No.045
魔導ロボットが魔法を使うのは、理屈の上ではあり得ないことじゃない。だが、量産型が使うのを見るのは、俺も初めてだ。
『センパイ! 本当ですか? 魔獣の子が魔法を?』
「M-システムを監視してるんだからわかるだろ?」
『確かに魔法に値するほどの魔力量を検知してますけど……』
「まったく……こっちは魔法を使わないようにしてるってのにな」
愚痴っても仕方ない。今は奴を無力化するのが先だ。
ただ、そうは言っても簡単には近づけそうにない。
「【火炎の生誕祭】」
ゴオオオオォォォォォッ――。
アランが再び魔法を放った。奴を中心に、蛇のようにうねる火炎の渦が、縦横無尽に飛び回る。
「クソッ、威力の高い魔法をバカスカ使いやがって……」
幸い今のは避けるまでもなく外れたが、次はわからない。
この魔法は精密さに欠ける分、威力が高い。少しでも触れたら終わりだ。
「正気を失ったにしては悪くない戦法だ……」
アランの周りに纏わりつくように、火炎がうごめいている。
頭からは、火にかけたヤカンのように、蒸気が噴出し続けている。
このままだと攻撃する隙ができないな。
まあ、この老人と一緒じゃ、どっちみち俺が突っ込んでいくのは無理だが。
俺はプリたちの様子を窺う。
プリはメリーナを抱え、飛び回る火炎の渦から器用に逃げ回っていた。
すると、また俺の方にも火炎の渦が迫ってくる。
ゴオオオオォォォォォッ――。
「おっと」
俺はホシマチを抱え、大きく後ろに飛んだ。
かなりの熱を感じたが、どうにか避けられた。
と俺は思ったのだが――。
「ヒッ……あ、当たるところだ……。いや、当たったぞ! 額が火傷してる! き、きみ……この状況を改善できないなら、早く応援を呼びたまえ!」
とりあえずホシマチの音声はミュートにしておこう。
俺は火炎を避けながら、声を張り上げる。
「プリ! メリーナを寄こせ!」
それでプリは、俺の意図に気づいてくれたらしい。
「はいわね!」
プリはまだ距離があるところから、メリーナを思い切り放り投げた。
「イヤアアアアァァァァァッ!」
毎度お馴染みの絶叫と共に、メリーナが飛んでくる。
それを、俺はしっかりキャッチする。
「あっ! ライ……」
俺の顔を見るなり、メリーナが口をつぐんだ。
落ち着いてくれて何よりだ。
「えっと……これって……お姫様だっこ、ってやつよね?」
俺の腕の中で顔を真っ赤にするメリーナ。
本物のお姫様が何を言ってるんだか。
まあ、これで準備は万端だ。
と、プリが大声で呼びかけてくる。
「ライちゃん! プリが倒してくるのよぉ〜!!」
プリはすでに緊張感が抜けていた。
けど、油断だけはするなよ。
俺が一応声をかけておこうと思った瞬間――。
「死ねええぇぇ!! 【火炎の生誕祭】」
アランが明らかにプリを狙って魔法を放つ。
グゴオオオオオオオオォォォォォォォッ――。
放たれた魔法は、それまでとは比べ物にならないほどの威力だった。
集約された火炎の渦が、巨大な炎の竜巻となり、プリに襲いかかる。
「プリちゃんッ!!」
メリーナの叫び声が響いた時には、プリは炎の竜巻の中に飲み込まれ、姿が見えなくなっていた。
「ゲハハハハハハハハハハッ! やったぜ!」
アランが下品な笑い声をあげて喜んでいた。
おかしくなったとばかり思っていたが、まだそんな余裕があったのか。
しかし――。
炎が消えると、白煙の中からオレンジの髪の少女が現れる。
「効かないわねぇ」
体は元のサイズに戻っていたが、プリは火傷一つ負っていない。
不敵な笑みを浮かべながら、プリはそのままアランと距離を詰め、回し蹴りを食らわせる。
「――んぎゃ!」
吹っ飛び、昇降口の壁に激突するアラン。
奴はそのままうずくまり、動かなくなった。
「プリちゃん、すごい! でも、なんで? まともに魔法を受けたのに……」
