅の信頼を置いてますから」
「でも、お前も忘れてたよな?」
「……センパイと一緒にしないでください」
「でもそうなると、『泥だらけの太陽』みたいなテロ組織は、犯人じゃないってことになるのか?」
「それは、プリちゃんとの接点がないからってことですよね?」
……いや、それも違うな。決めつけはよくない。
わかっている事実は二つだ。
一つは、サンダーブロンド家の王宮に侵入した人物は、プリとの接点がある。
もう一つは、さっき燃えてる本部内に、その人物がいた。
それ以外のことについては、推測の域を出ない。
「仮にGPA内にスパイがいるとしたら、どの組織でも犯行は可能だ」
「充分に考えられますね」
俺の仮説に、アイマナがうなずく。
しかしその組織がGPAの本部を爆破したのなら、狙いはGPAそのものってことか?
「どうやら僕らは、とんでもない相手に狙われてしまったようだ」
ソウデンが皮肉めいた口調で言う。その余裕ぶった態度が気に入らなかったのか、ロゼットが眉間にシワを寄せて睨みつける。
「あんた、この状況、理解してないの?」
「むしろ僕が一番、冷静に状況把握できてると思うけど」
「へぇ……言うわね。じゃあ、あんたが把握してることを言ってみなさいよ」
「まず、僕らは帝国魔法取締局から逃亡している。そしてGPAは、建物だけでなく、組織として大打撃を受けた。しかし、この状況を仕掛けた犯人は特定できていない。十三継王家も、政府も敵かもしれないし、あるいはどこかのテロ組織に狙われているのかもしれない」
ソウデンは淡々と事実を並べていく。
すると、ジーノが頭を抱えて騒ぎ出した。
「うわぁー! もうおしまいだー! こんなことなら、あり金全部、この前のレースにぶっ込んどきゃよかったぜ!」
こいつ、まだまだ余裕ありそうだな……。
ただ、実際のところ悩んでいても始まらない。
「重要なのは、この先どう動くかだ」
俺がそう言うと、真っ先にロゼットが反応する。
「とりあえず、どこかのセーフハウスに身を隠すのはどうかしら?」
「セオリー通りならそうなるな。ただ、GPAの情報がどこまで漏れてるかわからない」
「セーフハウスも襲撃されるかもしれないってこと?」
「みんなの自宅もそうだ」
「別にあたしは一人暮らしだから問題ないけど」
ロゼットがそう言うので、俺はみんなの顔を見回してみた。
「オレも一人だから大丈夫っす」
「僕も一人暮らしだ」
「マナも一人で住んでますね」
全員、一人暮らしだった。
まあ危険な仕事だから、そうなるのが当然といえば当然だが……。
「プリのおうちは燃えちゃったわね!」
プリは俺の膝の上でプンスカ怒っていた。
こいつは、オフィス内の部屋に住んでるからな。
「ライライもそうでしょ。全部燃えちゃったけど、大丈夫なの?」
「どうせ私物はほとんど置いてない」
ロゼットに聞かれ、俺はため息混じりに答える。
すると、なぜかメリーナが目を丸くしていた。
「待って……ライってあのオフィスに住んでるの?」
「言ってなかったか?」
「プリちゃんと一緒に?」
「一緒って言っても、ベッドルームは別だけどな」
GPAのオフィスは、メインルームの奥に、仮眠室のような部屋がいくつかある。
俺とプリはそこで寝泊まりしているのだ。
「いいの? ソレ……」
メリーナがよくわからない質問をしてくる。
なので、俺は適当に返事をした。
「別にいいんじゃないか」
「じゃあ、みんなでウチに来る?」
「なぜ……?」
どういう理屈なのか全く理解できない。
だが、こちらもなぜかアイマナが真面目に受け取っていた。
「それは意外と名案かもしれませんよ」
普段のアイマナなら怒りそうなものだが、チーム全員で行くなら問題ないってことなのか?
とはいえ、アイマナの言う通り、メリーナの提案が俺たちにとってありがたいものなのは確かだ。
誰が敵かもわからない状況でも、あの場所なら、ある程度の安全を確保できる。
ということで、俺たちはひとまずサンダーブロンド家の世話になることにしたのだった。
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