No.043
ビルの周りには、大勢の野次馬が群れをなしていた。
彼らの視線の先に、ビルから噴き出す黒煙が見えた。ほとんど屋上に近い辺りだ。
さっきの揺れと音から察するに、何かが爆発したのだろう。
とりあえず俺は、現状をアイマナに伝えることにした。
「アイマナ、セントラルホロタワーで爆発が起きた。屋上付近のフロアだ」
『……確証はありませんが、それが魔獣の子の仕業だとすれば、狙いが推測できます』
「なんだ?」
『復讐です』
「誰に対して復讐するんだよ?」
『彼の生みの親であるホシマチギア社です』
これまでの被害者の共通点を考えると、あり得ない話ではない。
ただ、手口が違うのが気になる。
「奴の狙いは、魔導ロボットの社会進出を阻む者を消すことなんじゃないのか?」
『それはあくまで推測です。単に魔導ロボットの扱いが酷い人間に復讐したいだけなのかもしれません』
「ホシマチギアは魔導ロボットを造ったんだから、感謝してるんじゃないのか?」
『ホシマチギアは量産しただけです。いわば、世の中に可哀想な魔導ロボットを増やすことで、金儲けしてる会社です』
「その復讐として、社員を皆殺しにするってか?」
『いえ。恐らく狙いは、40年前に魔導ロボットの第一次量産計画を主導した人物。社長の<リック・ホシマチ>です』
「その社長さんもここにいるのか?」
『セントラルホロタワーは、80階から上がすべてホシマチギアのオフィスになっています。社長室は125階にありますが――』
と、そこまでアイマナが話した時だった。
ドガーンッ!!
ビルの上層階で爆発が起き、辺り一帯に轟音が響いた。
爆発したのは、さっきよりも上の階だ。
「また爆発が起きた。アイマナの予想が当たったかもしれないな」
『センパイ、急いでください!』
「急げって……まさか125階まで行けってのか? エレベーター止まってるんだぞ?」
『階段があるはずですよ!』
「俺は前に73階まで昇ったときに、二度と高層ビルの階段は使わないって決めたんだ」
『そんなこと言ってる場合ですか? さすがに帝国魔法取締局も出てきちゃいますよ』
アイマナの言っていることは正しい。
だが、125階まで階段で行くなんて嫌すぎる。
そもそも、時間がかかりすぎるのだ。
「というわけでプリ、出番だ」
俺は、横で退屈そうにしているオレンジ髪の少女に話しかけた。
「ふわぁ……そうなのわね〜?」
プリは退屈なんじゃなくて、眠いようだ。
でも、さっきあれだけ食べたんだから、もう少し働いてもらわないとな。
「あまり目立ちたくないが、今は非常事態だ。このビルの外壁を登っていく。プリ、あの煙が出てるところまで俺を背負っていってくれ」
「プリ、のぼるわね! ライちゃん、おんぶしていくのよ!」
もう少しごねるかと思ったが、聞き分けがよくて助かった。
「いくわね!」
プリが気合を入れる。
と、一瞬でプリの姿が変化する。
それまでのプリは、背中におぶるのがちょうどいいサイズだった。それが、あっという間に俺よりも背が高くなっていた。
「うえぇっ!? どういうこと? プリちゃんが大人に……」
プリの変化を目の当たりにし、メリーナは後ずさりするくらい驚いていた。
ただ、プリは大人になったわけじゃない。体の大きさを変えられるのは、彼女の特性の一つなのだ。
「というわけで、俺たちは魔獣の子を捕まえに行く。メリーナは安全な場所で待っていてくれ」
そう言って、俺はプリの背中に手をかける。
が、俺の服の裾を、メリーナが掴んで離さない。
「いやよ。わたしも一緒に行くわ。絶対に」
まあ、そう言うだろうと思ったけどさ……。
「俺は止めたからな」
そう言いながら、俺はプリの顔をちらりと見る。
すると、こっちもこっちで予想通りの回答が返ってくる。
「いいのよ! メリちゃんもプリの背中に乗るわね」
プリが問題ないと言うのなら、しかたない。
言い合いで時間を潰すのは、俺も御免だからな。
「プリ、頼んだぞ」
俺とメリーナはプリの背中にしがみつく。
と、次の瞬間――。
ビュンッ!
風を切る音が聞こえたと思ったら、もうプリは天高く飛び上がっていた。
眼下に、黒煙を噴き出すビルがある。
地面は遥か下。人は小さな点にしか見えなくて――。
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」
メリーナが絶叫していた。
だから言ったのに……。
もう何度も経験してるから、俺も予想してたさ。高いところに飛び上がったら、メリーナが叫ぶことくらいはな。
それはともかくとして、俺は背中越しにプリに声をかける。
「飛びすぎだぞ、プリ! あの煙が出てる階に行きたいんだよ」
「プリ、知ってるわね!」
そう言いながら、プリが着地したのはビルの屋上だった。
どうやらこの一角はヘリポートになっているらしい。
観光客はすでに避難させたのか、展望室の方にも人の姿は見当たらない。
「まあ屋上からなら、少し降りるだけで済むか」
「ライちゃん、プリやったわね!」
「ああ、プリはできる子だ」
「そうなのよ〜プリはできる子なのよ〜」
プリは上機嫌で、その場でクルクル回る。
普段とは違って、高身長の細身体型だと違和感があるな。
一方メリーナは、地獄のジェットコースターを味わったような顔で、地面にへたりこんでいた。
俺は彼女の顔を覗き込み、確認する。
「大丈夫か?」
「うぅ……うん……へ、へいき……」
「ここで少し休んでていいぞ。俺はちょっと下を見てくるから」
「ううん……わたしも一緒に――」
メリーナが言いかけた時だった。
ドガンッ!
激しい金属音とともに、屋上に繋がる非常口のドアが開かれた。
そこから、二つの人影が飛び出してくる。
一人は若い男。
もう一人は白髪で、白い髭をたくわえた身なりのいい老人だ。
若い男の方が、老人を無理やり引っ張っている。
老人の方は初めて見るが、若い男のキツネ顔には見覚えがあった。
「アラン……」




