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No.053

「ソウデン、ちょっと預かってくれ」


 俺は背中に張り付いていたプリを、ソウデンに渡した。


「承りました。プリくんは、僕が責任を持って保護しておきます」


 それから、俺は無線の向こうに話しかける。


「ロゼット、ジーノ、撤退しろ。急いで、できる限りその場から離れるんだ」


 すると無線の向こうからは、歓喜と戸惑い、両方の反応が聞こえてくる。


『イヤッホー! お許しが出たぜ! 逃げろー』

『えっ、本当にいいの? 今のところ止められてるけど、突破されるかもしれないわよ?』


 ロゼットの疑問はもっともだが、もう充分だ。

 どうせ消防隊が駆けつければ、太古の魔獣の姿も目撃されて、ニュールミナス市に避難勧告が出る。

 そうなれば、太古の魔獣が着く前に、街はパニックでめちゃくちゃになってしまうだろう。


「いずれにしろ、数分の猶予しかない。それに、その火の勢いだと、さすがにお前らも逃げないとマズイだろ?」


 俺がそう言ってやると、またロゼットとジーノ、二人の反応が聞こえてくる。


『あたしは、ある程度の火炎耐性があるから平気だけどね』

『自分のことしか考えてねーのかよ! この自己中女! ボス、ありがとう、愛してる! というわけで、オレは逃げまーす!』

『テメー、ジーノ! なんて言った!? 戻ってこい!』

『ヒィー! ヤベー女が追ってくるよー! 助けてーボスー!』


 ……こいつらは大丈夫だな。

 というわけで、俺はメリーナの方に向き直り、話しかける。


「ちょっと聞いて欲しいことがある」

「大丈夫大丈夫……恐くない恐くない……落ちないから絶対に……絶対に……」


 メリーナは高所の恐怖のせいで、話を聞くどころじゃなかった。

 ここから落ちることはないんだと説明しても、なかなか震えが止まらない。


 どうやら、まずはメリーナを落ち着ける必要があるな。


「しかたない」


 俺はそっと彼女を抱きしめた。


「えぇっ!? な、なに!? どうして……」

「少しは落ち着いたか?」

「えっと……あの……落ち着いたというか、別のドキドキというか……」

「少しでいいんだ。俺の話を聞いてくれ」

「はい……」


 メリーナが落ち着きを取り戻した。

 説得するなら今がチャンスだ。


「太古の魔獣は、メリーナが討伐するんだ」

「でも……わたし……できないわ」

「できるできないじゃない。やるんだ。ここで太古の魔獣を討伐できないなら、大帝王になることだって不可能に近い」

「そんなこと、急に言われても……」

「レッドリングも言ってたろ。昔は、大帝王になる者は、太古の魔獣を討伐して、民衆の支持を得ていたって。逆に言うなら、太古の魔獣を討伐できれば、大帝王に相応しい人物だと認めてもらえるってことだ」

「大帝王に相応しい……」

「メリーナも、大帝王になるって自分で決意したはずだろ。だったら、これは千載一遇のチャンスだ。ここでメリーナ自身の意志を見せてほしい。無理だって言うなら、俺も諦めるから」

