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No.058

 俺はメリーナの手を引き、通りを駆けていく。

 しかし、それにしても人が多い。スピードを上げるどころか、進むのもキツくなってきた。

 というか、これ……どんどん人が集まってきてないか?


「メリーナ様ぁ〜、待ってくださ〜い! サインだけでも〜!!」

「握手! ボクは握手でいいんで!」

「で、できれば写真も――」


 勝手な事ばかり言いやがって。アイドルじゃないんだぞ。

 メリーナは馬鹿正直なんだから、下手したら永遠に奴らの相手をしかねない。


「ねぇ、ライ……呼ばれてる気がするんだけど……」

「気にするな! とにかくここを離れるんだ!」


 しばらく走り続けたが、追いかけてくる群衆の数は減らない。このままじゃ逃げきるのは難しいか。


 そう思っていたら、ちょうどよく目の前にバスが停まった。

 俺はメリーナの手を引いてバスに飛び乗る。


「お客さん……」


 運転手は驚いた様子だったが、俺は彼を急かした。


「いいから出してくれ!」

「あっ、そちらの方は……はい!」


 バスの運転手もメリーナに気づいたようだが、とりあえず走り出してくれた。これで一安心だ。


 と思っていたら、今度はバスの乗客の視線を集めていることに気づいた。

 彼らは、さっそくヒソヒソ話を始める。


「あれって……もしかして……」

「うん、絶対そうだ。見たことある顔だよ」

「そういえば、家がこの近くにあるんだっけ?」

「宮殿な。サンダーブロンド家の宮殿」


 聞こえてくる会話の内容を吟味するまでもなく、バレバレだ。

 この状況は、さすがにメリーナも気になったらしい。


「ねぇ、ライ。なんだかわたしたち、注目されてる気がするわ……」

「残念ながら気のせいじゃない」


 誤魔化したいところだが、たぶん無理だろうな。

 20人近い乗客は、ずっとこっちを見ながら、ヒソヒソ話をしているのだ。


「メリーナ様の隣にいる男は誰?」

「なんか仲良さそうじゃね?」

「もしかして恋人だったり?」

「ウッソー! すっごいスキャンダルじゃん! 新聞社に教えたら、お金もらえるかな?」


 ……勘弁してくれよ。くだらないゴシップはマイナスにしかならないんだからな。


 とはいえ、隠れようにも、ここじゃ逃げ場がない。 


 ピー!


 次のバス停に停まった瞬間、俺はメリーナの手を引き、バスから降りた。


 バス停ひとつしか進んでいないが、とりあえずボルトストリートの端まで来ることができた。追いかけてくる群衆からも、少しは距離が取れただろう。


 この先にあるのは、バリトン地区だ。


「ライ……そっちに行くの……?」


 メリーナが寂しそうな顔で尋ねてくる。

 確かにこの先の地区は、デートには向いてないかもしれない。


 バリトン地区は、国会議事堂や官公庁、首相官邸などが並ぶ、政治の街として知られている場所なのだ。


「こっちの方が、人の数も少ないはずだ。嫌か?」

「ううん。そんなことはないわ。ライと一緒ならどこでも楽しいから」


 メリーナは笑顔で受け入れてくれた。

 本当はもっと遊んでいたかったんだろうけど……悪いな。



 ◆◆◆



 俺たちは、荘厳な雰囲気が漂う政治の街を歩いていく。

 周りに並ぶのは、地味で無骨な建物ばかりで、見ていて楽しいものもない。

 ただその分、道行く人もお堅い雰囲気の役人ばかりだから、俺たちに興味を持つ者も少なそうだ。


 と安心していたら、空から魔導車(ホバーカー)の音が聞こえてきた。

 その車に<報道>という文字があるのが見えた。


 魔導車(ホバーカー)は、何かを探すように、上空を旋回している。

 もしかして、さっきバスの中にいた奴が本当に連絡したのか?


「冗談じゃないぞ……」


 メリーナが1年前に婚約破棄したことは、すでに大衆に知られている。そんな彼女が得体の知れない男と親しげにしていたら、イメージが悪くなるのは避けられない。

 少なくとも、他の大帝王候補は利用しようとするだろう。


 実にくだらない話だし、大帝王の即位にどれほど影響があるかも不明だ。

 しかし、いらぬ隙を見せるのは得策じゃない。

 だいたい、俺の顔を晒されるのもまずいからな。


「メリーナ、どこかに入るぞ」


 俺は目立たぬように、こっそりと彼女に呼びかける。

 しかしメリーナは気にせず、辺りをキョロキョロと見回していた。


「ライは、なにが食べたいの?」

「別に腹がへったわけじゃないんだけど……」

「じゃあ、わたしが決めていいかしら?」

「……まあ、希望があるなら」

「うーん、自分で言っておいてなんだけど、さっきから全然お店が見当たらないのよね」


 そりゃ、行政機関ばかりの地区だからな。

 というか、普通のレストランみたいな場所は、むしろ避けてほしい。


「あまり人が来ないところの方がいい」

「どうして?」

「騒ぎになるからだよ」

「なんで騒ぎになるの?」


 ダメだ、メリーナはまるで自覚してない。

 ここは一つ、今後のためにも、ちゃんと教えておいた方がいいな。


「いいか? メリーナはな、今この国で一番注目を浴びてる人物なんだよ」

「確かに声をかけられることは増えたわね。でも、それがどうしたの?」

「そんな注目を浴びてる奴が、どこの馬の骨ともわからん野郎と、二人並んで歩いてるのを見られるのはまずいってことだ」

「それって……わたしとライのこと?」

「ああ。写真でも撮られたら、恋人でも愛人でも、好き勝手にスキャンダルを作られるかもしれない」


 俺がわかりやすく説明してやると、メリーナはようやく理解してくれたらしい。

 急にハッとした顔になり、しばらくのあいだ固まった。

 しかし、今度は急に満面の笑みを浮かべ、メリーナは言うのだった。


「望むところね!」


 ダメだ、何も理解してなかった。


「望んだらダメだって言ってんだよ」

「でもみんなに、ライとわたしは恋人だって認めてもらえるんじゃない?」

「だから、それを認められちゃ困るんだよ」

「どうして?」


 メリーナは、ちょっとムッとした顔で尋ねてくる。

 俺は説明も説得も諦めた。


 もう、この一点張りでいこう。


「俺の任務が失敗する」

「えっ? そうなの?」

「ああ、俺とメリーナが親しくしているところが大衆にバレたら、俺の任務が失敗する」

「よくわからないけど、ライに迷惑かけるのはイヤ……」


 俺の任務というか、本当はキミの将来に影響することなんだけどね……。

 という言葉をのみ込み、俺はメリーナを手招く。


「行くぞ。この辺りの店にでも入って、ほとぼりを冷まそう」

「でも、どこに入るの?」


 確かに、気軽に入れる店みたいなものは見当たらない。

 店以外の建物に勝手に入ったら、捕まるどころじゃ済まないだろうし……。というか、入る前に止められるだろうな。


 その時、ふと上空に気配を感じた。

 見ると、魔導車(ホバーカー)の台数が増えていた。しかも、どんどん近づいてきている。

 このままだと見つかるのも時間の問題だ。


 しかたない。と、俺は近くの建物へ向かう。

 そして裏手から、その建物の外壁を乗り越え、中へと侵入した。


 メリーナも俺の後に続いて中へ入ったが、当然のごとく困惑していた。


「こんなところに勝手に入ってもいいの?」

「大丈夫だ。許可は後でもらう予定だから」

「でも……ここって首相官邸よね?」


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