No.040
結局、俺たちはセントラルホロタワー内のスシ屋に入った。
もちろん俺は、入るまいと必死に抵抗した。しかしプリが、写真の男が見つかる予感がすると騒ぐのだ。
その上、最後の方はビルが倒壊するくらいの力で俺を引っ張るので、どうしようもなかった。
俺たちはスシ屋のカウンター席に三人並んで座る。俺の右にプリ、左にメリーナという配置だ。
ちょうど昼のピークを過ぎた時間帯で、店内に客はほとんどいなかった。
プリは慣れたもので、スシ屋の大将を相手に勝手に注文しまくっていた。そして、出されたそばから食べていく。
「ムグムグ……ふわぁ〜、やっぱりイワシが一番おいしいのよぉ〜」
「おっ、嬢ちゃん、イワシ好きとは、粋だね」
「プリ、イキわね!」
プリは、ねじり鉢巻をした威勢のいい大将と、すぐに意気投合していた。たぶん言葉の意味は理解していないだろうが……。
一方、メリーナは目の前に置かれた握りスシを見つめたまま、固まっていた。
俺は気になり、声をかける。
「もしかして生の魚は苦手だったか?」
「その……そういうことではないんだけど……」
「お腹がすいてないとか?」
「ううん。実は、この料理を食べたことがないの」
「なるほどな。でもまあ、無理に食べなくてもいいさ」
「違うのよ。食べたくないわけじゃなくて、食べ方がわからないというか……」
そう言って、メリーナはプリの方に視線を向ける。
プリは出された握りスシを手づかみで、どんどん口に放り込んでいた。
その光景を眺めているうちに、メリーナの顔には苦笑いが浮かぶ。
俺はなんとなくピンときたので、尋ねてみる。
「もしかして、手で食べるのが無理ってことか? それなら箸で食べたらどうだ?」
「ソレもほとんど使ったことがなくて……」
そいつは困ったな。
俺は一瞬、フォークでも用意してもらおうかと思ったが――。
「オレンジ髪の嬢ちゃん、次はサーモン、どうだい? 嬢ちゃんの髪とお揃いだぜ」
「まだサーモンは早いわね。もっとヒカリモンを食べるのよ!」
「カーっ! この嬢ちゃん、わけぇのに道理ってもんを理解してやがる! 気に入ったぜ! 最近は、スシの食い方もわからねぇバカばっかりでイラついてたからよ!」
プリとの会話を聞く限り、ここの大将はうるさいというか、ちょっとヤバそうな人だ。
フォークを要求するのは絶対にやめよう。
というか、さっさと店を出たい。
「うぅ……どうしよう……」
メリーナは目の前に置かれた握りスシと、にらめっこを続けている。
ネタはたぶんサバだと思うが……どうやって食べさせてやろうか。
俺はプリの方をちらりと見る。
視線に気づいたプリが、コテリと首を横に倒す。
「ライちゃん、なにわね?」
「ん……」
俺は視線でメリーナを見るように伝える。
それでプリもメリーナの様子に気づいた。
「メリちゃんのおスシもおいしそうわね……」
あとはプリがメリーナの目の前にあるスシを掠め取って、食べてしまえばいい。
そう期待していたのだが――。
「プリもサバ、食べるわね!」
「はいよ!」
プリは自ら注文してしまった。
くそっ……いくらプリといえど、頼めば欲しいものが出てくる場所で、人の食い物を奪うほどアホではなかったか……。
「あの……ライに相談があるんだけど……」
メリーナが泣き出しそうな顔で俺に声をかけてくる。
たかが食事にそこまで真剣にならなくてもいいのに……とは思うが。
「なんだ?」
「ライに食べさせてほしい」
メリーナの提案は、なかなか大胆なものだった。
その顔を見る限り、これまでのように甘えようとして言ってるわけじゃないことはわかる。
ただ、カウンターの向こうにいる大将がね……。
「おっ、どうしたい? 玉子みたいな頭の嬢ちゃんは。全然、進んでねぇじゃねぇか。まさかオイラのスシが気に入らなかったかい?」
スシ屋の大将がプレッシャーをかけてくる。
それに対して、メリーナは慌てて取り繕っていた。
「いえ、違うの! 初めてだから、もう少し見ていたいと思って……」
「おっ、そうだったのかい! じゃあ、こいつはサービスだ」
メリーナの前に、アジとイワシの握りスシが2貫ずつ追加された。
「うぅ……ライぃ……」
メリーナが半べそをかきながら、俺を見てくる。
助けてやりたいところだが、実は俺の方も問題を抱えているのだ。
『センパイ、ふざけてるんですか? マナは全部聞いてるんですよ? 仕事はどうなったんですか? 魔獣の子は? やる気あるんですか? センパイのマナに対する想いってその程度だったんですか? いくら魔導ロボットといえども、さすがにマナも落ち込みますよ?』
さっきからずっと、耳の奥でアイマナの呪詛が流れ続けている。
しかもタチが悪いのは、他の二人の無線は切って、俺にだけ恨み言を聴かせてくるところだ。
「……プリ、あとどれくらい食べるんだ?」
俺はバクバク食べ続けているプリに聞いてみる。真実を聞くのが恐くて、今までスルーしていたのだが。
「300はいけるわね!!」
その回答を聞いた瞬間、頭がクラっとした。
しかも悪いことに、大将はノリノリだ。
「よしきた、任せとけぃ! 300でも400でも、この店のネタが尽きるまで付き合ってやるぜ!」
そしてもう一方では――。
「ライぃ……ライぃ……」
メリーナが俺の腕を必死に引っ張ってくる。
そんなに自分を追い込まなくてもいいのに――。
『センパイ、マナは今日のことを死ぬまで忘れませんから。あっ、でもマナは魔導ロボットだから死なないんでした。魔力の供給があれば、半永久的に生きていられます。もちろんセンパイは、ずっとマナのそばにいてくれるんですよね?』
いや、追い込まれてるのはこっちの方か……。
俺がそんな八方塞がりの状態に陥っている時だった。
「へい、らっしゃい!」
新たな客が店に入ってくる。俺はその姿をちらりと確認した。
髪は茶色で、キツネ顔。作業着姿の若い男だ。
俺の記憶にはない。
そう思った直後――。
「生命の臭いがしないのよ」
プリが男の顔を見つめながら、はっきりと言った。
男がその場に凍りつく。
そして俺は、直感的に尋ねた。
「魔獣の子か?」
今度はあからさまに、男の表情が歪んだ。
次の瞬間、男は店を飛び出し、逃げ出した。
「追うぞ!」
俺は声をかけ、走り出そうとする。
しかし、メリーナとプリは動かない。
「えっと……まだ食べてないから……」
メリーナは目の前に置かれたスシを気にしているようだった。
「いいから来い!」
俺はメリーナにそう言い、さらにプリにも声をかける。
「プリ、メリーナの分も食べて、金払ってから追いかけてこい!」
「はいわね!」
そうして、俺とメリーナは先に店を飛び出した。
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