メリーナはプリを褒めたと思ったら、すぐに首を捻り、俺に尋ねてきた。
「あいつは色々と特殊でな」
俺は彼女の疑問に簡潔に答えてやった。
それよりも、そろそろ抱きかかえてるメリーナを下ろしたいんだが……。
そう思ったところで、俺はアランが立ち上がろうとしているのに気づいた。
「プリ、そいつを拘束しろ!」
「わかったのよ!」
プリがアランに突っ込んでいく。
「ふざけんなあああぁぁぁ!」
アランは叫ぶと、うずくまった体勢から大きく跳ね上がる。
そうして屋上の高いフェンスを越え、空中へ飛び出した。
「待て!」
俺はメリーナをその場に下ろし、すぐにフェンスによじ登る。
そしてプリと並んで、下を覗き込んだ。
アランの姿を発見。
地上まで落下したかと思ったのだが、違っていた。
奴は、ビルの30階あたりの空中を移動している<魔導車>のボンネットに着地していたのだ。
「こっち側に<空速道路>があったのか……」
空中にある道は、魔導車専用の道路だ。その道には、多くの魔導車が連なっている。
そしてアランは、そこに並ぶ魔導車の上を次々に移動していく。
「このままじゃ逃げられるぞ」
俺がそうつぶやくと、プリがとんでもないことを言ってくる。
「ライちゃんも飛び降りるのよ!」
「できるか! 運よく着地できても、90階分の衝撃を受けたら俺でも死ぬわ!」
「魔法使うのよ」
「それは極力避けたいんだよ」
もう遅いだろうけどな……。
俺がそう思ったところで、タイミングよくアイマナの声が聞こえてきた。
『センパイ、セントラルホロタワー内の人間は避難してます。帝国魔法取締局の職員も、中にほとんど残ってません』
「それは、魔法を使ってもいいって知らせか?」
『いえ、今はビルの周りで様子を見ているみたいです。報道のヘリも向かってるみたいですね』
「引き続き、魔法は使うなっていう忠告か?」
『はい! お役に立ちましたか?』
確かに役には立ったが、なんでだろうか。感謝の言葉が見当たらない。
それにしても、下にいる野次馬の数が尋常じゃない。
カメラを向けてる人間も多数いるし、ここで目立つ動きをするのはまずそうだ。
しかしプリがそんなことを理解するはずもなく――。
「じゃあプリが飛ぶのよ」
一番、目立ちそうな提案をしてきた。
「ダメに決まってんだろ」
フェンスを越えようとするプリを、俺は慌てて止める。
ああだこうだ言ってる間に、アランは飛び石を移動するように魔導車の上を移動していく。
ここで姿を見失えば、二度と捕まらないかもしれない。
その時、すぐ側から強い風が吹きつけた。
そして下から黄色い魔導車がせり上がってくる。
その車は、俺たちの目の前で停まった。
「タクシー? プリが呼んでくれたのか?」
「たくしーってなにわね!」
絶対に違うな。
ということは――。
「ライライ、早く乗って!」
後部座席のドアが開き、中から赤い髪の女が呼びかけてくる。
「ロゼット……?」
よくよく車の中を見ると、紫色の髪の男が運転席でハンドルを握っていた。
「ジーノも来たのか!」
「お待たせしました、ボス! ちょいとヤボ用であったもんで」
そう言うと、ジーノはドヤ顔でウィンクしてきた。
イラッ。
なにカッコよく言ってるんだ? お前らに何があったのか、全部聞いてるんだからな。
などと、俺にも色々と言いたいことはあるが、今は後回しだ。
「メリーナ! 上がってこれるか?」
俺はフェンスの下にいるメリーナに呼びかける。
「うん! 大丈夫よ!」
メリーナはすぐに飛び上がり、俺の腕を掴んだ。
そして俺は彼女を引き上げると、そのままロゼットに渡す。
「こっちはオッケーよ、ライライ!」
メリーナが乗ってから、俺とプリもすぐに車に乗り込む。
「いいぞ、出せ!」
俺の号令で、ジーノが魔導車を発進させた。




