No.060
首相専用車というだけあって、中は広く、ちょっとした応接間のような空間があった。
俺とメリーナは並んで座り、小さなテーブルを挟んでタツミが正面に座る。
車が走り出してからしばらくして、俺はタツミに話しかけた。
「魔導車じゃないんだな」
「アレはあんまり好きじゃないんだ」
「相変わらず魔法が嫌いなんだな」
「おいおい、こんなところで勘弁してくれよ」
タツミはメリーナのことをちらりと見る。
魔法は十三継王家の象徴と言っていいものだ。魔法を否定するということは、十三継王家を否定するとも受け取られかねない。
ただ、俺の隣に座る彼女の様子を見る限り、心配はいらなそうだが。
「…………」
メリーナは俺の服をギュッと握ったまま、ずっと下を向いている。
どうやら、さっきの腹の音がよほど恥ずかしかったらしい。一言も喋ろうとしない。
大人しくしていてくれるなら、それはそれで都合がいいが。
まあ、後でフォローしておくか。
それより、いま気になるのは、タツミが何を話したいのかだ。
俺は正面から奴を見据え、尋ねる。
「話したいことがあるみたいだったが、重要な話なんだろうな?」
「もちろん。ライにしか聞けないことだ」
「……あらかじめ言っておくが、たとえ首相でもGPAに干渉することはできないぞ」
「首に縄をつけようってんじゃないさ。ただ、教えてほしいんだよ、ライ。GPAがいま、何をしようとしているのか」
「任務内容は極秘だ」
「そうか……では、大帝王について聞こう。GPAは、フィラデル・グランダメリス=シルバークラウンの三期目を認めるつもりか?」
「ノーコメントだ」
俺はそう答えるしかない。
すると、急にタツミは力を抜いて、媚びるような笑顔で言ってくる。
「教えてくれよ、マイヒーロー。オレとあんたの仲だろ?」
「GPAはこの国の安定のために活動している。王族、政府、民衆、誰の味方でもないし、誰の敵にもならない」
「それは少し無責任じゃないか? オレを首相にしたのは、誰だと思ってるんだよ」
タツミが迂闊なことを言う。
すると、メリーナが急にバッと顔を上げた。
「もしかしてスモークモール総理が誕生したのも、ライのおかげだったの?」
メリーナがそのことに気づく。まあ、ほとんどタツミが話したようなものだが。
だからこそ、この男は信用できないのだ。やっぱり、あの時にちゃんと記憶を消しておくべきだったか……。
「タツミ、いい加減にしろよ」
俺は目の前の熊のような男を睨みつけた。
すると、奴もさすがにまずいことを言ったと思ったのか、メリーナに弁解し始める。
「いえいえ、そんな大したことじゃないんですよ。ただ、当時の私は栄光値がちょっとばかり足りなくて……。それでも、GPAとしてはオレを首相にしたかったらしくて、それでしばらくライに栄光値稼ぎを手伝ってもらっただけなんですよ」
それは弁解ではなく、丁寧な解説だった。
タツミが洗いざらい話すのを聞き、俺は頭を抱えた。
しかし隣から、さらに驚きの発言が飛び出す。
「それって、今のわたしと同じってこと……?」
おいおい……。
「なるほど、メリーナ様を大帝王にするのが、マイヒーローの今の任務ですか。どうりで、急にメリーナ様の活躍が目立つようになったわけだ」
タツミがニヤリと笑う。
メリーナはハッとなり、俺の服を引っ張ってくる。
「うぅ……ごめんなさい……ライ……」
メリーナは涙目になっていた。さすがにまずいことを言ったのは理解しているらしい。
「まあ、しかたない。どうせ、ちょっと考えればわかることだ」
「本当に? 怒ってない?」
「ああ、怒ってない」
「よかったぁ……。本当にライは優しいわね。さすがわたしのコイ――」
メリーナがそこまで言ったところで、俺は口をふさいだ。
さすがに、そのことまでバラされると、致命傷になりかねない。
俺はちらりとタツミの様子を窺った。
「こい……鯉? 鯉料理がお好きなんですか? あるいはコイン? コインを拾ったとか? しかし、なぜ……?」
タツミには伝わってないようで、よかった。
さすがにこの男でも、そんな突拍子もないことは思いつかないか。
次の大帝王候補のお姫様が、俺みたいな人間に好意を寄せるなんてな……。
「なあ、マイヒーロー。今のはどういう意味なんだ?」
タツミが尋ねてくるが、当然俺は教えるつもりはない。
「さっきの失言を許してやっただけ感謝しろ」
「ハハハ……そりゃ悪いと思ってるけどさ……」
「それと、ここで聞いたことは絶対に外に漏らすなよ?」
「もちろんだ。オレの方だって、外で話されたら困るからな」
俺はメリーナの顔を見る。彼女は自ら両手で口をふさぎ、大きく首を横に振った。
「はぁ……」
思わずため息が出る。車に乗ってるのに、全力で走ったような気分だ。
そうこうしてるうちに、車は目的地に着いたらしい。
そこは、巨大な建物の地下駐車場だった。
運転手にドアを開けられ、メリーナが先に降りていく。
俺もその後に続こうとする。その時に、タツミがこっそりと話しかけてきた。
「オレの記憶を消さなくてよかっただろ?」
「お前が勝手にキャンセルしただけだ。俺は今でもお前の記憶を消すチャンスを窺ってる」
「魔導薬なんか、オレには効かないぜ。だてに死地を潜り抜けてないからな」
タツミは挑発するように言う。こういうところも変わってなくて安心したよ。
敵愾心をビシビシ感じる。どうやら奴は、俺のことを敵として認識したらしい。
まあ、しかたない。今の俺は、首相の敵対勢力である、十三継王家の味方をしているんだからな。
三人とも車を降り、タツミの案内で地下駐車場を歩いていく。
ここは国際会議などが行われる、有名な複合施設だ。
どうやらタツミは、この建物内にあるレストランで食事をするつもりらしい。
俺たちは要人専用のエレベーターに乗せられ、上層階に向かう。
その途中で、メリーナが思い出したように口を開く。
「そういえば、ちょっと聞きたいことがあったの。スモークモール総理って、軍の特殊部隊にいたのよね? それって、どこの部隊?」
軍の特殊部隊と言っても、色々と種類がある。
中には、メリーナのサンダーブロンド家と、関わりが強い部隊もあるのだ。だから彼女も聞いたのだろう。
そしてその問いかけには、俺ではなくタツミ本人が答えた。
「お話しするほどの部隊じゃありませんよ。少なくともサンダーブロンド家とは縁遠かったです」
「それならいいけど……」
「お気遣いいただきありがとうございます」
タツミは爽やかに笑ってみせる。だが、今日の中で一番ウソくさい笑顔だった。
そう……言える訳がないのだ。この男が所属していた部隊のことなど。
特にメリーナに対しては。
タツミ・スモークモールが所属していた部隊の名は<敵性魔法殲滅団>。
それは、魔法を使う者のみをターゲットにした極秘の暗殺部隊である。




