No.047
【反転逆転倍返し】
俺は即座に魔法を使う。
向かってきた火炎は、俺に触れる寸前で巻き戻り、さらに威力を増してレンジ・レッドリングに襲いかかった。
奴の身体が、巨大な炎の塊に包まれる。
燃え盛る火炎はレンジの姿を完全に覆い隠し、骨まで燃やし尽くすように思えたが。
「ゲハハハハハッ! マジかよ!」
炎の中から、レンジの笑いが聞こえてきた。
奴は熱がってもいないし、ダメージを受けている気配もない。
そして火炎が完全に収まり、赤い短髪の男が姿を現す。
予想はしていたが、まともに炎をくらったというのに、奴には少しも変わった様子が見えない。
それどころか、楽しそうに話しかけてくる。
「今のは無拍子魔法か? オレも昔話でしか聞いたことねーぞ?」
「だとしたらなんだ?」
「テメー、もしかしてGPAってやつか?」
「…………」
レンジの問いかけに、俺はなんの反応も示さなかった。
だが、それは返事をしているのに等しかった。
「だろうと思ったぜ。これで正体がバレちまったわけだが……どうするよ、青スーツ。テメーのヤサをぶっ壊しに行ってやろうか?」
赤髪の短髪男は、ふざけたようにベロを出し、俺のことを挑発してくる。
ここまで向こう見ずな奴は久しぶりだ。
「レッドリング家だけでGPAと対立するつもりか? 他の十三継王家は味方してくれないぞ」
「アァン? 試してみっか? ウチのバカどもは、どいつも血に飢えてっからな。全員死ぬまでヤッてやンぜ」
その言葉が嘘やハッタリでないことは、目を見ればわかる。
しかし、その子供っぽい挑発に乗るほど、俺も馬鹿じゃない。
「俺たちはそれほど暇じゃない」
「オレの相手をするのが時間のムダって言いてェのか? ナメンナよ! そう言ってビビってンだけだろ? こいよ、青スーツ!」
「なんでそこまでケンカしたがる?」
「生きてる証だからだろ!」
パンパンと、レンジが拳を叩きながら吠える。
さらにオレを手招きで挑発してくる。
これ以上の説得はムダか……。
俺は覚悟を決め、スーツの上着を脱ぎ捨てた。
「へッ、テメーもたいがいケンカ屋じゃねェか」
レンジが満足そうに笑う。
奴が飛びかかってきそうな気配を見せる。
だが、その前に突如としてメリーナが立ちはだかった。
「やめてください! 理由もないのに戦わないで!」
「あッ? なんだテメーは……」
レンジがまじまじとメリーナの顔を見つめる。
そこで奴は気づいたようだ。
「女ァ……テメー、サンダーブロンドか?」
「お初にお目にかかります。サンダーブロンド家のメリーナです」
「こいつはいいぜ! ゲハハハハハハハッ!」
メリーナの自己紹介を聞き、再びレンジがバカ笑いをする。
しかしその目は、獲物を見つけた肉食獣のように、ギラついていた。
レンジはサディスティックな笑顔を浮かべ、メリーナに言う。
「あったなァ。理由ってヤツが」
「えっ? 理由って?」
メリーナは訳がわからない様子で首を捻る。
俺はメリーナの腕を引き、背中に隠す。
だが、奴はすでに照準を定めていた。
「大帝王になりたいってンなら、ぶっ殺しとかねェとよ」
レンジが過激な言葉を吐き出す。
と同時に、耳の奥から声が聞こえてくる。
『センパイ、レンジ・レッドリングは|月間の栄光値獲得ランキングで4位に入っていた人物です。大帝王降臨会議でも立候補すると目されています』
「ああ……」
そんなことは初めから知っている。
ただ、レンジ・レッドリングは、思っていた以上に危険な人物のようだ。
「殺すって……どうして……」
メリーナが俺の背中で、怯えたようにつぶやく。
その言葉は、目の前にいる赤髪の男の耳にも届いたようだ。
「オレが大帝王になるために決まってんだろ!」
そう言うとレンジは、手のひらを俺たちに向ける。
即座に、無数の炎が飛礫のように襲いかかってくる。
【反転逆転倍返し】
俺はさっきと同じ魔法を使う。
