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No.070

 俺は静かに告げた。

 すると、メリーナは困ったような顔で言う。


「GPAの人って……なにかの間違いじゃないかしら?」


 しかしその疑問には、プリが自信満々に反論する。


「プリ、間違ってないわね! おうちで嗅いだわね」


 プリがそこまではっきり言うってことは、恐らく事実なのだろう。

 そこで、俺はさらに聞いてみる。


「プリ、いつ嗅いだのかわからないか?」

「……わからないわね。でも、何度も嗅いだわね」

「何度もか……」


 そうなってくると、部外者の可能性は考えづらい。

 GPAの職員以外で、本部に何度も出入りしているのは、最近ではメリーナくらいだろう。


『センパイ、本部の来訪者をリストにしましょうか?』

「それよりも全職員の行動記録を調べろ。特に犯行時刻から二十四時間前までを。もし十三継王家(つぐおうけ)と接触してる人間がいたら、優先的にピックアップしてくれ」

『了解しました。でも、割り出すのは難しいと思いますよ。各エージェントの行動は、秘匿されてますからね。今回みたいに、任務の概要が共有されることすら稀です』


 アイマナの言う通り、GPAはチーム単位で行動し、その情報を外に漏らすことは基本的にないのだ。上司である本部長にも、普段の行動をいちいち報告することはない。


「とはいえ、他にいい案はないだろ?」

『あっ、それならプリちゃんに、職員ひとりひとりの臭いを嗅いでもらうのはどうですか?』

「他チームの人間とは、接触したがらない奴が多いからな。近づくだけで一苦労だよ」

『近づかない人は、そもそもプリちゃんが臭いを覚えることもないのでは?』

「……なるほど。だとすると、すれ違ったことくらいはある奴になるな。本部内の監視カメラを確認すれば、多少は絞れるか?」

『本部内には、マナも隠しカメラを設置してるので、そっちの方も調べてみます』


 アイマナがなんか怖いことを言ってるが、聞かなかったことにしよう。


「そういえば、監視カメラがあるわ!」


 ふいにメリーナが、何かに気づいたように声をあげた。


「なんの話だ?」

「宝物庫の中にはないけど、外からこの建物を映してるカメラがあるのよ。すっかり忘れてたわ」

「……メリーナ、その映像は誰も見てないのか?」

「えっ、どうかしら? 犯人の姿は護衛兵も見てるし、わざわざ監視カメラの映像なんて見てない気もするけど……」

「できれば、こっそり映像データを持ってきてくれないか?」

「うん、任せて」


 もし映像に侵入者が映っているのなら、俺もこの目で見ておきたかった。その正体がGPAのエージェントだというなら、特定できるかもしれないからな。



 ◆◆◆



 メリーナが監視カメラのデータを取りに行っている間、俺とプリは宝物庫のエントランスに戻り、ロゼットとソウデンの報告を聞くことにした。


「まずロゼットから聞こうか」

「一応、魔法の痕跡はあったけど、大したものじゃなかったわね。鍵のかかったドアを吹き飛ばした程度のものよ」

「古代魔法書はどうだ?」

「盗まれた数は30程度っぽいけど、どの魔法書かまでは特定できてないわ。ただ、話を聞く限り、目当ての魔法書があったわけじゃなくて、適当に盗んでいったように感じるわね」

「となると、狙いはやっぱりサンダーブロンドの失態か……」


 最悪なパターンとしては、盗まれた古代魔法書の魔法が使われ、一般市民に被害が出ることだ。急がないと、取り返しのつかないことになる。


「じゃあ、次はソウデンだ」

「侵入経路は屋上からで間違いないです。昇降口が吹っ飛んでました。その際に使われた魔法は、<無純(むじゅん)系>ですね」


 ソウデンの報告は事務的だった。

 すると、ロゼットが顔を強張らせ、割り込んでくる。


「無純系の魔法って、じゃあシルバークラウン家の仕業ってこと?」

「ロゼットくん、早とちりはやめてほしいな」


 ソウデンが苦笑する。その顔をロゼットが睨みつける。

 また言い合いになりそうな気配を察し、俺はソウデンを促す。


「いいから続けろ」

「護衛兵の話を総合すると、侵入者が使った魔法の系統は5つ。実に多様な魔法を使ったようです」

「5か……。まあ多いと言えば多いか」

「現代の魔法士なら、3つの系統を使いこなすだけで、全国に名が知れ渡るほどですよ」

「とはいえ、完璧に使いこなしてたかどうかはわからないだろ」

「侵入者は、魔法を連続して使っていたようです。僕が推測するに、魔法陣や呪文による発動ではないです。一方、媒介物を持ってるようには見えなかったとの証言もあります。となると……」


 ソウデンがもったいぶった言い方をしながら、俺を見る。


「なんだ?」

「団長のように無拍子魔法(むびょうしまほう)を使ったか……」

「だとしたら、侵入者は俺だよ」

「まあ僕も、ローブの下に媒介物を仕込んでたんだろうと思ってますけどね。ただ、それにしても、かなりの使い手なのは間違いないです」

「個人を特定できる情報はないのか?」


 俺がそう尋ねると、ソウデンは何も答えず、ただ肩をすくめるだけだった。

 やはりわからなかったか。魔法の痕跡から個人を特定するのは、俺たちの専門じゃないからな。


 そういうのは帝国魔法取締局(マトリ)の方が、よっぽど得意だ。


 俺がちょうどそんなことを思った時だった。


「そこまでだ、GPA」


 突然、入り口の方から妙に甲高い声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこに見覚えのある男が立っている。


