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No.064

<ニュールミナス市/GPA本部>


 タツミたちと一悶着あってから三日。俺は一人で色々と調べたが、リン・ブラックサイスについては、ほとんどなんの情報も得られなかった。


 チームのメンバーはまだ休暇中だし、さすがに俺も今日くらいはゆっくりしようかと思っていた。


 しかし、なぜか夕方になると、チームのメンバーが続々とGPAのオフィスに集まってきた。

 プリ、アイマナ、ロゼット、ジーノ、ソウデンと勢揃いだ。


 そして俺は、彼女たちに裏のプライベートビーチへ連れて行かれた。

 するとそこには、メリーナも来ていた。


 ライトアップされたビーチには、俺たち以外は誰もいない。パラソルやテーブルがいくつも並び、様々な装飾が施されている。まるでパーティーでもするかのような雰囲気だ。バーベキューの用意までされてる。


「何が始まるんだ?」


 俺はすぐ横にいたアイマナに尋ねる。けど、彼女はずっとご機嫌斜めだった。


「マナは浮気性のセンパイのことなんて知りませんから。プイッ」


 そっぽを向かれてしまった。

 この前のことをまだ根に持ってるらしい。

 

 メリーナの親に会いに行ったからなんだっていうんだ?

 別にデートをしたわけじゃ……いや、したのか。

 これは黙っていよう。それと、メリーナにも口止めしておこう。


 そんなことを考えていると、ちょうどメリーナが金髪をなびかせながら駆け寄ってくる。


「ねぇねぇ、ライ! 今から何するの?」


 浜辺に用意されたものを見て、メリーナもテンションが上がっているようだ。金色の瞳がキラキラと光っている。


「悪いが、俺は知らないんだ」

「そうなの? じゃあ、みんなはライに内緒で何かしてるってこと?」

「そう言われると、問題な気がしてくるな……」


 このチームは俺の指示に従って動いている。どんな些細な情報だろうと、俺に隠されては困るのだ。

 ましてや、勝手に行動するなんて許されるわけがない。


「お前ら、何かやらかしたんじゃないだろうな?」


 ちょうどロゼットが近づいてきたので、俺は尋ねてみた。


「はあ? なに言ってんのよ、ライライは。それより、これを持って」


 ロゼットは眉を顰めながら、俺にグラスを渡してくる。それからメリーナにもグラスを手渡した。


「はい、どうぞ。メリーナちゃんは、ジュースよ」


 そんな感じで、ロゼットは全員にグラスを行き渡らせた。

 アイマナも、プリも、ジーノも、ソウデンまでもがグラスを手にしている。

 そしてみんな、なぜか笑顔だ。


「みんな、グラスは持ったわね。それじゃ、いくわよー」


 俺にはなんの説明もないまま、ロゼットが号令をかける。

 そして――。


「「「誕生日、おめでとう!」」」


 俺とメリーナ以外の全員が口を揃えた。


 しかし俺は誕生日ではない。

 ということは……。


「ウソ……なんで……」


 メリーナが驚いた顔をしていた。

 その金色の瞳が、ゆらゆらと揺れている。


 危うくグラスが落ちるところだったので、俺が支えておいた。


「わたし、こんなふうに祝ってもらったことなくて……。本当に嬉しい……。みんな、ありがとう……」


 メリーナの声はかすかに震えていた。

 その目からは、涙があふれてくる。


 その姿を見て、ロゼットたちも優しく微笑んでいた。



 ◆◆◆



 辺りがすっかり暗くなっても、メリーナの誕生日パーティーは続いていた。

 メリーナは、プリやロゼットたちとバーベキューを楽しんでいる。

 その様子を、俺は遠巻きに見ていた。


 メリーナが楽しんでるみたいだからいいけどさ……なんで俺にだけ教えないんだよ。


「センパイはどうせ準備を手伝わないし、下手したら直前で消えますからね」


 いつの間にか隣にいたアイマナが、聞いてもいないのに説明してくる。


「……人の心を読むなって言ってんだろ」

「読んでません。予測です」

「あと、間違ってるからな。こういうことなら、俺だってちゃんと手伝ったよ」

「じゃあ、余計に黙っててよかったです」

「なんでだよ?」

「だって、マナも誕生日を祝ってもらったことないんですよ? なのに、メリーナさんのためにプレゼントを用意するセンパイなんて見たら、魔導AIが機能不全に陥っちゃいます」


