No.050
「暴れるなよ? 普通の剣と違って、少し触れるだけで服も髪も燃えちまうからな」
レンジは下卑た笑みを浮かべ、メリーナに炎の剣を近づける。
「メリーナちゃん!」
「やめろ! なにしやがんだ!」
ロゼットとジーノが口々に叫ぶ。
だが、レンジは一瞥もくれない。奴は俺だけを睨みつけていた。
「ロゼット、ジーノ……ここはいいから、行け」
俺は冷静に、二人に指示を出した。
「ライライ……」
「いや、でもボス……」
ロゼットとジーノは、まだ戸惑っているようだ。
俺は二人をちらりと見てから、さらに一言だけ告げる。
「行け」
それでようやく二人は走って行った。
俺の目の前に残ったのはメリーナと、彼女を拘束する赤髪の男。そして、うなだれたまま動かない魔導ロボットだけになった。
俺は改めて、下品な笑顔を浮かべる男に話しかける。
「レンジ・レッドリング……さっき警告してやったことを忘れたのか?」
「そうだなァ……確かにお前がその気になりゃ、オレをぶっ殺せるかもなァ。けど、その前にこの女の顔を焼く暇くらいはあるんじゃねェか?」
俺は瞬時に魔法を発動させようとする。
だが――。
「おっと、待て待て。よく考えろよォ?」
レンジは炎で作られた剣を、さらにメリーナの顔に近づける。
俺は踏みとどまらざるを得なかった。
「ライ……わたしは大丈夫だから……」
メリーナは健気にもそう言うが、顔には大量の汗が滲んでいた。
……………………。
緊張感が場を支配する。
『センパイ、そろそろ政府に連絡した方がいいんじゃないですか?』
空気が張り詰める中、アイマナの声が耳の奥から聞こえてくる。
俺はそれに答えようとするが――。
「待てよ。ソイツはナシにしてもらおうか」
レンジに止められた。
そういえば、さっきこいつの前でアイマナと話したな。さすがに覚えてたか……。
「なんの話だ?」
「トボけんなよ。耳の奥に無線機でも仕込んでんだろ? 出して潰せ」
そう言いならが、レンジは炎の剣をメリーナの顔の前で動かす。
俺は耳の奥に仕込んでいたイヤーピースを引っ張り出し、目の前で握り潰してやった。
「これでいいか?」
「そんな睨むなよ。これは親切心なんだぜ? もし避難勧告が出たら、ウチの連中が暴れ回る手筈になってたからなァ」
「……なんのためにそんなバカなことをする?」
「街の奴らが全員無事に逃げたら、悲劇が薄まっちまうだろ。ゲハハッ」
奴は心底楽しそうに話していた。
その話が本当なら、迂闊に避難勧告も出せない。
俺の中で、かつてないほど集中力が研ぎ澄まされていく。
重要なのは、レンジがメリーナに攻撃を加える隙を与えないことだ。
そのためには、一瞬で奴の動きを奪ってしまえばいい。
狙うのは、奴が馬鹿みたいに気分良く話している時だ。
その瞬間なら、必ず隙ができる。
俺は覚悟を決めて、奴に話しかける。
「メリーナを放せ」
「ゲハハッ、その顔……ようやくマジになったみてェじゃん。やっぱりケンカはマジでやんねェとよ」
「くだらない話は聞き飽きた。死にたくないなら、メリーナを解放して今すぐ消えろ」
「おいおい、どこの世界に十三継王家の王族に命令する奴がいンだよ?」
「今さら俺が継王家のことを気にするとでも思ったか?」
「なら、気にさせてやるぜ。テメーを半殺しにして、目の前でこの女を嬲り殺しにしてなァ。ゲハハ――」
奴が高笑いを上げようとするタイミングを狙い――。
【雷園の鳥籠】
俺は魔法を使った。
一瞬の間に数十もの稲妻が生まれ、奴の上下左右から、その身体を貫く。
「ガゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ――」
レンジの全身が激しく痙攣する。
奴は立っていられず、地面に倒れ込んだ。
持っていた炎の長剣もその手を離れ、消えてしまう。
メリーナは奴から逃れ、俺の方に走ってくる。
「ライっ!」
飛びついてくるメリーナを、俺はしっかりと抱きしめた。
彼女の温もりを感じ、ふわりとした髪の毛にくすぐられる。
それだけで気が抜けそうなほど、ホッとした。
「ごめんなさい……わたし、自力で逃げられたはずなのに……身がすくんじゃって……」
メリーナも安心したのか、声が少し涙ぐんでいた。
しかし彼女が奴を恐がったのは、むしろ正解だ。
レンジ・レッドリングは、異常なほどの攻撃性と、なりふり構わない凶暴性を持った男だった。下手に動けば、本当に顔を焼かれていただろう。
「無事で何よりだよ」
「うん……全部ライのおかげよ。本当にすごいわ。わたしがダメージを受けない系統の魔法で助けてくれるなんて……。それも、あんなに簡単に魔法を使うんだもの……」
「今みたいな使い方は、他ではできないけどな」
メリーナ以外が人質だったら、一緒に痺れていただろうからな。
「やっぱりライは、わたしが恋する人ね……」
その言葉を、メリーナは噛み締めるように口にしていた。
すると少し離れたところから、かすれた声が聞こえてくる。
「くだらねェ……メロドラマはよそでやりやがれ……」
レンジは這いつくばったまま、顔だけをこちらに向けていた。
俺は奴を見下ろしながら声をかける。
「思ったよりも早く意識が戻ったな」
「テメェ……青スーツ……ゼッテーに許さねェからな……」
「俺を狙う分には好きにしろ。ただ、またメリーナに手を出した時は……」
「ゲハハッ……なんだってんだ……」
「レッドリング家を潰す」
俺は言葉に力を込め、はっきりと宣告した。
レンジは何も言い返してこない。悔しいのか、怒っているのか、ただ激しく歯軋りするだけだった。
俺は再びメリーナの方に向き直り、頼み事をする。
「メリーナの無線のイヤーピース、借りてもいいか?」
「えっ? その……わたしは大丈夫だけど……」
少し戸惑いながらも、メリーナはイヤーピースを渡してくれた。
俺はそれをつけ、すぐに無線の向こうに確認する。
「アイマナ、太古の魔獣はどうなった?」
『<ウミボウズ>は、まだニュールミナスの市街地には入ってません。街の南西に広がる山の中で、ロゼットさんたちが足止めしているところです』
「魔法は使ってないのか?」
『マナが止めました。ロゼットさんは火力をコントロールできないので、山火事になってしまうと思ったんです。先輩が来るまでは、足止めに徹するように指示しておきました』
「どのくらい持ちそうだ?」
『プリちゃんがだいぶ疲れてるので、そろそろマズイかと。もう少しで山を超えます。そうなったら、市民に発見される可能性も高まりますね』
「市民に通報されれば、避難勧告が出るな……」
俺がそうつぶやくと、またレンジが愉快そうに口を開く。
「ゲハハ……そうなりゃオレの勝ちだな……」
「勝ち? お前はここから動けないのにか?」
「ニュールミナスの人間が死にまくれば……大帝王の威光も陰るだろうよ。今回はそれで我慢しといてやる……」
「クズ野郎が」
もうこれ以上、こいつの相手をするのは無駄だ。
俺はメリーナと共にその場を後にしようとする。
だが、ふいに気配を感じ、後ろを振り返る。
そこには、一人の魔導ロボットが立っていた。
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