「ライ……」


 少し厳しかったかもしれない。ただ、俺も、俺の仲間も、メリーナ自身も、すでに命懸けの任務になっているのだ。

 ここで覚悟を示せないのなら、これ以上は、誰の命も預かるわけにはいかない。


「……わかった。わたし、やってみるわ」


 メリーナはその金色の瞳に覚悟を宿らせ、静かに答えた。


 彼女は俺から少し離れ、まっすぐ空中に立つ。

 それから腕を前に突き出し、声を張り上げた。


雷天宝剣(ギガゼウス)よ!」


 突如として、メリーナの前に激しい稲光が生まれる。

 そこから雷鳴と共に、眩い光を放つロングソードが出現した。

 剣の刃には、小さな稲妻がいくつもまとわりついている。


 その剣の柄を、メリーナはしっかりと握る。

 そして彼女は剣を正面に構え、魔法を使うための集中に入ろうとした。


「悪いが、ちょっと待ってくれ」


 俺はそこでメリーナを止めた。

 彼女が不安そうな顔で振り返り、尋ねてくる。


「わたし、間違えたかしら?」

「いや、問題はない。ただ、一つだけ注文させてくれ。【雷神の審判祭ユピテルジャッジフェス】を使ってほしいんだ」

「えっ……どうしてその魔法を? サンダーブロンド家に伝わる<古代魔法>の一つよ」

「使えるか?」

「ううん。使い方は学んだけど、実際に使ったことはないわ。いつか、わたしが継承しないといけないのは確かだけど……」

「じゃあ、ここで試してみよう」

「ムリよ! その魔法、発動させるだけでも、すごく大変なんだから。ましてや狙いをつけて、目的の対象に当てるなんて……」

「ムリかどうかは、やってみないとわからないだろ」

「だけど……ムリなものは、やっぱりムリだと思うもの……」


 メリーナは自信なさげに目を伏せてしまう。

 本当は励ましてやりたいところだけど、ここで弱気になってたら、他の大帝王候補者とは戦えない。


 だから俺は少しだけ厳しい言い方で、彼女を説得することにした。


「じゃあメリーナは、ムリだと思ったら、自分の恋も諦めるのか?」

「それとこれとは話が違うわ……」

「同じだよ。任務だろうと、魔法だろうと、恋だろうとな。成功するかどうか、成就するかどうか、試してみないとわからないだろ? 逃げ続けて勝利が手に入ることは、絶対にない」


 俺も自分でわかってる。卑怯な説得だってことくらいはな。

 でもこれ以外の説得方法は、今の俺には思いつかない。


「……わかったわ」


 メリーナは力強くうなずいてくれた。

 迷いが吹っ切れた良い目をしている。


「メリーナ、剣を構えて」

「うん……これでいいかしら?」


 メリーナが剣を両手で握り、上段に構える。

 俺は彼女の後ろに立ち、腕を前へ回す。

 そして剣を握る彼女の手に、俺自身の手を重ねた。


「うえぇっ!? ラ、ライ!? どうして?」


 メリーナはかなり狼狽していた。

 まあ、いきなり後ろから抱きしめるような形になったのだからしかたないが。


「少しだけ我慢してくれ」

「我慢って……むしろわたしは、ずっとこのままでもいいというか……」


 メリーナが嫌がってないみたいなので、俺としても助かる。


「集中しろ。魔法をコントロールしようなんて考えなくていい。今の自分の力を全て魔法に変換するイメージを持つんだ」

「うん……」


 メリーナが深い集中に入る。

 重ねた手を通して、彼女の剣に魔力が注がれていくのを感じる。


 そして――。


「【雷神の審判祭ユピテルジャッジフェス】」


 おもむろに、メリーナは魔法を発動させた。

 そして間髪入れずに、俺も魔法を発動させる。


大賢者の徹底補助フルスロットルアドバンス


 俺が使った魔法は、他人が使った魔法の効果を爆発的に高めるものだ。

 これにより、メリーナが発動させた魔法は、本人の想定を遥かに超えた効果を生む。


 突如、上空を真っ黒な雲が覆う。

 その雲から、大粒の雨が降り出す。

 雨はすぐに視界を塞ぐほど激しくなり、暴風まで吹いてくる。


「――っ! ラ――」


 メリーナが振り返り、何かを言おうとしていた。

 だが、雨と風にかき消され、全く聞こえない。


「――――っ! ――――っ!」


 俺は、『まだ終わってない! 集中しろ!』と言う。

 その声もかき消されたが、どうやら彼女には伝わったらしい。

 メリーナは正面を見すえ、再び集中し始める。


 やがて上空からは、ゴロゴロと、雷の音が聞こえてくる。

 それから程なくして――。


 ピッシャーンッ!


 目が眩むほどの光が生まれ、空気を切り裂くような激しい音と共に、稲妻が降り注いだ。

 稲妻は、次々に生まれ、地上へと降り注ぐ。

 そしてその一つが、眼下にいる巨大な球形の魔獣に直撃した。


 オアッァアッオォアォアッオアアアアアアアアァァァァァァァァ――。


 世界中に轟いたんじゃないかと思うほどの断末魔が聞こえた。

 それと同時に、ウミボウズは巨大な体躯を地面にめり込ませるようにして倒れた。


 ほぼ球体なので、遠目からだとわかりづらいが、奴の動きは完全に止まっていた。


 もう魔法は解除していい。

 俺はメリーナにそう伝えようとする。

 だが、すでに魔法が解除されていることに気づいた。

 メリーナは気を失っていたのだ。


 魔法は解けても、雨は降り続ける。

 おかげで、山中に広がりかけていた火も、少しずつ鎮火されていく。


 俺は彼女を背中におぶり、一言だけ告げた。


「よくやったな」


お読みいただきありがとうございます!

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