No.044
俺が奴の名を呼ぶと、そのキツネ顔が険しくなる。
「またお前らか……。離れろ! こいつを殺すぞ!」
「殺すつもりならとっくに殺してるだろ。その人をどうするつもりだ?」
俺の問いかけに、アランは答えない。怒りに満ちた顔で睨みつけてくる。
魔導ロボットにしては、随分と表情が豊かな奴だ。
いくら最近の魔導AIが進化してるといっても、ここまで感情を表現できる魔導ロボットは、他に一人しか知らない。
「き、きみ……助けてくれ!」
アランに捕まっている老人が怯えた表情で声をかけてきた。
俺はアランの様子を窺いつつ、老人に話しかける。
「あんたは?」
「ホシマチギアの社長だ……」
「あんたがホシマチさんか」
「オフィスにこの男がいきなり飛び込んできたんだ……。頼む……私は<グレイギア家>にも顔が利く。助けてくれれば、君の昇進は約束するぞ」
ホシマチは、十三継王家の名前を出して、助けを求めてくる。
どうやら警察とでも勘違いしたのだろう。残念ながらその程度のコネじゃ、俺を昇進させることは無理だ。
まあ、そんなものがなくても助けるつもりだけどさ。
「黙れ! グレイギア! 黙れ黙れ!」
突然アランが怒声を張り上げた。
その表情は苦しんでいるのか、痛みに耐えているのか、それとも怒りで爆発寸前なのか。複雑な感情が浮かんでいる。これが人間なら、正気を失う一歩手前ってところだ。
しかし、俺の問いかけには答えなかったくせに、グレイギアの名前に異常な反応を示すとは……やはりこいつの言動は妙だ。
「落ち着いて話そう」
俺はアランに向けて、冷静に呼びかけてみる。
だが、反応はなかった。奴は、見開いた目でこっちを睨みつけるだけだ。
こうやって説得するのも二回目だし、さすがに警戒されたか?
でも、こっちにはプリがいる。少しの隙を作れればいい。
俺がちらりと見ると、プリは真剣な顔で頷く。
さすがにこの状況では、すべきことを理解しているらしい。
むしろ心配なのは、メリーナの方だ。今にも剣を抜いて飛びかかっていきそうな気配を感じる。
俺は後ろ手で、メリーナに待機するよう伝えておいた。
それからアランに話しかける。
「可能な限り要求には応えるつもりだ。だから、その人は解放してくれないか?」
「お前は何者だ! なぜオレを邪魔する?」
今度は反応があった。会話は可能ということか。
「俺はしがない公務員だ。でも警察じゃないし、こう見えて融通が利くタイプだ」
「黙れ! 交渉などするつもりはない! オレは……オレは……意思だ! 意思がない! オレはオレの自由じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ――」
アランの言葉が途中からおかしくなった。
瞼の奥で、瞳が高速でグルグル回っている。
「操られてるな……」
俺は小声でつぶやく。それに対して、耳の奥から反応があった。
『魔獣の子がですか!? いったい誰に? 魔導ロボットを操るなんて、一流の技師でも難しいはずですよ』
「いや、これは――」
シュウウゥゥゥ――。
俺の言葉を遮り、アランから空気が漏れるような音が聞こえてきた。
見ると、奴の頭から白い煙が大量に噴出している。
まるでヤカンから湯気が上がるように。
「グアアアアァァァァ――! ヤメロヤメロヤメロヤメロッ!」
アランはホシマチを放り投げると、頭を抱えて叫ぶ。
その異常な光景に、俺も思わず固まってしまった。
「オレヲ熱スルナアアアアァァァァッ――」
耳をつんざくような声を上げ、アランが地面を殴る。何度も何度も殴り続ける。
そこで俺も遅ればせながら、決断する。
これ以上の様子見は不要だと。
「コロ……コロ……コロセエエエェェェッ!」
アランが雄叫びを上げ、地面に転がるホシマチに手を伸ばす。
「プリ!」
「わかってるわね!」
俺が声を上げた一瞬後には、プリはアランと距離を詰め、蹴りを浴びせる。
ドゴッ!
「ガハッ――」
アランは吹っ飛び、昇降口の中に消える。
その隙に、俺は急いでホシマチとプリの元へ駆け寄る。
「やったのか?」
俺が尋ねると、プリは小さく首を横に振った。
少し遅れて到着したメリーナが、さらにプリに尋ねる。
「捕まえに行かなくていいの?」
「腕でガードしてたわね」
プリの言葉どおり、アランはすぐに戻ってきた。
「ゴアアアァァァァァッ!」
奴が雄叫びを上げる。
その姿を睨みながら、俺はつぶやく。
「魔導ロボットがここまで頑丈だとは思わなかったな」
「今度は手加減しなかったのよ」
珍しくプリの言葉から真剣さが感じられる。
あなどれない敵だと本能的に察したようだ。
ただ、アランの魔導AIには、致命的な問題が起きているようだった。
「コココ、ココッ――コロコロ、コロコロッ――セコロセ……」
奴はすぐに襲ってくるわけではなかった。何かを話そうとしているようだ。
だが、言葉は途切れ途切れで、何を言いたいのかわかりづらい。
明らかに正常な状態ではないようだが……。
俺は、すぐ横でへたりこんでいる老人に聞いてみることにした。
「ホシマチさん、奴に何が起きてるかわかりますか?」
「わ、わからない……。そもそも私はエンジニアではないし、現場を離れて随分と経つんだ……」
「念のため聞くけど、あの状態は正常じゃないですよね?」
「もちろんだ。我が社の魔導ロボットは絶対に生物を傷つけないように造られている。魔導AIには三重の自己診断修復プログラムが搭載され、五段階ロックシステムによって、外部からのあらゆる変更を受け付けないようにしているんだ」
この状況でウソを言うわけがない。
というか、今の話ぶりからすると、アランがホシマチ製の魔導ロボットなのは間違いないようだ。
「すごいものを造ってるな。魔導兵器にでも転用するつもりか?」
俺が尋ねると、老人は大げさに首を横に振った。
「とんでもない! アレは確かにウチで造ったが、こんな機能は搭載していない。そもそも一定の衝撃を受ければ、スリープする設定になってるはずなんだ」
製造した会社でも予想外のことが起きている。
それなら、やはり俺の想像は正しいようだ。
「魔法だな」
俺がつぶやくと、隣の老人が即座に反応する。
「魔法!? 魔法で魔導ロボットを操ってるのか? そんなことができるなんて聞いたことがないぞ。ウチは、<グレイギア王立魔導研究所>の研究者を顧問に迎えて魔導開発をしてるんだ。魔導AIに魔法が干渉することなどあり得ない!」
「単なる研究者が、魔法のすべてを知ってるわけでもないだろ」
そう言ってはみたものの、こいつは結構まずいかもしれない。
と、俺が思った瞬間――。
「よけろ!」
「【火炎の生誕祭】」
俺はとっさにホシマチを抱えて横に飛ぶ。
同時に、プリもメリーナを抱えて、大きく飛んだ。
ゴオオオオォォォォォッ――。
俺たちがいた場所に、火炎の渦が降り注ぐ。
すさまじい轟音が耳を通り越して身体中を振動させる。
俺も遠くに飛んで避けたつもりだったが、火傷しそうなほどの熱を感じた。
炎が直撃した地面は黒く焦げ、鉄製のフェンスも一部が溶けている。
「量産型の魔導ロボットが魔法を使うのかよ……」




