No.062
全身真っ赤な男は、口元にかすかな笑みを浮かべ、俺を睨みつけてくる。
「テメェには借りを返してやんないとなァ」
「俺は貸した覚えはない」
「じゃあ、すぐに思い出させてやるぜ……!」
そう言いながら、レンジは威勢よく拳を打ち鳴らした。
どうやら、すっかり元気になったみたいだ。
最後に見た時は、自力で立ち上がれないほどのダメージを受けていたんだけどな。
それにしても、まさかこんな形で再会するとは思わなかった。
大人しくレッドリングの地元にでも引っ込んでてくれれば良かったんだ。
こうなった原因はもちろん、不敵な笑みを浮かべる、この国の首相にある。
「タツミ、これはどういうことなんだ?」
「言い忘れていたよ。今夜は、友人と食事をするつもりだったんだ。ただ、少しだけ遅れていてね。ああ、その前に彼のことも紹介させて――」
「茶番はやめろ!」
俺はタツミの言葉を遮った。
この状況で、まだ俺を煽るつもりか? さすがに、悪ふざけの域を越えている。
俺はメリーナを背中に隠し、タツミとレンジ、両方に睨みを利かせる。
「メリーナ、離れるなよ」
「うん……」
メリーナが俺の服の裾を握る。その手がかすかに震えていた。
そのことに気づいたのか、レンジが嬉しそうに話しかけてくる。
「オイオイ……随分と警戒してくれるじゃねェか。オレがそんな乱暴モンか? テメーらの方がよっぽどムチャなことするくせによォ。あの世に片足突っ込んだんだぜ?」
「自業自得だ。生きてただけありがたく思え。次は容赦しないからな」
「ゲハハハハ! オモシレー! オモシレー奴だよ! じゃあ、試してみっか?」
馬鹿みたいに笑った後で、レンジが手のひらに炎を浮かべる。
学習しない奴だ。と、俺も身構えるが――。
「やめろ!」
タツミの大声が割って入ってくる。なかなかの迫力だった。
「チッ……」
レンジは舌打ちこそしたものの、特に反発するわけでもなく、戦闘体勢を解いてしまった。
これには、俺も驚かされた。
まさか、あのレンジ・レッドリングが、人の言うことを聞くとは……。
いくら相手が首相とはいえ、あり得ない事だ。
「タツミ、どういうことなのか説明しろ」
俺はタツミに尋ねた。
すると奴は、明らかに不機嫌な様子で応じる。
「そういうところだけは変わらないな。相変わらず傲慢で、独善的だ。だが、まあいい。マイヒーローには、オレも借りがあるからな。答えてやるよ。何が聞きたいんだ?」
「お前がレンジ・レッドリングと初めて会ったのはいつだ?」
「さすがマイヒーロー。いい質問だ」
「ごたくはいい。答えろ」
「ウミボウズが暴れた日だよ」
やはりそういうことか。
つまりレンジ・レッドリングは、自力で逃げたわけではなく、タツミに助けられたのだ。
だが、そうする理由がわからない。魔法嫌いで、十三継王家も嫌いなこの男が、なぜ大帝王候補にまでなっている男を助ける?
「じゃあ次の質問だ。タツミ、お前の目的はなんだ?」
俺が尋ねると、タツミはまた不敵な笑みを浮かべる。
「この国を、良い国にしたい」
「それが本気だとして、なんでレッドリングと組む?」
「あんたが誰よりも理解してるだろ? この国では、十三継王家の協力がなければ、法律を変えることさえできない。魔法を利用した魔導テクノロジーも、継王家の許可がなければ研究すらできないんだ。だったら、十三継王家と仲良くした方が、この国のためになるだろ?」
タツミは国会で答弁するかのように、よどみなく語っていた。
だがそんな話は、この国の王権派議員たちが何千回としてきたものと変わらない。
まさか、タツミがそいつらと同じ主張をするようになるとはな。
俺がタツミを首相に押し上げたのは、十三継王家の権力に決して屈しない男だと見込んだからだったのだが……。
「タツミ、変わったな」
「あんたは変わらないな。マイヒーロー」
タツミの声には、少しだけ寂しさが混じっている気がした。
もしかしたら、奴の中にはまだ情が残っていたのかもしれない。
けれど俺も、奴も、今さら元の関係に戻ることはできないのだ。
「オイオイ、いつまでタリィ話、してんだよ? オレはテメーの昔話を聞きにきたんじゃねェぞ」
レンジが痺れを切らしたように声を上げる。タツミに対しての抗議だ。
しかし、どういうことなんだ? さっきの態度から考えて、レンジがタツミに従っているのだとばかり思ったが。
「オレに文句を言われても困るな。ただ、もうすぐのはずだ」
タツミがレンジをなだめるように言う。その会話から、二人が何かを待ってるのはわかった。
だが、なんだ――。
「ハッ!?」
その瞬間、背筋がゾクリとした。
俺は慌てて後ろを振り返る。
と、すぐそばに何者かが立っていた。手を伸ばせば届く距離だ。
俺はメリーナを抱え、すぐに距離を取る。
そして、改めてそいつの姿を確認した。
その人物は、頭から足元まで、真っ黒なローブをすっぽりと被っている。男か女かもわからない。ローブの中の顔の部分も、まるで影で覆われているように、何も見えない。そして、ひたすら不気味な気配を放っていた。
「何者だ……?」
俺が尋ねると、わずかにローブの中が揺らいだ気がする。
「ブラックサイス……」
そいつは、深い穴の底から響くような声で答えた。
おかげで俺は、ようやく気づくことができた。
「<リン・ブラックサイス>か?」
俺が問いかけると、黒いローブがわずかにうなずいた気がした。
「えっ……その名前って……」
メリーナの声からは、驚きと戸惑いが感じられる。
正直なところ、俺もかなり驚いてる。
「この方は、十三継王家の一つ、第七継王家の現当主、リン・ブラックサイス様だ」
タツミがクイズの正解でも発表するように、丁寧に紹介する。
しかし、その言葉に黒ローブの人物は反応しない。
静かに佇んでいるだけだった。




