No.073
監視カメラの映像があるので、俺を拘束するというのはわかる。
だが、ウチのメンバーまで拘束する必要はないはずだ。
そもそも帝国魔法取締局が、簡単にこのオフィスに入って来ている時点でおかしい。
となると、俺たちはGPAから切り捨てられた可能性が高いな……。
「これがサリンジャーの出した条件か?」
「上でどんな交渉があったのか、私は知らないし、どうでもいい。お前たちさえ尋問できればな」
やはり、すでに話はついているようだ。
腹は立つが、しかたない。サリンジャーもGPAを守ることを優先したのだろう。
「……尋問と言ったが、その中にメリーナは入ってないよな?」
「当然じゃないか! まさか十三継王家の次期当主ともあろうお方を、私たちが尋問するなど、畏れ多いこと。メリーナ様の処遇は、いずれ枢密十三議会にて決められるはずだ」
スネイルは大げさな身振りを交え、芝居がかった口調で話す。
あまり信用できないが、さすがにこいつも、直接メリーナに手を出せるほどの力はないはずだ。
しかしメリーナは、俺の手を握りしめていた。その手が、かすかに震えている。
「団長……」
ソウデンが剣を抜こうとする。
しかし俺は黙ったまま、首を横に振った。
「ライライ、大人しく拘束されるってことでいいのよね?」
ロゼットが確認してくる。
俺はそれに対しては、とりあえず小さくうなずいておいた。
するとスネイルは、喜色満面で喋り出す。
「安心してくれ。ウチの連中は拷問好きだが、女性には優しいからな。しばらくの間は、レディーには手を出さないはずだ。しばらくはなぁ」
スネイルはねっとりとした口調で言いながら、ロゼット、アイマナ、プリの顔を順々に見ていく。
ロゼットたちは三人とも、全身に緊張感をみなぎらせていた。だが、怯えなはない。さすがにこの仕事を続けているだけあって、三人とも覚悟は決まっている。
一方、ジーノは情けない声を上げていた。
「ボス〜、本当に捕まって大丈夫なんすか? オレ、拷問なんてされたら全部ゲロっちゃいますよ〜」
まあジーノは、そうなるだろうなとは思っていた。
だが、ここで俺たちが力づくで反抗すれば、それこそメリーナの立場が危うくなってしまうのだ。下手すれば、サンダーブロンド家そのものが、消滅させられる可能性だってあり得る。
ただ、そうかといって、このまま大人しく従うつもりもない。
と、俺はスネイルに声をかける。
「連行されるのは構わないが、その前にスミス・タイトマン本部長へ連絡してくれ」
「なぜだ?」
「俺たちの直接の上司なんだが、彼はこのことを知らないだろ? もし急に俺たちがいなくなれば、不審に思って何かしらの行動に出るかもしれない」
そんな取り決めはないし、俺たちが消えてもタイトマンは何もしないだろう。
しかしスネイルは、こっちの内情など理解してないはずだ。
「お前らの内部事情に付き合う必要はない」
「十三継王家の命令で来てるんだろ? 現場を掌握できてないとみなされるのは、あんたにとってもマイナスなんじゃないか?」
「……具体的に何が起こるというんだ?」
「いきなり仲間を消されたとなれば、さすがにGPAも黙っていない。枢密十三議会に乗り込んでいく奴もいるかもな」
もちろん、そんなことはない。しかしこの男は、自分の行動で十三継王家に迷惑がかかることを嫌うはずだ。
「なるほどな……」
そうつぶやくと、スネイルは床を見つめて考え始めた。
「…………」
10分以上が経っても、スネイルは床を見つめていた。
ダメか?
俺がそう思ったところで、スネイルがおもむろに口を開いた。
「さすが私を騙していた腐れ探偵だ。往生際が悪い。それで、お前の上司はどこにいる?」
「このビルの最上階、13階だ。呼んでこようか?」
「くくっ……その手は想定済みだ。甘く見るなよ? ウチの部下に行かせるに決まってるだろ。そんな姑息な手で逃げられると思ったら、大間違いだ」
スネイルはそう言うと、周りのローブ集団に指示を出し始める。
おかげで奴の注意は、完全に俺から外れた。
このわずかな隙こそ求めていたものだ。
俺は誰にも聞こえないほどの小声で囁く。
「プリ、アイマナだけ連れて逃げろ」
プリが俺の顔を見る。目が合い、うなずく。
そして次の瞬間――。
「行くわね!」
プリは一言だけ声を上げると、そばにいたアイマナを担ぎ上げる。
「プリちゃん!?」
アイマナは突然のことに驚き、何かを言おうとする。しかし彼女が次の言葉を発する前に、プリは窓を突き破って外へと飛び出していった。
「貴様!」
スネイルが泡を食って俺に掴みかかってきた。
だが、俺は極めて冷静に対応してやる。
「申し訳ない。部下に裏切られてしまったらしい」
「なんだと……」
「あいつらは、俺と一緒に捕まるのが嫌だったんだろうな」
「貴様が逃したわけじゃないと言うのか?」
「いつ俺がそんな指示を出した?」
「このゴミが!」
スネイルが拳を振り上げる。
その動きは、まるでスローモーションのように、ゆっくり見えた。
でも俺は、よけることはしなかった。
ゴンッ!
骨まで響く衝撃音が耳の奥から聞こえ、頬に鈍い痛みが走った。
口の中に、じんわりと鉄の味が広がる。
「ライライ!」
「団長!」
「ボス!」
ロゼットたちが口々に声をあげる。
メリーナは、握りしめる手にさらに力を込めてきた。
それでも俺は、感情を抑えながら話す。
「いいから、そのままにしていろ。俺たちが抵抗しなければ、これ以上揉めることはないはずだからな」
俺は、目の前に立つ水色ローブの男を睨みつけた。
すると奴は、少しだけたじろいだ様子を見せる。その顔には、わずかに悔しそうな表情が浮かんでいた。
「くっ……いいだろう。冷静に考えれば、お前のような無能が、部下に裏切られるのは不思議なことではない。あの二人は勝手に逃げたことにしてやる。その代わり、お前だけは死ぬほどいたぶってやるからな」
こうして、俺と、ロゼット、ジーノ、ソウデンは帝国魔法取締局によって連行されることになった。
しかし俺たちが縄で縛られても、メリーナは最後まで俺の手を離そうとしない。
なので俺は、心配させないように笑ってみせた。
「すぐにまた会える」
「ライ……」
繋いでいた手は解かれ、メリーナの目から涙がこぼれ落ちた。
その視界を遮るように、スネイルが間に立ち、俺を睨みつけてくる。
「女を騙すのだけは得意みたいだが、もう二度と会うことはできないぞ。下賤なゴミ野郎が。ほら、さっさと歩け!」
縄で引かれ、俺は歩き出す。
「ライ! わたし、イヤだから! これが最後なんて、絶対にイヤだから!」
メリーナの悲痛な声を背後に受けながら、俺たちはオフィスを後にした。




