No.063
「わたし、初めてお会いしたわ……。挨拶したほうがいいのかな……」
メリーナも、相手が継王ということで、どう対応したらいいか迷っていた。
本来なら、同じ継王家なのだし、社交辞令の挨拶くらいするべきなのだろう。
しかし残念ながら、今はそんな友好的な雰囲気ではない。
「メリーナ、悪いが、勝手に動かないでくれよ。奴らの意図が読めない」
「うん……ライがそう言うなら……」
メリーナが俺にぴったりくっついてきた。
これなら不測の事態にも対処できる。
「どうしたんだ、マイヒーロー? 何をビビってる? あんたは十三継王家の味方なんだろ? もっとフランクに語り合ったらどうだ?」
相変わらずタツミは挑発するようなことを言ってくる。
俺はそれには乗らず、冷静に応じた。
「お前はレッドリング家だけじゃなく、ブラックサイス家とも組んだのか?」
「逆だよ。ブラックサイス様のほうが先だ」
「先だと? どういうことだ?」
「まだわからないのか? 勘が鈍ったんじゃないか、マイヒーロー。つまり、俺はブラックサイス様を大帝王にしたいってことさ」
「なんだと……」
俺は耳を疑った。
確かに、このリン・ブラックサイスは、次期大帝王の有力候補だ。
前にアイマナが話していた、栄光値獲得ランキングとやらでも、フィラデルに次いで二番手につけていたほどだ。
しかし、タツミと関係があるとは知らなかった。
いや、そもそもこの男が十三継王家と組むなんて思いも寄らなかった。
「いつからブラックサイス家と関係を持ってた?」
「その言い方なら、生まれたころじゃないか? ブラックサイス家は、オレの地元じゃ神様みたいなもんだからな」
そういえば、前に聞いたことがある。タツミの出身地は、ブラックサイス家の支配力が強い地域だったと。
しかし、そんな理由で納得できるわけがない。
「タツミ、お前は十三継王家に屈しない英雄として、この国の首相にまで上りつめたはずだろ? 政治家になる前から、魔法を嫌い、十三継王家を目の敵にしてきた。そんな奴が、密かにずっとブラックサイス家と繋がってたっていうのか?」
「そんなことも聞かなきゃわからないなんて、GPAの情報力も大したことないんだな」
タツミは過剰に煽るようなことを言ってくる。その口ぶりに違和感を覚えた。
俺を怒らせてどうする? さっきから話してる情報が外に漏れれば、『スモークモール総理』の立場が危うくなるというのに。
「ブラックサイス家の当主を大帝王に即位させて、お前になんの得がある?」
出身地が同じだっていうのは、恐らく後付けの理由だ。俺がこの男と出会った頃は、間違いなく本気で十三継王家を嫌っていた。
それが今になって十三継王家と組んだのは、他に特別な理由があるはずなのだ。
「さっきも言ったろ。そのほうが、国の運営がやりやすいんだ」
「本当に、ブラックサイス家の者が大帝王になれると思ってるのか?」
「そっちよりは可能性がありそうだけどな、マイヒーロー。サンダーブロンド家は、他の十三継王家から全く人気がないじゃないか」
タツミがさらに煽るように言う。しかしこれについては、あながち間違っていない。
大帝王になるためには、重要なことが2つあるのだ。
1つめは、民衆の支持を得ること。それがなければ、大帝王降臨会議にも立候補できない。
2つめは、十三継王家からの支持を得ることだ。大帝王降臨会議での投票は、十三継王家それぞれが一票ずつ持ち、立候補した者に投票する。その結果、最も多い票を獲得した者が、グランダメリス大帝王となるのだ。
現状、メリーナは大帝王降臨会議に立候補できるかどうかも微妙なラインだ。しかしそれ以上に、立候補した後、他の十三継王家から選ばれることの方が、絶望的だと言っていい。
「お前の言うとおり、厳しい戦いになるだろうな」
俺がそう言うと、タツミは嬉しそうな笑顔を見せる。
「だろ? サンダーブロンド家に味方する継王家なんてないさ。それに引き換え、こっち陣営は、すでにレッドリング家の協力を取り付けた」
そう言ってタツミが視線を送ると、レンジが激しく歯ぎしりをする。
