No.059
俺たちが通されたのは、外観の物々しさからは想像できないほど質素な応接室だった。
そこで、出されたお茶をすすりながら待つこと5分ほど。
一人の大男が俺たちの前に現れた。
ゴツゴツした顔の男だ。背も高く、全体的にがっしりとしている。まさに大男。『クマ総理』というあだ名がぴったりの見た目をしている。
中年と呼ぶには少し若い。シワ一つない灰色のスーツ姿が、俺はいまだに見慣れない。
「ようこそ我が城へ! 歓迎するぜ、マイヒーロー!」
男は俺を見るや否や、大げさな身振りと芝居がかった話し方で応対する。
いかにも政治家って感じだ。
……いや、この男は出会った頃からそうだった気がする。
俺は座ったまま、顔だけ彼に向けた。
「相変わらずだな、<タツミ>。それとも<スモークモール総理>と呼んだほうがいいか?」
「私たちの間に気づかいは無用だ。ライ、お前がいなければ、私は政治家にさえなれなかっただろうからな」
いちいち大げさな言い方をしないと気が済まないのか。まあ、それくらいじゃないと、この国の政治を担うことはできないんだろうが。
「ライ……どういうこと? この人と知り合いなの? だって彼は……」
メリーナは戸惑っているようだ。それもしかたないか。
さっきまでショッピング街でデートしてたっていうのに、今は首相官邸の中で首相と面会してるんだからな。
しかし、この灰色スーツの男をどう説明したものか……。
俺が迷っていると、彼は自分からメリーナに挨拶し始める。
「メリーナ・サンダーブロンド殿下。本日はお越しいただき、光栄の極みです。私は<タツミ・スモークモール>と申しまして、ここグランダメリス大帝国の首相を務めております」
「……自国の首相の顔くらい子供だってわかるわ。特にあなたは、グランダメリス大帝国史上、最高の人気を誇る<英雄総理>だものね」
メリーナは少しムッとした感じで言う。世間知らずの子供みたいに扱われたのも嫌だったんだろうが、タツミのわざとらしい丁寧な態度は、メリーナが一番嫌がることだからな。
「ハハハ……これは失礼しました」
タツミはバツが悪そうに言うと、助けを求めるように俺の方を見る。
そういえば、こいつは意外とアドリブに弱い奴だった。
「メリーナとは会ったことがないんだな」
俺は助け舟を出すつもりで、タツミに聞いてみた。
すると彼は、向かい側のソファーに座りながら答える。
「首相は、意外と十三継王家との関わりが薄いんだ。特にオレは、王族どころか、貴族の出身ですらないからな」
「だからこそ都合がよかったんだよ」
「都合ねぇ……。相変わらずマイヒーローは、素っ気ないな」
「事実を言っただけだ」
俺たちがそんな会話をしていると、隣からメリーナが服を引っ張ってくる。
「ねぇ、ライと首相はどんな関係なの?」
「関係っていうほどのことはない。昔、一緒に仕事をしただけだ」
俺は簡単に答えた。
すると目の前の大男が立ち上がり、またわざとらしく話し始める。
「その他大勢みたいな説明で終わらせないでくれよ、マイヒーロー。オレの実績の8割は、あんたのおかげじゃないか――」
そこまで言ったところで、タツミはハッとなる。それから苦笑いを浮かべ、メリーナに向けて頭を下げた。
「今のは、オフレコでお願いします」
「ええ。でも、実績っていうのは?」
メリーナが俺に尋ねてくる。しかし聞かれたところで、なかなか答えづらい。
しかたないので、俺は適当に誤魔化してやることにした。
「いろいろとあったんだよ。まあ、知らなくても問題はない」
「えー? 教えてくれてもいいでしょ」
メリーナが俺の身体を激しく揺さぶってくる。
その様子が気になったのか、タツミは自ら説明し始めた。
「もともと私は、10代の頃から帝国軍特殊部隊に所属していたんです。その部隊での10年間で、7つの紛争に従軍しました。どの戦いでも私は最前線で戦い、誰よりも戦果をあげました。おかげで、数多くの勲章を受けることができたのです」
タツミは自慢げに語る。実際、経歴に関しては文句のつけようもない人物だ。
そんな男が政界に転身し、たった5年で首相まで上り詰めた。
「それがライのおかげなの?」
メリーナの問いかけに、タツミは苦笑しながら答える。
「これ以上は、ご想像にお任せします。もしくは、隣にいる彼に直接聞いてみてください」
タツミがそんなことを言うから、メリーナがまた俺の身体を揺らしてくる。
「ねぇねぇ、どういうことなの? 詳しい話が聞きたいわ」
「また今度な。首相様は忙しいみたいだし」
俺はそう言いながら、タツミに目で合図を送る。
だが、全くと言っていいほど伝わってなかった。
「いや、今日はそれなりに時間があるんだ。久しぶりに会ったことだし、俺はもっとマイヒーローと話したい」
タツミがそんなことを言い出す。いったい誰のために、帰る流れにしてやったと思っているのか。
「俺たちは、ちょっと休憩させてもらいたかっただけだ。タツミはもう戻ってもいいぞ」
「そう言ってくれるな。積もる話もあるだろ?」
その時だった。ふいに応接室のドアがノックされた。
秘書らしき男が入ってきて、タツミに『準備ができました』と告げる。
するとタツミは立ち上がり、俺に声をかけてくる。
「これから行くところがあるんだが、少し付き合ってくれないか」
「出かけるなら、俺たちは邪魔になるだろ」
「せっかくだから一緒に来てほしいんだ。オレの車に乗って移動すれば、ゴシップ好きの連中に追いかけられずに済むだろ」
「知ってたのか?」
「これでも首相だからな。この国の重要情報は、把握しているつもりだよ。だから、いいだろ? 最後はちゃんと家まで送り届けるからさ」
タツミの声からは少しだけ圧を感じる。この男が、ここまで熱心に頼み込んでくるのは珍しい。少し相手をしてやったほうがいいのかもしれない。
とはいえ、メリーナにも確認しないとな。
「俺はタツミについて行こうと思うんだけど、いいか?」
「えっと……わたしは――」
グゥ……。
メリーナの言葉を遮り、誰かの腹が鳴った音が聞こえた。
もちろん俺じゃない。
タツミでもなさそうだ。
残るは……というか、確認するまでもなくメリーナが顔を真っ赤にしてうつむいていた。
しばしの沈黙が流れる。
そしてタツミが、芝居がかった口ぶりで話し出す。
「行くところっていうのは、レストランなんだ。ディナーの予約をしててさ。でも一人で食べるのも寂しいじゃないか。だから二人に付き合ってほしかったんだよ」
「……わかったよ」
この状況でそんなことを言われると断りづらい。
メリーナはうつむいたまま動かなくなっちゃったし……。
そんなわけで俺たちは、首相専用車に乗り、夕食へ向かうのだった。




