No.042
プリがキツネ顔の男を吹っ飛ばした先にあった店は、ステーキハウスのようだった。
店舗内は竜巻でも通り過ぎたかのごとく荒れていた。
クローズ中で、客も店員もいなかったのは幸いだが。
肝心のアランの姿も見当たらない。
「逃がしたか……」
俺がつぶやくと、プリが申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「プリのせいわね?」
「プリは悪くない。奴が想定外に頑丈だったんだ」
俺たちは辺りの様子を調べてみることにした。
するとすぐにメリーナに呼ばれた。
「ねえ、ライ。ここにあるの……血よね?」
メリーナが指し示す床には、少量の血溜まりがあった。
それが、点々と店の奥の方へと続いている。
「恐らく奴のだな」
「魔導ロボットって血を流すの?」
「人間を目指して造られてるからな。内部の構造も可能な限り人間に近づけてるんだ」
血痕は店舗の裏口を抜け、廊下に続いていた。
俺たちはそれをたどって行くことにした。
そして行き着いたのは、エレベーターホールだった。
「ここで血が途切れてるな。エレベーターに乗ったのかもしれない」
「上か下か、どっちへ行ったのかしら?」
メリーナが疑問を口にする。しかしエレベーターは20基以上あり、上にも下にも稼働中だ。どれに乗ったのかまではわからない。
「ライちゃん、プリが探してくるのよ」
「手がかりナシで探し回るのは大変だ。このビルの中、もしくはビルの周辺で騒いでる声や、悲鳴みたいのは聞こえないか?」
「ほへぇ〜……」
プリは、ぼうっとした表情を浮かべ、周りを見回すような仕草をする。
そしてしばらくすると、大きくうなずいて言うのだった。
「聞こえないわね!」
「だとすると、探すのは難しいな。最悪、ビルを出て遠くに逃げた可能性もある」
俺がそう話すと、メリーナが慌てた口調で言う。
「逃がしたらダメよ! またさっきみたいに、誰かに危害を加えるかもしれないわ」
「もちろん放っておくつもりはない。ただ、奴が無差別に人間を襲うことはない気がする」
「どうしてわかるの?」
「誰でもいいから人間を傷つけたいというなら、すでにやってるはずだ。でも奴は、自分が犯人だとバレないように連続殺人をしていた。さっき女の子を人質に取ったのも、逃げるためだったからな」
「彼は、こっそり人を殺すってこと?」
「もちろん、次もそうするとは限らないけどな。ただ、奴には何かしらの目的があるように感じる」
俺がそんなふうに説明したところで、アイマナの声が聞こえてくる。
『もしかしたら、彼の狙いがわかるかもしれません』
「どういうことだ?」
『実はマナ、これまで魔獣の子に殺された被害者の共通点を独自に探ってたんです』
「被害者か……。俺はあんまり詳しくないな」
『これまで魔獣の子に殺されたのは5人。その人たちの職業ですけど……ニュース番組のコメンテーター、魔導ロボットの設計技師、ニュールミナス市議会議員、ファッションモデル、それに農家の方です』
「共通点があるようには思えないが……」
魔獣の子の事件については、警察からニュース番組まで、あらゆるところで分析されている。仮に被害者に共通点があれば、すでに特定されてそうな気もするが。
『共通点が見えないのは、魔獣の子が人間だと思われていたからです。でも彼が魔導ロボットだと考えれば、別の視点が得られます』
「そういえば、そのことを知ってるのはアイマナだけだったな」
『実はマナも、確信を持ったのはさっきですけどね。魔法も使わず、プリちゃんに本気で蹴られて動けるなんて、普通の人間じゃないですから』
アイマナがそう説明をすると、プリが俺の耳元まで口を寄せてくる。
そして、わりと大声で話し始めた。
「プリは手加減したわね!」
『そうだったんですか? でも遠くまで吹っ飛ばしたんですよね?』
「手加減しろって、いつもライちゃんに言われてるわね。プリは守ったのよ!」
『プリちゃん、偉いですね』
「プリ、偉いわね!」
