No.051
「アラン……?」
俺は思わずその名をつぶやいた。
さっきまでへたり込んでいたのに、なぜか彼が立ち上がっている。
「まだこいつは使えるんだぜ……?」
レンジが這いつくばったまま、得意げに言う。
すると、いきなりアランの頭から大量の蒸気が噴き出した。
「なんのつもりだ?」
俺は問いかけたが、答えは返ってこない。
蒸気はどんどん噴出され、あっという間に周りが真っ白になる。
完全に視界を奪われた。伸ばした手の先さえ見えないほどだ。
レンジも、アランの姿も見えない。
俺は警戒し、メリーナを抱き寄せる。
「えっ……ライ?」
「少しだけ辛抱してくれ」
「辛抱なんて……わたしは、ずっとこうしててもいいけど……」
メリーナの方からギュッと抱きついてきた。この状態なら、いきなり攻撃を仕掛けられても彼女を守りやすい。
俺は周りの気配を探ってみた。
だが、アランがどこにいるのかわからない。魔導ロボットは魔力の臭いが察知しづらいのだ。それに、さっきまでの戦いで使った魔法の残滓が辺りを漂っている。
「まだ魔法が解けてなかったのか!」
俺は大声で呼びかけた。
しかし返事はアランではなく、レンジの方から聞こえてくる。
「ゲハハッ……【蒸気仕掛けの頭脳】は、レッドリング家が魔導ロボットを操るために開発した新作魔法だ。簡単に解けてたまるかよ……」
くだらないことをしやがって……。
内心舌打ちしながら、俺は白い蒸気の中から脱出するため、ゆっくり移動し始める。
だが――。
「ウグアアアァァァァァァァ――」
突然、奇妙な叫び声が聞こえてきた。
次の瞬間、蒸気の向こうからアランが現れ、殴りかかってくる。
俺はメリーナを抱きかかえながら、後方へ避けた。
「待て! 落ち着け!」
俺は呼びかけるが、アランは全くの無反応だった。白目を剥き、口をだらしなく開き、まるで気絶しているかのよう。
そんな状態にもかかわらず、アランは素早い動きで攻撃を繰り出してくる。
「ライ!」
「大丈夫だ。振り落とされないように捕まっててくれ」
俺はメリーナにそう伝え、アランの攻撃をかわす。
何度も何度も、かわし続ける。
攻撃そのものは単調なので、避けることは問題ない。
しかし魔法も使わない攻撃で何がしたいのか、全く理解できない。
「わたしたちを、この蒸気から出さないようにしてるみたい……」
メリーナがつぶやくように言う。
その通りかもしれない。アランは、俺たちの動いた方に先回りして攻撃をしかけてくるのだ。
まるで、この蒸気の中に押し留めるかのように。
俺はアランの攻撃を避けながら、レンジの気配がする方を確認する。
しかし蒸気に阻まれ、奴の姿は見えない。
と、そこでアイマナが呼びかけてくる。
『センパイの周りで魔力量が急上昇してます!』
嫌な予感がする。
【鎌鼬のため息】
俺は魔法を発動させた。
突風が辺りに吹き荒れる。その風は、蒸気をあっという間に散らし――。
見えた!
レンジが這いつくばったまま、砂の上に何かを書いている。
「しまった!」
魔法陣だ。
発動する魔法は、【爆散火山発破】だ。
レンジは、アランを自爆させて、自分もろとも俺たちまで巻き込む気か。
そのことに気づいた瞬間、魔法陣の上にアランが乗る。
俺も魔法を使い、防ぐか?
