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No.072

 屋上を捉えた監視カメラの映像に映っているのは、間違いなく俺自身だった。

 もちろん本人でないことは、自分が一番よくわかっているが……。


 俺は一度、冷静になろうと思い、大きく息を吐き出した。

 そこへ、ロゼットが尋ねてくる。


「ライライ、これってなんかの魔法? それとも映像に細工されてるの?」

「本人かもしれないぞ」


 俺は場を和ませるつもりで、少しだけ自虐してみた。

 しかしロゼットは何も答えず、睨みつけてくる。

 さらにアイマナが、ムッとした顔を近づけてきた。


「こんな時に変な冗談を言わないでください」

「冗談じゃなくて、可能性の問題だと思うけどな」


 俺も珍しく弱気になっていたのかもしれない。くだらない想定が、つい口から出てしまった。

 だが誰ひとりとして、その言葉を真面目に受け取る者はいなかった。


「団長、この程度であなたへの忠誠心が揺らぐ者は、この場に存在しませんよ」


 ソウデンが落ち着き払った声で言う。

 俺は改めて、周りを見回した。みんな深刻そうな顔はしてるが、俺に対して疑いの眼差しを向けてくる者はいない。


「……悪かったな。さすがに俺も、少し動揺したらしい」


 俺が正直に言うと、みんなもどこかほっとしたような顔になる。


 そんな中、ジーノが首を捻りながら、軽い口調で話し出した。


「作りモンの映像なのはわかるんだけど、なんでボスに偽装したんすかね?」

「メリーナに近い人間だからだろ」


 俺はそう答えるが、ジーノはいまひとつ納得できない様子だ。


「じゃあ、この映像を作った奴は、メリーナ様とボスとの繋がりを知ってるってこと? ……あれ? ていうか、そもそもボスに詳しい奴じゃないと、この映像は作らなくないっすか?」


 ジーノにしては良い指摘だ。

 あまりに衝撃的な映像を見たせいで、そのことに思い至らなかった。


「少し整理したいと思う。まずはロゼットの疑問からだ。アイマナ、コレは映像自体が細工されてるってことでいいんだよな?」

「ですね。護衛兵が見たのは、全身をローブで覆った人物です。魔法で姿を変えられるのなら、センパイの姿を晒してるはずですから」


 アイマナの回答を聞き、俺は次にメリーナに問いかける。


「メリーナ、監視カメラの映像はどうやって保管されてるんだ?」

「詳しい保管方法はわからないけど、護衛部が管理してるはずよ」

「なるほど……。ただ、侵入後に細工する時間はなかったはずだ。恐らく先に映像を用意して、すげ替えたんだろうな」

「反論するわけじゃないけど、ウチの護衛部にそんなことをする人間はいないわ」


 メリーナは毅然とした表情で断言する。

 その金色の瞳には、強い意志が宿っていた。サンダーブロンド家の人間に疑いを向けることは許さないという。


 たまに忘れそうになるが、これでも彼女は、次のサンダーブロンド家の継王(つぐおう)なのだ。臣下を信じ、守りたいという気持ちがあって当然だ。


「安心してくれ。メリーナの家の人間じゃないことは断言できる」

「どうして?」

「俺が魔法を使えることを知らないからだ」

「あっ、そうか……侵入者は魔法を使ったのよね」

「ジーノの指摘どおり、この映像を作った奴は、俺が魔法を使えることを知ってる。そして、恐らく俺の任務についても知ってる。少なくともその二点を知らなければ、この映像を作ることは思いつかないはずだ」


 俺が要点をまとめると、みんなは黙り込んでしまった。

 部屋内に沈黙が満ちる。


 ……………………。


 しばらくして、最初に口を開いたのはソウデンだった。


「可能性のある者をリストにでもしますか?」

「そうだな……。ただ、絞り切るのは難しい。十三継王家(つぐおうけ)帝国魔法取締局(マトリ)、さらにはGPAの連中。この辺りは、どこまで俺の情報が拡散してるのか、想像がつかない」