プリが俺の耳元で喋り続けている。それも大声で。
「って、うるさいんだよ! 俺の耳元で喋らなくても、プリのイヤホンで声は拾えてるっつうの!」
俺は少しキレ気味に言ってやった。
しかし、プリはぼうっとした顔でうなずくのだった。
「ほへぇ〜……そうだったわね?」
ダメだ、こいつ。絶対にまた同じことをする。
もう俺は諦めの境地である。
それはともかくとして、アイマナから聞いていた話がまだ途中だ。
「アイマナ、被害者の共通点の続きを話してくれ」
『そうでした。被害者なんですけど、全員が魔導ロボットの社会進出にマイナスの影響を与えているんです』
「マイナスの影響ってなんだ?」
『ニュース番組のコメンテーターは、魔導ロボットの機能を制限することを主張していました。設計技師は、実際に魔導ロボットの機能を制限する措置を行っていました』
「だとすると、市議会議員は法整備に動いてたとか?」
『さすがセンパイですね。話す前からマナの考えてることが伝わっちゃってます』
アイマナはいつものように、いたずらな口調で俺を褒める。
その表情は見えないが、彼女はなんだか無理をしているような気がした。
「……アイマナ、大丈夫か?」
『はい。では続きです。4人目の被害者のファッションモデルは、自分たちの仕事が奪われるからと、魔導ロボットをすべて廃棄するよう主張していました』
「過激派ってやつだな。あとは……農家だったか?」
『彼は、大量の魔導ロボットを農業に従事させていたのですが、その性能が低くて使えないと、製造会社を訴えていました。一切休ませずに魔導ロボットを働かせていたようなので、故障して当然なんですけどね』
「そうなると、一連の殺人は、魔導ロボットが恨みを果たしてるってことなのか?」
『魔導ロボットにそんな感情はありませんよ。そもそも、魔導ロボット同士の仲間意識もないですから』
「それなら、なんでアイマナはそこに共通点を見出したんだ?」
『…………』
俺の問いかけに、アイマナが沈黙してしまう。
この会話はプリとメリーナも聞いていたので、二人も心配そうな顔で俺を見てくる。
「アイマナ、いったん本部に戻った方がいいか?」
俺はそう尋ねた。
すると無線の向こうから、小さなため息が聞こえる。
それに続けて、明るい声が聞こえてきた。
『センパイ、マナに会いたい気持ちはわかりますけど、途中でやめたら任務達成率100%が終わっちゃいますよ』
「こだわってるのはお前だけだよ。それに、これは正式に与えられた任務じゃない」
『じゃあ全部マナのためってことですか?』
「ああ、そうだな……」
『センパイ、マナのこと大好きなんですね』
アイマナが無線越しにとんでもないことを言ってくる。
俺はちらりと横を見てみた。
プリはあまり深く考えていないのか、ぼうっとした顔をしていた。
一方メリーナは、爽やかな笑顔を浮かべながら言うのだった。
「マナちゃんはわたしの恋のライバルだもんね!」
その言葉の奥に、前よりも含みを感じるのは俺の気のせいだろうか。
「アイマナ、後でちゃんと説明しておけよ」
『誰になんの説明をするんですか? 説明が必要な理由はなんですか?』
「……もういい。魔獣の子がどこへ行ったのか教えてくれ」
『もしマナの推測通りに魔獣の子が動いているのだとしたら――』
アイマナがそこまで話した時だった。
ドゴーンッ!
突然、上の方から轟音が聞こえてきた。
それと共に、ビル自体が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「爆発?」
「上層フロアよ!」
突然の異変に、エレベーターを待っていた人たちが、口々に不安を叫び始める。
そして、どうやらエレベーターも止まってしまったようだ。
「くそっ! エレベーターはダメだ!」
「階段のほうがいい!」
「なんかヤバいぞ! 早く逃げろ!」
人々はパニックになり、互いに怒鳴り合いながら走って行く。
その様子を見て、俺はメリーナとプリに声をかけた。
「俺たちもいったん外に出るぞ!」




