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No.054

<ニュールミナス市/GPA本部>


 俺はオフィスのソファに座り、新聞を読んでいた。

 紙面には様々な見出しが並んでいる。


<メリーナ・サンダーブロンド殿下が太古の魔獣を討伐した経緯を徹底解説!>

<望まれる次期グランダメリス大帝王メリーナ・サンダーブロンド殿下>

<サンダーブロンド家のメリーナ様が次期グランダメリス大帝王の最右翼に!>


 メリーナが太古の魔獣を討伐した件は、ここ数日ずっと話題になっている。

 報道が加熱気味だが、それだけフィラデル大帝王の影響力が落ちた証拠でもある。

 ひとまずこれで、大衆にもメリーナの存在が認知されたと言っていいだろう。


「センパイの狙い通りの展開になってますね」


 アイマナが横から新聞を覗き込んできた。

 その見た目は相変わらず真っ白で、儚げな雰囲気を感じさせる。

 実際、最近は少し元気がなさそうだったが。


「もう大丈夫なのか?」

「なんの話ですか? マナはいつだって元気モリモリですよ」


 そう言いながら、アイマナはソファーに腰を下ろす。

 デカいソファーなんだから、もっと離れて座ればいいのに、アイマナはわざわざ隣に座ってくる。


「不安が残る返事だな」

「本当に気にしなくていいのに……センパイってばお節介ですよね。魔獣の子の事件も、マナのために闇に葬っちゃうし」

「別にアイマナのためじゃない」


 わざわざ魔獣の子の件を世間に公表する必要がなくなっただけだ。

 確かに当初は、魔獣の子をメリーナに捕まえさせて、栄光値(ポイント)を稼ごうと思っていた。

 しかしメリーナは、太古の魔獣を討伐したことで、栄光値(ポイント)も、大衆の支持も充分に獲得できたのだ。


 魔獣の子の一件を公表しても、メリットは少ないだろう。

 むしろ公表することによって、社会に混乱が生まれるリスクの方が大きい。


「暴走した魔導ロボット(マグリカント)が連続殺人を犯したなんて知れたら大騒ぎになるからな」

「ニュールミナス市だけでも、数万体の魔導ロボット(マグリカント)が働いてますからね」

「それに面倒くさいのは、この件にレッドリング家とフィラデル大帝王が絡んでくることだ」

「フィラデル大帝王も怖いことを考えますね。魔導ロボット(マグリカント)を操って、世論を誘導しようなんて……」

「レッドリングも恐ろしいよ。魔導ロボット(マグリカント)を、暗殺者みたいに使いやがって」

「魔法があれば簡単に操られちゃうんですね……」


 アイマナは寂しそうにつぶやく。

 魔導ロボット(マグリカント)が魔法によって操られていた事実は、アイマナにとっては相当なショックだったようだ。

 

 ただ、アイマナは他の魔導ロボット(マグリカント)とは違う。そのことは俺も知ってるし、本人もよくわかっているはずだ。


「まあ、アイマナが操られることはないから安心してるよ」

「センパイ、フラグを立てないでください。マナだって、絶対に操られないとは限らないんですから」

「仮にそうなったら、俺は全てを諦めるよ」


 俺はそう言って笑ってみせる。

 するとアイマナも穏やかな微笑みを浮かべた。


「そういえば、もう探さないんですか? レンジ・レッドリングのことは」

「見つけたところで、罰を下せるわけでもないからなぁ」


 太古の魔獣を倒して、俺たちが浜辺に戻った時には、あの全身真っ赤な男は、すでに姿を消していた。

 その後、一応捜索はしたが、奴がどこに行ったのかはわからないままだ。


「普通に考えるなら、レッドリング家の地元に逃げ帰ったんでしょうけど」

「それなら、このニュールミナス市内にはいないってことになるな」

「彼は今回の一件で、大帝王の候補から脱落したようなものですし、もう下手な企みはしないと思います」

「だといいが……」


 俺はそう答えたが、実際はまだわからない。レンジ・レッドリングは執念深そうな奴だったし、まだ何か仕掛けてくる可能性はある。

 さすがに、太古の魔獣に街を襲わせて栄光値(ポイント)を稼ぐなんて壮大な計画は、おいそれと実行できないだろうが。


「あとメリーナさんのライバルになるのは、現大帝王のフィラデル・グランダメリス=シルバークラウンを除くと、ブラックサイス家と、ピンクコイン家の人くらいでしょうか?」

「この前の月間栄光値(ポイント)獲得ランキングとやらを基準にするならな」

「じゃあセンパイ、この先の戦略を練りましょうか」


 アイマナがやたらとニコニコした笑顔で言ってくる。

 こんなに積極的に仕事に打ちこむ姿は珍しい。


「やる気になってくれるのはいいが、随分と急に機嫌がよくなったな」

「だって、今日は他のメンバーがお休みですから。センパイとマナ、二人きりですよ」


 今回の一件がハードだったので、チームのメンバー全員に一週間ほどの休みを取らせたのだ。

 もちろん、その中にはアイマナも入ってるはずなんだが。


「アイマナは休まないのか?」

「休んだってやることはないですし、センパイとお話ししてるほうが楽しいです。誰にも邪魔されないで、センパイと二人きりになれること、最近はなかったですからね」

「……ちなみに、他の連中が何してるのか、把握してるのか?」

「はい。ジーノさんは一日中ギャンブル、ロゼットさんはプリちゃんと海釣り旅行に行きました」


 聞いておいてなんだが、他のメンバーの休日の行動まで調べてるとは、怖いやつだ。

 この分だと、俺の行動も監視されてるんだろうな……。


「ん? ソウデンは何してるんだ?」

「ソウデンさんは、極秘任務があるとかで、昨日からまた出張してます」

「極秘任務? 俺はそんなもの知らないぞ」

「そうでしたっけ? マナも詳しくは知らないですけど、ソウデンさんが言ってましたよ」

「じゃあ本人に聞いてみるか」


 俺はそう言ってオフィスのドアの方に視線を向ける。

 アイマナもそっちを見ると――。


「げっ……」


 あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。アイマナにしては珍しく、露骨にマイナスの感情を表に出ている。


 一方、オフィスの入り口に立つ男は、いつもと変わらぬ黄緑色コートに、黄緑色の角帽という独特の装いをしていた。

 そんな彼が、涼しげな微笑みを浮かべ、近づいてくる。


「まさか、マナくんがこんな狡賢い手を使うとはね」


 ソウデンの言葉にアイマナは沈黙してしまう。

 そうかと思ったら、すぐに下手くそな愛想笑いを浮かべて言うのだった。


「ハハハ……ソウデンさん、随分とお早いお帰りですね」

「あいにく僕は、団長から直接命令されないとやる気が出ないんだ」

「あれ? ソウデンさん、センパイから命令されたって言ってませんでしたっけ?」

「僕はマナくんから聞いたはずだ。団長から、僕にしか任せられない極秘の任務を伝言されたって」


 ソウデンとアイマナが何を話しているのか、全くわからない。

 とりあえず俺の知らないところで、くだらないことが起きている予感だけはするが……。


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