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No.076

 俺たちは地下深くの牢から抜け出し、古城から外へと脱出した。


 夜の冷たい空気が頬を撫でる。

 久しぶりに吸った外の空気は、懐かしい潮の香りがした。


「こっちよ」


 メリーナに手を引かれ、俺は藪の中を進んでいく。

 彼女は、帝国魔法取締局(マトリ)の本部があるのとは反対の、島の裏手側に向かっているようだった。


 獣道を進むこと数分、やがて小さな入江に行き着いた。


 そこには、二人の少女が立っていた。

 一人は全身が白銀色の儚げな少女。

 もう一人は、オレンジ色のパーカーを着た少女。


 二人は俺の姿を見るなり、俺の元に駆けてくる。


「センパイ!」

「ライちゃん!」


 アイマナが胸に、プリが顔に、同時に飛びついてきた。

 危うく倒れそうになるが、メリーナに支えてもらい、なんとか堪える。


「助かったよ、二人とも」


 俺がそう言うと、胸の辺りからアイマナの怒った声が聞こえてくる。


「センパイのバカ! なんでマナだけ逃がすんですか!」

「プリも一緒だったろ」


 そう言ってやると、今度は顔の方から癖の強い声が聞こえてくる。


「プリ、ライちゃんのためにおスシ我慢してたわね!」


 どういう理屈なのかわからないが、プリなりに心配してくれたのだろう。


「ありがとうな」


 俺は顔面に張り付いている少女を引き剥がす。が、彼女はすぐに頭の上に乗っかってくる。

 まあプリはそれでもいいんだが……。


「アイマナも、そろそろ離れてくれないか」

「イヤです。離したら、またいつ捨てられるかわからないですから」

「捨てたわけじゃないだろ」

「でも、何も言わずにいなくなりました!」

「あのなぁ……」


 プリはともかく、アイマナに抱きつかれたままだと、身動きが取れない。

 無理やり引き離そうかと思ったんだが――。


「うぇーん……ヤですからね……もう二度と勝手に……ひっく……マナの前からいなくならないでください……」


 アイマナが泣き出してしまった。

 困ったな……。


 アイマナのこんな姿はめったに見られるものじゃない。

 メリーナも、どうしたらいいのかわからず、困っているようだ。繋いだ手に込められた力が強くなる。正直、ちょっと痛いくらいだ。

 プリはプリで、何も言わず俺の頭をぺしぺし叩くだけだし……。


 なんかもう収集がつかなくなってきた。


 そんなところへ、誰かが近づいてくる気配がした。


「いい加減にしなさいよ、マナ」


 声をかけてきたのは、ロゼットだった。

 彼女がアイマナを俺から引き剥がしてくれる。


 すると、アイマナは涙を拭きながら、ロゼットに食ってかかる。


「なにするんですか。せっかくセンパイと感動の再会を果たしてたのに」

「長いのよ。少しだけって約束でしょ」


 ロゼットが気になることを言うので、俺は二人の会話に割って入った。


「何が約束なんだ?」

「マナがあたしたちを助けてくれたから、そのお礼として、ライライとの()()()()()の時間を作ってあげたってことよ」


 ロゼットが説明すると、アイマナはさらに顔を真っ赤にして抗議する。


「なんで言っちゃうんですか! あと、邪魔しにくるのが早過ぎます! もう少しでセンパイが涙する予定だったんですよ!」


 そんな予定はなかったけどな。


「アイマナ……」


 俺は小さく息を吐きながら、彼女に顔を向ける。

 すると、アイマナはバツが悪そうに唇を尖らせた。


「はいはい、わかってますよ。全部マナの演出です。この機会に、マナの存在価値を再確認してもらおうと思っただけです」


 アイマナは強がっているが、俺にはなんとなくわかっていた。

 流した涙も、さっきの言葉も嘘じゃない。むしろそういうのをストレートにぶつけるのが恥ずかしく、わざとこんな回りくどいことをしたんだろう。


 この白銀色の少女は、俺と同じくらい、本音を表に出すのが苦手だからな。


「俺はいなくならないよ」


 そう言ってやった。するとアイマナは、ロゼットの手を振り切って、また俺に抱きついてくる。

 まあ、いいだろう。たまには感情を吐き出させてやらないとな。


 ただ、おかげでロゼットが、今にも火を噴きそうなほどのしかめっ面になっている。


「ライライ……あたしも抱きついていいのかしら? 久しぶりに再会できて感動してるでしょ?」

「ああ、無事でよかったと思ってるよ」

「なんか感情がこもってない気がするんだけど」

「実際、ロゼットたちはあんまり心配してなかったからな」

「それはどういう意味かしら……?」

「信頼してるってことだ」


 俺は素直に思っていることを告げた。

 するとロゼットは照れたように下を向き、独り言のように喋り出す。


「まったく……相変わらず口がうまいのね。まあ、ライライが頼りにするのはあたししかいないものね。他の連中はここぞって時に脆いというか……」


 実際ウチのチームでは、ロゼットが一番、精神的に強いからな。

 ともかく、落ち着いてくれたようで良かったよ。


「あのぉ……ボス。そろそろ撤収した方がいいんじゃないっすか?」


 今度は横から遠慮深げな声が聞こえてくる。


「ジーノもいたのか」

「いるに決まってるっしょ! なんでオレだけ置いてけぼりにされる前提なんだよ!」

「そんなことは言ってないだろ。ソウデンは一緒じゃないのか?」

「あいつは、もうボートの中っすよ」


 ジーノが指差す方には、一隻の中型ボートがある。メリーナたちは、アレでこの島に来たらしい。

 見た感じ、俺たち全員を乗せるくらいの余裕はありそうだ。


「アイマナ、そろそろ行くぞ」

「イヤです。センパイは、マナと二度と離れないと約束しました」


 アイマナは味を占めていた。

 しかし、ロゼットがそれを許さない。


「いい加減にしなさい! ほら、早く行くわよ」

「イヤー! たすけて、センパーイ!」


 ロゼットがアイマナをボートの方へ引っ張って行く。

 その後を、慌ててジーノが追いかけていく。


「待ってくれ! オレを置いてくなよ!」


 あいつら、密かに逃亡しようとしてる状況なのを忘れてたのか?


 俺は小さくため息をつく。

 と、頭がぺしぺし叩かれる。


「プリも行くわね」


 自分の足で歩けよ……などとは、もう俺もいちいち言わない。

 俺はプリを頭の上に乗せたまま歩き出す。

 だが、普段のようにはいかず、少しふらついてしまった。


「おっと……」

「あぶない」


 メリーナが俺の腕を掴んで支えてくれた。


「助かるよ」

「無理したらダメよ」


 一番控えめに支えてくれるのが、最も高貴な身分のメリーナだっていうんだから、皮肉なものだ。


 まあ、察しが悪いだけで、プリも良い子には違いないんだが。


「プリがライちゃん連れてくわね」


 そう言うと、プリは頭から降りて、いきなり俺を担ぎ上げた。

 さらにプリは、メリーナまで持ち上げる。

 そうして、ダッシュでボートまで連れて行ってくれるのだった。


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