向かってきた火炎の飛礫は俺に当たる前に反射し、レンジ・レッドリングに降り注いだ。
しかしさっきと同じく、奴自身はダメージを受けていない。
レンジはすぐに炎の中から姿を現した。
その燃えるような赤い髪も、長い裾の服も、少しも焼けていない。
ただ、それでも多少の精神的ダメージは与えられたようだ。
レンジは眉間の皺を深め、歯軋りしながら俺を睨みつけてくる。
「うぜェな、テメェ……。<無純系>の魔法か? まさか大帝王の手下じゃねぇだろうな?」
「GPAは十三継王家のどこにも与しない」
「だったら、そこの金髪はなんだァッ!? サンダーブロンドは十三継王家じゃねェってのか?」
「極秘事項だ」
「なるほどなァ……大帝王になるために邪魔なのは、シルバークラウンのジジイかと思ってたが、先にテメーらを消しとくべきだったぜ」
「なんの話をしてる?」
「極秘事項だァ。知りてェなら自分で調べろよ、スパイ野郎」
レンジが得意げに笑う。自分がされた嫌がらせを、やり返して喜んでるガキみたいだ。
実際そこまでヒントを出されたら、調べるのも苦労しないだろうが。
そう思っていたら、さっそくアイマナが声をかけてくる。
『センパイ、気になることがあります』
「なんだ?」
『魔獣の子に殺された被害者の情報を探ってたんですけど、どうも全員がグレイギア家の研究所に出入りしてたみたいなんです』
「グレイギア……?」
『十三継王家の中でも、シルバークラウン家と、グレイギア家は特に親しい関係にあります。魔導ロボットの開発でも協力してたみたいで……』
「どういう意味だ?」
『もしかしたら……魔獣の子に殺された5人は、全員が魔導ロボットだったのかもしれません』
「被害者が魔導ロボットだと?」
俺は思わずつぶやいてしまう。
すると、レンジがニヤリと笑った。
「スパイ仲間から教えてもらったみてェだな」
「いったい何をしたんだ?」
俺が尋ねると、奴は挑発するような笑顔で言うのだった。
「知ったら、生きては帰れねェぜ?」
ストン……。
ふいに、何かが砂に落ちた軽い音が聞こえてきた。
見ると、アランが地面に膝をついている。そして呆然とした表情を浮かべ、自分の両手を見つめていた。
「オレが殺したのは……人間じゃない……?」
そこにいたのは、絶望する一人の魔導ロボットだった。
その様子を見ながら、赤髪の男は楽しくてしかたないといった表情を浮かべていた。
『これは推測ですけど……おそらくフィラデル大帝王は、グレイギア家の協力を得て、人間のふりをした魔導ロボットを社会に潜ませていたんだと思います』
耳の奥からアイマナの声が聞こえてくる。
俺はその話を黙って聞いていた。
『彼らはフィラデル大帝王に都合のいい社会を作るために働いていました。それは当然、大帝王の選出にも大きな影響を与えます。もし、このことに他の候補者が気づけば……』
アイマナは最後まで言い切らなかったが、それで充分だった。
俺は目の前にいる赤い髪の男に聞く。
「お前が魔獣の子を操ってたのか?」
「礼はいらねェぜ? ジジイのセコイ工作を潰してやっただけだ」
「礼だと? そのために何人も殺したくせにか?」
「殺した? 誰が誰を殺したんだ? ガラクタ同士が勝手に潰し合っただけだろ」
レンジがそう言った瞬間、耳の奥から、かすかに息をのむ気配が伝わってきた。
アイマナだ。
あいつが悲しげに目を伏せてる姿が、脳裏に浮かんでくる。
「お前は野放しにしておくには危険すぎるな」
「どうしたァ? 急にヤル気になってンじゃねェか。ガラクタの知り合いでもいたのか? こんなものは、空き缶と変わんねェんだよ!」
言いながらレンジは、そばでへたり込むアランを思い切り蹴りつけた。
しかしアランはなんの反応も示さない。
その様子を見て、レンジは得意げに笑うのだった。
「ほらな。壊れてやがる!」
その瞬間――俺は魔法を発動させた。




