No.066
とりあえず、メリーナが勘違いした原因は、ジーノにあるということで話はまとまった。
メリーナはまだ落ち込んでるようだが、ロゼットとアイマナが、ジーノのせいだからと懸命にフォローしてるので、早めに元に戻ることを期待しよう。
とりあえず俺は背中が解放され、ほっと一息ついていた。
するとそこに、ちょうど空気を読んだように、ソウデンが話しかけてくる。
「団長、少しいいですか」
ソウデンの声には、わずかに緊張感が滲んでいた。パーティーの後半からは一人で、遠巻きに考え事をしているようだったが。
この感じから察するに、どうやら仕事の話らしい。
俺はプリをロゼットに預け、ソウデンと二人で少し離れたところに移動する。
ビーチの端の方、岩場になっている辺りまで行くと、俺はソウデンに尋ねた。
「何か問題か?」
「禁足地で、太古の魔獣を調査してた件なんですが、なかなか驚きの出来事がありましてね。今日は祝いの席なので、伝えるかどうか迷ったんですが……」
「かまわないから話せ」
「太古の魔獣が、かなりの数、消失していることが判明しました」
「消失? 具体的に何があった?」
「禁足地での魔獣の大規模調査は、1年前に行われていますよね? その時のデータと比べると、個体数がおおよそ3割、減っています」
「あり得ないな」
反射的に否定してしまうほど、信じがたい報告だった。
それでも、俺はすぐに思い直す。ソウデンに限って嘘を言うわけがないと。
「ちゃんと調べたんだな?」
「ええ。現地の調査員も驚いてましたよ。何が起きてるんだ、ってね」
「原因までは特定できなかったのか」
「残念ながら。ただ、死骸が残っていないことを考えると、どこかの勇者気取りが討伐したわけでもなさそうです」
「そんな簡単に討伐できるなら、太古の魔獣もとっくに絶滅してるよ」
「では、団長はどんな可能性があると思いますか?」
「<召喚系>の魔法か、魔導兵器だな……。あるいは両方か。いずれにしろ、太古の魔獣は生きたまま、どこかへ移動した可能性が高い」
「僕も同意見です」
「この際、気になるのは手段より目的だ。何かしら痕跡はなかったか?」
「人の痕跡も、魔法の痕跡もゼロです。不自然なほどに綺麗でしたよ」
ソウデンの話がすべて事実なら、国が大騒ぎになるほどの事態だ。すぐにでも政府と、十三継王家が共同で、対策チームを作るべきだろう。
もっとも、今の国内情勢だと、簡単にはいかないかもしれないが……。
「この情報はどこまで広まってるんだ?」
「それは僕にもわかりかねますね。現地の調査員は初めて知ったようでした。一応、口止めはしておきましたが、すでにどこかの組織に漏れていても不思議はありません」
政府系の組織なら、本来はタツミに探りを入れるところだ。しかしもはや、それもできなくなってしまった。
俺はしばらく考えを巡らせていた。
すると、再びソウデンが話し始めた。
「これは、さらに言うかどうか迷ったんですが……」
「太古の魔獣のことか?」
「いえ、1年前の浮遊魔導艦の件です」
「その情報は、全部アイマナに報告したんじゃないのか? 特に目ぼしいものはなかったって聞いたぞ」
「僕は不確かな情報を報告するつもりはないので」
「なんだ、不確かな情報って」
「あの浮遊魔導艦に、GPAが関わっている可能性があります」
さすがに言葉を失った。
確かにGPAのエージェントなら、魔導兵器を隠蔽することも可能かもしれないが……。
それにしたって、あれほど巨大な兵器だ。一介のエージェントの手には余る。
そもそもなんの根拠があって――。
「今度はすぐに否定しないんですね、団長」
俺の顔色から察したのか、ソウデンが尋ねてきた。
「仲間に疑いの目を向けるんだ。お前も半端な覚悟で口にしたわけじゃないよな? 何か証拠はあるのか?」
「決定的な証拠はありません。ただ、1年前にメロディスター号を襲った浮遊魔導艦は、最終的には国外に出奔したと考えられています。僕はその足跡を徹底的に追ったんですが……国内で最後に存在を確認できた場所は、どこだと思いますか?」
「どこだ?」
「ここです」
ソウデンは足元を指さした。
「GPA本部だと?」
「正確には、少し沖合の海中です」
「そんなに本部に接近してたのに、誰も気づかなかったっていうのか?」
「だからこそ、ですよ」
「……そういうことか」
GPA内部で工作した者がいれば、あの浮遊魔導艦が密かに本部に接近しても、気づかれない可能性はゼロじゃない……。
あくまで可能性の話に過ぎないが。
ソウデンがこの話をアイマナに報告しなかったのも納得だ。
情報は不明瞭。しかし、極めて深刻だ。
「さすがに団長も困ってるみたいですね」
ソウデンはそう言うと、久しぶりに涼しげな笑みを浮かべた。
「俺が困ってるところを見るのが楽しいか?」
「ええ、とても。僕では、その表情は引き出せないですからね」
「ソウデンが集めてきた情報だ。ある意味、お前が困らせてるようなものだろ」
「では、ついでにもう一つ。太古の魔獣の件にも、GPAが噛んでる可能性があります」
「適当なことを言うなよ?」
「もちろん、僕は本気ですよ。ただし、こっちは勘に近いですけど」
1年前の浮遊魔導艦の件。太古の魔獣の件。国を揺るがす二つの出来事に、GPAが絡んでるだと?
本当にそうなら、味方まで警戒しなければならなくなる。
タツミを初めとした政府、フィラデル大帝王と十三継王家、そしてGPA……。
こうなってくると、信じられるのは俺のチームの仲間。それと、メリーナだけだ。
俺はふと、ビーチの明るい方を振り返った。メリーナと仲間たちが、楽しそうに談笑している姿が見える。
「ソウデン、今の話は誰にも言うなよ」
「もちろんです」
俺たちは話を終え、みんなが待つビーチへと戻った。
すると、さっそくメリーナが出迎えてくれる。
さっきまでと比べると、少しは立ち直ったように見えるが。
「ライ、あの……さっきはごめんなさい!」
メリーナは俺の目の前で、勢いよく頭を下げた。
「なんで謝るんだ?」
「だって、さっきはいろいろと迷惑かけちゃったし……。わたし、気が動転してて……」
「別に気にしてないさ」
俺はそう言って、笑ってみせた。
すると、メリーナも安心したように微笑んだ。
「よかった……ライが心の広い人で」
「単に鈍感なだけだよ」
「それは知ってるわ」
メリーナは楽しそうに言う。どうやら、もう大丈夫みたいだ。
「メリーナ、誕生日おめでとう。それと……これからもよろしくな」
そう言いながら、俺は手を差し出した。
するとメリーナはその手を握り返し、少し照れたような顔で言うのだった。
「こちらこそ。わたしの恋する人」
こうして、メリーナの誕生日パーティーは、無事に終わりを迎えた。メリーナはまだ続けたそうだったが、もう日付も変わりそうだったので、俺が強制的に家まで送り届けておいた。