その反応は、とても味方とは思えないものだった。
「本当に、ブラックサイス家に従う気か?」
俺はレンジ・レッドリングにそう尋ねた。
すると奴は、眉間のシワをさらに深めながら答える。
「誰が従うって言ったァ? これは交換条件だ。今回、オレがブラックサイスを支持してやる。ンで、次はこいつが、オレを大帝王にするんだ」
「そんな約束が守られると思ってるのか? お前、想像以上にバカだったんだな」
俺は、あえて挑発するように言ってみた。
すると案の定、奴は簡単に反応した。
「テメェ! ぶっ殺してやるッ!」
レンジは手のひらに炎を浮かべ、魔法を発動させようとする。
だが、次の瞬間――。
「なッ!?」
レンジが炎を浮かべた方の手が、黒い靄に包まれていた。
当然、その状態で魔法が発動するわけもなく……。
「オイ! ナニしやがった! さっさと解きやがれッ!!」
レンジは、黒いローブの人物に向けて怒鳴っていた。
やはりリン・ブラックサイスの魔法か。
ブラックサイス家の使う魔法は、なかなか情報が外に出てこないので、細かい効果まではわからない。
だが、今のちょっとしたやりとりだけでも、この黒いローブの人物が、レンジより遥かに上手だということがわかった。
「争うためにきたわけじゃない……」
黒いフードの中から、久しぶりに声が聞こえてきた。
そしてその暗いフードの奥に隠れた顔が、俺の方を向く。いや、目当ては俺の背中に隠れているメリーナか。
「ワタシに従いなさい……」
リン・ブラックサイスが言う。どうやらレンジだけでなく、メリーナも支持者に仕立て上げるつもりか。
最近、話題になっている大帝王候補を二人も傘下に置けば、民衆からも、他の十三継王家からも支持を得られる。
奴はそう目論んでいるのかもしれない。
俺がそんなことを考えている時だった。
突然、メリーナが前に進み出てくる。
「お断りします。次のグランダメリス大帝王になるのは、わたしです!」
メリーナの宣言に、明らかに黒ローブの気配が変わる。
次の瞬間――。
「ぅぐっ!」
一瞬、強い耳鳴りに襲われた。
と思ったら、目の前の黒ローブが、いつの間にか武器を構えていた。
それは、背丈の倍はあろうかというほどの巨大な鎌だ。
黒ローブが、その鎌を振る。
と同時に、辺りは完全な暗闇に包まれた。
明かりが消えたわけじゃない。
レストランの風景も、タツミも、レンジも、メリーナも、気配すら消えていた。
「メリーナ!」
俺は声を張り上げるが、自分の声も聞こえない。
視覚も、聴覚も、完全に失われた世界に飛ばされたようだった。
でも慌てたらダメだ。
ブラックサイスの魔法は、こんなふうに恐怖を煽るものが多い。
ただ、破るのが難しいかと言われれば、そうでもない。
【黒白逆転の法則】
俺が魔法を使うと、周りを包んでいた暗闇はあっという間に晴れた。
レストランの風景が元に戻る。
そして――。
「ライ!」
メリーナが飛びついてくる。
俺は彼女を抱き止めた。
その温もりに、ほっと一息つく。
「あの人たちはどこ……?」
メリーナに聞かれ、俺はレストラン内を見回す。
だが、タツミ、レンジ・レッドリング、リン・ブラックサイスの姿は見当たらなかった。
「もう近くにはいないだろうな」
「逃げた……ってこと?」
「別に俺は捕まえようとしてたわけじゃないけどな」
「ブラックサイス家の人は、あまり人前に姿を見せないって聞いてたけど、そのせいかしら?」
確かにメリーナの言うとおりだ。現当主ですら、誰も顔を見たことがなく、男か女かも知られていないくらいなのだ。
「しかし、リン・ブラックサイスか……」
あの暗闇に放り込んだ時、俺かメリーナを攻撃しようとすればできたはずだ。しかし、奴はやらなかった。
冷静に損得を考えて判断したってことか?
「厄介なことになってきたな……」
思わずつぶやいてしまった。何しろ、これで政府まで敵に回ったことになるんだからな。
「無理しないでね、ライ」
メリーナが気づかうように言ってくる。随分と心配させてしまったみたいだ。
なので、俺は彼女の頭を撫でながら言っておいた。
「大丈夫だ。全部俺に任せておけ」




