No.020
<ニュールミナス市郊外/旧工業地区>
市外の旧工業地区は、夜になると人の気配がなくなる。
稼働を停止した巨大な工場ばかりが立ち並び、虫の鳴き声さえほとんど聞こえてこない。
その工場の一つに、俺とメリーナは潜入した。
ここも長いあいだ稼働しておらず、敷地内の至る所が草木で覆われている。
俺たちは茂みに身を隠し、まずは目的の建物の様子を窺う。
「あそこに悪人が潜んでるの?」
明かりが漏れる窓を見ながら、メリーナが尋ねてくる。
「ああ。閉鎖された工場の倉庫なんて、いかにも悪人が好みそうな場所だ」
俺たちは今、とある違法取引の現場に踏み込もうとしている。
その犯人を捕まえ、メリーナに栄光値を稼がせるのが今回の目的だ。
こういう状況に慣れてないからか、メリーナは少し緊張した様子だ。
「中に突入するのよね? いつ?」
「まだだ。もう少し状況を把握したい」
今回はメリーナと二人きりで現場に来ている。なぜ二人きりかというと、ウチのチームには、隠密作戦に適した人材がいないからである。
とはいうものの、メリーナが向いているかといえば、そうでもなかった。
メリーナはとにかく外見が目立ちすぎる。
服装は黄色のワンピースドレスだし、金色の髪は長くて量も多いし……。
それに、暗がりにいると全身が淡い光に包まれるときがある。それは本人にも原理が不明らしく、抑えることができないそうだ。
「ライ、どうかしたの?」
メリーナが不思議そうな顔で尋ねてくる。
俺は無意識に、彼女をじっと見つめていたらしい。
「大丈夫だ。何も問題はない」
「ううん、そんなことはないでしょ? なにか考えてるみたいだったもの。もしかして、わたしのことを考えてくれてたの……?」
そう言って、少し照れたような笑顔を浮かべるメリーナ。
俺は返答に困ってしまう。
すると、そこにちょうどよく助け舟がやってきた。
『センパイ、建物内部の音声を拾えました』
アイマナの声だ。耳の奥のイヤーピースから聞こえてきた。
俺は渡りに船ということで、そっちに応える。
「内容は?」
『情報通り、栄光値の売買です。売っている人物は、<職業勇者>で、主に魔獣狩りを生業にしている<ロイ・スアレス>です』
「最近流行りの非公認のやつか」
俺はうんざりしてつぶやいた。
すると隣から、チョイチョイとメリーナが服を引っ張り尋ねてくる。
「<職業勇者>って、なんのこと?」
今回の任務では、メリーナにもイヤーピースをつけてもらい、アイマナの声が聞こえるようにしている。
その方が、スムーズに作戦を進められると思ったからだ。
ただ、メリーナは疑問に思ったことを放っておけない性格のため、多少の問題があった。
「魔獣狩りって? ロイ・スアレスって誰なの?」
メリーナが立て続けに質問してくる。
でも、俺はこういうのを説明するのが苦手なんだよな……。
と思っていたら、ありがたいことにアイマナの声が聞こえてくる。
『<職業勇者>というのは、十三継王家の認定を受けていない非公認の勇者のことです』
「勇者って許可制だったの?」
『はい。もっとも、十三継王家に認定された<公認勇者>は、勇者全体の1%もいませんけれど』
「そんなに少ないの? どうして?」
『十三継王家は、大勇者グランダメリスの子孫を名乗っており、その血族しか勇者として認めてこなかったのです。一方、長い歴史の中で、素晴らしい功績を残した人物は、大衆から勇者として讃えられてきました。そうして、<職業勇者>と呼ばれる非公認の勇者が生まれたのです』
「人々に認められてるなら、そっちのほうが勇者っぽいわね」
「もっとも現代では、<職業勇者>のほとんどは<自称勇者>に過ぎません。わざわざ人が住まない地域に出向いて、弱い魔獣狩りをして栄光値を稼ぐなど、それこそ生業として勇者をしている者が多いですね」
メリーナの疑問に、アイマナは律儀に付き合っていた。
ただ、このままずっと問答を続けられても困る。
「アイマナ、<勇者学>の講義は帰ってからだ。今は倉庫内の情報を優先してくれ。栄光値を売ってる奴はわかったが、買ってるのは誰なんだ?」
『買ってる人物は、王権党のベテラン議員<カリーニ・ロック>ですね』
「そろそろ選挙があるな……。それで手っ取り早く栄光値を買っちまおうってことか」
俺がつぶやくと、メリーナが再びチョイチョイと服を引っ張ってくる。
「そんなに重要なの? 栄光値って」
「…………」
俺は絶句してしまった。
嘘だよな? この国に住んでて、しかも十三継王家の跡取りなのに、そんなこともわかってないのか?
しかしメリーナになんて説明してやればいいのか。
俺は、なかなか言葉を見つけられずにいた。
すると、その気配を察したのか、耳の奥から声が聞こえてくる。
『人間の価値は栄光値によって決まる。そう言っても過言ではありません。進学も就職も結婚も、家の購入でさえも、まずチェックされるのは栄光値です。どれだけお金を稼いだところで、栄光値を持ってなければ、この国ではゴミクズのように扱われちゃいます』
「へー、そうなのね」
メリーナの口からは、おおよそ国の支配層とは思えない感想が聞こえてきた。
ここまで栄光値に無頓着な人間は、俺も初めて見たよ。
「おかげで誰もが、栄光値を集めることに必死になってる」
「栄光値って、人から買ってもいいの?」
「もちろん売買は違法だ。栄光値ってのは本来、その人間の社会貢献度によって、国から付与されるものだからな。ただ、自分の功績を国に申請する際に、別の人間がやったと偽ることは可能なんだよ」
「それって、たとえばライが泥棒を捕まえたのに、わたしが捕まえたことにする、みたいな感じかしら?」
「簡単に言えばそうだ」
実際、俺たちが今やっていることも似たようなものだ。
可能な限り、メリーナ自身の手で功績を上げさせたいが、いざとなれば……。
俺はすでに覚悟を固めていた。それを誰にも悟られないように、心の奥底にしまい込む。
メリーナの金色の瞳が、俺の目をじっと見つめてくる。彼女に見つめられると、考えていることが読まれているような気がしてくる。
しかし今回は、メリーナは別のことを考えていたらしい。
「栄光値の重要性はわかったわ。だけどソレがあっても、どうすることもできないこともあるわよね?」
「たとえばなんだ?」
「恋心とか」
なるほど、そうきたか……。
メリーナは自分で言っておきながら、顔を赤くしている。
全身を覆う金色の光も、なぜかどんどん輝きを増していく。
このままメリーナの話に付き合うと、またいつものパターンになりそうだ。
俺がそう思った時だった――。
パァンッ!
銃声が夜空に響いた。
そして間髪入れずに、男の怒鳴り声が聞こえてくる。
「侵入者だ! 茂みの奥にいる! そこの光ってるところだ!」
見張りの視界には入っていないはずなんだけどな……。
さすがにメリーナの光は計算外だ。
「ライ、どうしよう!?」
「いったん撤退だ!」
俺はメリーナの腕を引き、茂みの中を走りだした。