 確かに知ってれば、プレゼントくらいは用意できたはずだ。

 誰が言い出しっぺなのか知らないが、やってくれたな……。


「ふふっ、ライライ、終わったわね」


 急に背後からロゼットが声をかけてくる。そのテンションでわかった。

 仕組んだのは、こいつか……。


「ロゼット、どういうつもりなんだ?」

「知り合ってから最初の誕生日を忘れちゃったんだものね。これでライライの好感度は爆下がりよ」

「俺の中でお前の好感度が爆下がり中なんだけど?」

「いいのよ、あたしは。その勝負は捨てたわ」


 ロゼットが悪どい笑みを浮かべる。何を言ってるのかさっぱりだ。だがこのパーティーが、アホらしい動機で開催されたということだけはわかった。


「でも、ロゼットの思惑通りにはならないよ」

「……そんなの初めからわかってるわよ。メリーナちゃんは良い子だもの」

「じゃあ、なんでやったんだよ?」


 そんな俺の疑問を、ロゼットは鼻で笑う。


「あたしが何かしたみたいな言い方はやめてほしいわ。メリーナちゃんの誕生日なんて、そこら辺の子供だって知ってることなのに」

「メリーナの誕生日って、そんなに有名なのか?」

「来週、メリーナちゃんの生誕祭が全国規模で開かれるんだけど、知らないの? メディアでも盛んに報道してるじゃない。主にゴシップ系だけど」


 そういえば、最近のメリーナはアイドルみたいな扱いをされてたな。


 しかし、まずい……。

 このままだと、俺だけ薄情な奴みたいになってしまう。


 俺が悩んでいると、ふいにプリが飛びついてくる。


「ライちゃん! プリも手伝ったわね!」

「そうか……。ちなみに何をしたんだ?」

「プリ、魚いっぱい釣ってきたわね! テーブルとかも運んだのよ!」


 プリですら、まともに貢献しているとは……。

 俺は何もしてないってのに。


 いや、しかしまだ希望がある。あいつなら、きっと何もしてないはずだ。


「ジーノ、ちょっといいか?」


 俺が声をかけると、ジーノが嬉しそうな顔で近づいてくる。


「なんすか、ボス。もしかして褒めてくれるの?」

「はっ? お前もちゃんと手伝ったの?」

「いやまあ、ソウデンとかに比べりゃ大したことはしてないけど」

「ソウデンは何したんだ?」

「バーベキューセット持ってきたり、食材を用意したり……あとは、ここの飾り付けをしたのも奴だし」


 任務に関係ないことで、ソウデンがそこまで積極的に働くとは驚きだ。

 まあでも、あいつは王族のためなら働くか……。


「でも、それならジーノは何したんだ?」

「オレはアレっすよ。見てのお楽しみ」

「なんだそれ?」

「いやぁー、ここんとこギャンブル運が最強でさぁ。せっかくだから派手にやってやろうって思ったんすよ」


 ジーノは思わせぶりなことを言いながら、ほくそ笑む。

 なんか喋りたそうな気配を感じたので、俺はそれ以上は聞かなかった。


 ふと、アイマナと目が合う。

 そういえば、こいつは何をしたんだ?


「マナはプレゼントを用意しました」

「読むなよ」

「コレです」


 アイマナが差し出してきたのは、手のひらに収まるほどの小さな箱だった。とはいえベルベット素材で高級感もあるし、リボンもついているので、プレゼント用なのは一目でわかる。


「中身はなんだ?」

「イヤリングです。太陽と雷が重なったようなデザインで、サンダーブロンド家の紋章に似ていて、ちょうどいいかなと思いました」

「なるほどな……」

「なんですか、その目は。マナがこういうのを用意したらおかしいですか?」

「いや、意外と普通のプレゼントだなって思っただけだ」

「ちなみに、いざとなれば発信機として位置情報を確認できるようになってます」

「そんなもの仕込むなよ……」

()()()()()()の話ですよ。メリーナ様の注目度は日増しに高まってますし、不測の事態に巻き込まれることもあるかもしれないじゃないですか。そんな時に役に立つんです」


 俺の脳裏に、リン・ブラックサイスの姿が思い浮かんだ。

 おかげでアイマナの言うことも、一理あるように思えるが。


「そうは言ってもな……」

「そんなに文句言うなら、センパイからメリーナさんに渡すの、ナシにしちゃいますよ」

「俺から渡すのか?」

「チームのみんなからのプレゼントですからね。誰かが代表して渡すなら、センパイが相応しいと思います」

「……本当にいいのか?」

「嫌ならマナが渡します」

「いや、待て」


 これは、すべてを挽回するチャンスだ。

 そう思い、俺はありがたくその役目を引き受けた。


 というわけで、俺はメリーナに声をかける。


「メリーナ、ちょっといいか」

「どうかしたの? そんな真面目な顔で」


 改めてプレゼントを渡すとなると、なんか妙に緊張するな。

 みんなも俺たちから距離をとって、何も言わずに見つめてくるし。


「あー、えっと……コレを」


 あまりうまく言葉が出てこず、俺はとりあえずプレゼントを差し出す。


 一方、メリーナもすぐには受け取らず、信じられないといった顔で固まっていた。


「ライ……これって――」


 メリーナが言いかけた時だった。


 ヒュ〜……ドーン!


 大きな音と共に、夜空がパッと明るくなった。

 花火だ。


 海の方から、色とりどりの花火がいくつもあがってくる。


「いよっしゃー! めっちゃキレイじゃん! 金かけてよかったー」


 ジーノが騒いでる。奴が用意してたのは、これか。


 そんなことを思っていると、ふいにメリーナが、俺の手の上にあったプレゼントを受け取った。


 そして彼女はその小さな箱を、大事そうに胸に抱きながら言うのだった。


「返事は、イエスよ」


 ……ん? なんの話だ?


 そう尋ねたかったが、メリーナは急に顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまう。おかげで俺は固まってしまった。


 そして俺は、しばらく黙ってメリーナを見守っていた。そこでふと気づく。

 メリーナが笑顔のまま泣いていると。


 よくわからないが、メリーナが流しているのは、嬉し涙のようだ。

 というわけで、ひとまず俺は祝いの言葉をかけておくことにした。


「誕生日おめでとう。それとまあ……これからもよろしくな」

「はい。わたしの方こそ、末長くよろしくお願いします」


 なぜかメリーナが頭を下げる。

 俺は少しだけ不安になって、みんなの方を振り返った。


 ロゼットとアイマナの顔には、焦りと困惑の表情が浮かんでいる。

 それを見て、俺は察した。

 これは、想定外の事態が発生しているのだと……。


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