いや、ダメだ。ここで【銀幕の守り人】を発動させると、範囲内にアランが入ってくる。
それなら、アランを破壊する魔法を使えば――。
しかしその瞬間、アイマナの顔が脳裏をよぎった。
一瞬の躊躇いの隙に――。
「死ねエエェェッ!!」
レンジが魔法を発動させる。
「チっ!」
俺はとっさにメリーナを抱きしめ、アランに背を向けた。
せめて爆発からメリーナを守らないと。
そして――。
シュンッ、シュンッ、シュンッ。
爆発音は聞こえてこなかった。
代わりに、風を切るような音が何回か聞こえた。
とっさに振り返った俺が視界の端にとらえたのは、アランの姿。その体躯に火花が散り、細い光の線がいくつも走った映像だった。
次の瞬間には、アランの体躯は、いくつもの塊に切断され、砂の上に落下していた。
それが、魔獣の子として恐れられた魔導ロボットの最後となった。
バラバラとなった魔獣の子の傍には、一人の男が立っていた。
彼は騎士団の制服を着て、その上に黄緑色を基調とした長いコートを羽織り、同じような色合いの角帽を被るという独特の装いをしている。
顔は中性的だが、細身で長身。その手には、細長い剣を携えていた。
その剣が、アランを斬ったのは明らかだった。
そして男は、慣れた手つきで剣を鞘に収める。
「ナッ……ナニしやがんだ、テメーッ! ザケンナよ!」
レンジは威勢のいい言葉で、黄緑コートの男をなじっていた。しかしその表情には、わずかな恐怖が滲んでいる。
一方、黄緑コートの男は無感情な瞳で、這いつくばる男を見下ろしていた。
「なに見てやがんだッ! 気持ちワリィんだよ、このミドリムシ野郎が! そこの青スーツとまとめてぶっ殺し――」
そこまでレンジが言った時だった。
黄緑コートの男は、レンジの背中に思い切り鞘を突き立てた。
「カハッ……」
短い悲鳴とともに、レンジは完全に気を失ってしまった。
それから黄緑コートの男は、俺の方に向き直り、穏やかな声で語りかけてくる。
「油断するなんてあなたらしくないですね、団長」
「ソウデン……いつから見てたんだ?」
「あなたが蒸気に包まれる寸前くらいです」
「さっさと助けろよ」
「僕に助けられる団長は好みじゃないので」
男は涼しい顔で言うと、帽子の角度を直していた。
こいつは相変わらずだ。そのことに安心したような腹立たしいような……。
俺がそんなふうに思っていると、横からメリーナが激しく服を引っ張ってくる。
「団長? えっ? どうして? 誰?」
彼女は訳がわからないといった顔で、俺とソウデンの顔を交互に見やる。
その視線に気づき、ソウデンが大仰な礼をする。
「元シャルトルーズウィング王立魔法騎士団副団長の<ソウデン・ミンティーノ>と申します。以後、お見知り置きを。殿下」
「殿下って……」
呼ばれ慣れてないのか、メリーナは明らかに気まずそうにしていた。
だからといって、俺の服を引っ張られても困る。
言いたいことがあるなら自分で言ってほしいものだ。
と、俺は彼女に目で伝える。
「えっと……できれば、あんまり堅い態度はとってほしくないかも」
メリーナはソウデンに対して、他の連中にもしてきたお願いをする。
しかし、この堅苦しい男には、そういうのは通じないのだ。
「メリーナ殿下。申し訳ないのですが、ご希望には添えません。僕は他のGPAメンバーとは違い、十三継王家への忠誠心を失くしていません。主たるものに仕えることを、己が宿命と信じています」
ソウデンはそう言って、ピンと背筋を張る。
メリーナが困った顔で俺を見てくるが、言ってやれることは特にない。
「こいつはそういう奴だから諦めろ」
「そうなの? でも、ライが団長っていうのはどういうこと?」
「話すと長いが、簡単に言うとただの勘違いだ」
俺がそう説明すると、ソウデンは片眉を上げ、小さくため息をついた。
「あなたにとってはそうでも、僕には唯一の真実ですよ」
ソウデンが思わせぶりに言うので、またメリーナが聞きたそうな顔を向けてくるが。
「今はのんびり話してる暇はない。ロゼットたちに合流するぞ」
俺はソウデンに軽く状況を説明した。
そして、わりとピンチだということも伝えた。
しかしソウデンの反応は、想像していたのとは少し違っていた。
「そんな窮地に陥るとは、相変わらず彼らは頼りない。ああ、やはり団長には僕がついていないとダメなようですね。安心してください。これからは、僕がすべての問題を解決して差し上げます。だから僕にもっと無茶な命令を下してください……団長」
ソウデンは妙に高揚した口調で、独り言のように話していた。
そのおかしさにメリーナも気づいたらしく、俺の服を何度も引っ張ってくる。
「ねぇ、ライ……。彼、どういう人なの……?」
メリーナはひそひそ声で、俺の耳元に話しかけてきた。
それに対して、無線の向こうから反応がある。
『前に話した、使えない男性の方がジーノさんで、変態の男性の方が、そこにいるソウデンさんです』
アイマナがすごいことを言ってるが、幸いなことにメリーナにもソウデンにも、この無線は届いていない。
俺は二人には伝えないでおくことにした。
「さっさと行くぞ! ソウデン!」
「お任せください」
ソウデンは再び剣を抜く。それを正面に構え、つぶやくように唱える。
「【目的なき空旅】」
魔法が発動すると、俺とメリーナ、そしてソウデンが空へと浮き上がる。
そして風を切る速さで、目的地へ向けて飛行していく。