「任務が長期に及んだ弊害ですね」

「国の命運を左右するほど大掛かりな任務なんだ。隠し通すことは初めから不可能だったんだよ」


 俺がそう言うと、アイマナがハッとなって尋ねてくる。


「センパイ、この映像、他の機関にも渡ってる可能性があるんじゃ……」

「残念ながら、広まってることは確定だ」


 だからこそ、サリンジャーが枢密十三議会に呼び出されたんだ。そして、奴が言っていた『GPAの存亡に関わる問題』とは、この事に違いない。


 仮に、GPAのエージェントが十三継王家の王宮を襲ったとなれば……。

 普段は互いに争ってる十三継王家も、この時ばかりはまとまってGPAを潰しにくるはずだ。

 十三継王家にとっては、それだけGPAも邪魔な存在だからな。


「サリンジャー長官はどうするつもりなのかしら?」


 すべてを察したらしく、ロゼットが強張った顔で尋ねてきた。


「まあ奴なら、躊躇なく俺を切り捨てるだろうな。それで十三継王家が納得するかは知らないが」

「そのわりにライライは余裕ね」

「開き直ってるだけだよ」


 俺の覚悟はとっくに決まっている。もはやGPAがどうなるかなんて関係ない。いや、むしろこの状況だからこそ、メリーナを大帝王にしようと、改めて決意したのだ。


 なぜなら俺は、映像に細工したのは、十中八九GPAのエージェントだと考えているからだ。


 これは、GPAの中でも一部の人間しか知らないことだが……。

 GPAは、十三継王家の王宮に仕える使用人や、関連する機関に多くのスパイを潜ませている。

 そのスパイたちから情報を得て、常に十三継王家の動向を把握しているのだ。もちろん継王家によっては、あまり情報を得られないところもあるが。


 そしてそれは、サンダーブロンド家も例外ではない。

 俺の任務に関係なく、GPAはあの王宮内にスパイを潜ませている。

 そのスパイなら、監視カメラの映像を細工することくらい造作もないことだ。


 つまり、GPAを裏切った奴がいる。


 ただ、その人物の特定は難しいだろう。すでに現場を離脱している可能性も高いから、捕まえることは絶望的だと言っていい。


 それよりも気になるのは、スパイ(そいつ)がどの勢力に懐柔されてGPAを裏切ったのかだ。

 十三継王家か、政府か、あるいは全く別の組織か……。


「フッ……」


 考えていたら、思わず笑ってしまった。


「どうしたの、ライライ。急に笑われると恐いんだけど」

「いや、大したことじゃない。ただ、俺には敵が多すぎると思ってな」


 自嘲とかではなく、俺は素直な感想を言ったつもりだ。

 すると、ふいに俺の手が柔らかな温もりに包まれた。


 見ると、メリーナが俺の手を握っていた。


「わたしは何があってもライの味方だから」


 まっすぐで綺麗な瞳が俺を見つめていた。

 わずかに罪悪感を覚える。


 どれだけ信じると言われても、俺は彼女には告げないだろう。サンダーブロンド家に潜ませたスパイのことを。


 他にも決して言えないことがたくさんある。

 でも、任務のためだからしかたない、と考えてしまう。


 だから俺は、彼女に信頼される資格などないのだ。


「ありがとうな」


 俺は短く礼を言う。

 メリーナは屈託のない笑みを浮かべる。


 その時だった――。


 ジリリリリリリッ!


 耳をつんざくほどの警報が響き渡る。

 そしてすぐに全員が立ち上がり、警戒態勢に入る。


「なにわね!? プリ、寝てたのよ!」


 プリも目を覚ましていた。起こす手間が省けて、助かったよ。


 廊下の方から、エレベーターのドアが開いた気配がした。

 さらに、人が大勢で走る音が聞こえてくる。

 そして――。


 バンッ!


 オフィスのドアが乱暴に開けられ、ローブに身を包んだ魔法士らしき集団が部屋になだれ込んでくる。


「なんだ、テメーら! ここがどこだかわかってんのか!」


 ジーノは怒鳴り声を上げ、ローブの集団に向かって行こうとしていた。


「ジーノ、待て」


 俺はジーノを止めた。

 なぜならローブを着た連中は、手に杖や剣などを携え、今にも魔法を発動させようとしていたのだ。


 そのローブの集団をかき分けるように、一人の男が進み出てくる。

 そして男は、嫌らしい笑みを浮かべながら言う。


「惜しかったな。少しでも抵抗したら殺していいと命じてたんだが」

「スネイル……」


 俺がその名を口にすると、奴の表情に激しい怒りが滲む。


「スネイル()だろ。礼儀知らずのゴミが!」

「……帝国魔法取締局(マトリ)がなんの用だ?」

「フン! まだ理解できないのか? 案外、鈍いんだな」


 スネイルは、オフィスのスクリーンをちらりと見る。そこには、さっきまでサンダーブロンド家の監視カメラの映像が映し出されていたが。


「俺を拘束しにきたってことか」

「お前だけじゃないぞ」


 そう言いながら、スネイルはニヤリと笑う。そして奴はその蛇のような目で、俺の仲間ひとりひとりを舐めるように見回した。


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