 水色のローブを着た男だ。そいつは、俺の目の前までくると、蛇のような目でジッと睨みつけてくる。


「久しぶりだな、()()()()()くん」


 男は粘着質な声で話しかけてくる。名前はスネイルという。帝国魔法取締局(マトリ)の職員で、なぜか俺のことを目の敵にしている奴だ。


「なぜお前らがここにいる?」


 そう尋ねたところで、スネイルの後ろからメリーナが走ってくるのが見えた。

 彼女は俺のそばまでくると、申し訳なさそうに口を開く。


「ごめんなさい、ライ。ちょっと事情があって……」


 メリーナは弁解しようとする。しかしさらにもう一人、走ってきた奴を見て、俺はだいたいのことを察した。


「すんません、ボス!」


 紫髪の派手な格好の男は、俺の前までくると、いきなり土下座をした。


「あのなぁ……」

「はあ? 謝って済むと思ってんのかよ!」


 ロゼットが俺の言葉を遮り、怒鳴り声を上げる。さらに彼女は、まだ何も聞いてないのに、ジーノの後頭部を踏みつけようとしていた。

 俺はそれを止めながら、ジーノに尋ねる。


「何があった?」

「いやぁ……オレ、帝国魔法取締局(マトリ)にも知り合いがいるんすよ。そんで、どこまで知ってるのか、探りを入れようとしたんだけど、逆に聞き出されたというか……」


 ジーノはそんなことを言いながら、水色ローブの男をちらりと見た。

 するとスネイルは嫌らしい笑みを浮かべ、ジーノに替わって話し出す。


「この紫芋くんを責めてやるなよ。彼に聞かなくても、ウチは情報を掴んでいたからな」


 帝国魔法取締局(マトリ)は十三継王家に近い組織だ。知っていても不思議はない。そんなことよりも、聞きたいことがある。


「どうしてお前が王宮に入ってこられる?」

「私には特権があるんだよ」


 スネイルは大げさに一枚の紙を見せつけてきた。命令書のようだ。そこに書かれている署名は――。


「<枢密十三議会>だと……?」

「先ほど枢密十三議会の決定が下った。今後、この件の調査は我々、帝国魔法取締局ていこくまほうとりしまりきょくが中心となり進める」

「そんなものに従うと思ってるのか?」

「おっと、口の利き方に気をつけろよ。いくらGPAといえど、十三継王家をまとめて敵に回すのは都合が悪いだろ?」


 悔しいが、奴の言う通りだ。俺たちはともかく、事を荒立てれば、サンダーブロンド家の立場が悪くなる。


 しかし、思った以上に展開が早いな。いくら重大事件だと言っても、こんなに早く十三継王家が合意できるものなのか?


「さあ、GPAとかいうゴミの寄せ集めには退散願おうか」


 最高の権威をバックに得て、スネイルは絶好調だった。

 本来なら考えられないことだが、奴はメリーナにさえ高圧的な態度に出ていた。


「メリーナ殿下。彼らを早く追い出してくれませんか。これでは、いつまで経っても捜査が進みませんよ。そうなったら、困るのはあなたでしょ?」


 スネイルがそう言った直後――。


 シュンッ!


 ソウデンが剣を抜き、スネイルの鼻先に突きつけていた。


「なっ……」


 スネイルは大口を開け、全身を硬直させる。唇だけが、恐怖でわずかに震えていた。

 その男に対して、ソウデンはドスを利かせた声で言う。


「調子に乗るなよ、貴族風情が」

「き、貴様……なんのつもりだ……」


 スネイルは裏返った弱々しい声で、かろうじて言葉を紡いでいた。

 一方、ソウデンの言葉は重く、すべての感情が削ぎ落とされていた。


「継王家に対する不敬は万死に値する」

「な……何を言う……私は<第一類貴族>だ。いわば準王族と言える身分だぞ……」

「だが、王族ではない。それが理解できないのなら、死んだほうがいい」


 ソウデンは、さらに剣をスネイルの顔に近づける。もうほとんど、鼻に当たっているんじゃないかと思うほどだ。


「ヒッ……や、やめろ! わ、私には十三継王家がついてるんだぞ……!」


 スネイルは裏返った声で必死に訴える。それでもソウデンは微動だにしない。スネイルの顔には、大量の汗が浮かんでいた。


 さすがにまずいかと思い、俺は声をかける。


「ソウデン、もういい。引け」

「了解です」


 ソウデンは一瞬で剣を鞘に収める。と、スネイルはその場にへたりこんだ。腰が抜けたみたいだ。


「貴様ら……こんなことをしてタダでは済まさんぞ」


 ありきたりな悪態をつくスネイルに、俺は言ってやる。


「俺たちは引く。お前らで好きに調べればいい」


 実際、これ以上調べても無駄な気もする。

 というわけで、俺たちはサンダーブロンド家の王宮から立ち去ることにした。


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