No.100
シルバークラウン家の庭は、他のどの王宮よりも広い。その広大な空間にも、多くの人がひしめき合っている。
庭も至る所に装飾が施され、派手にライトアップされている。夜なのに、昼よりも明るいくらいだ。
そんな庭の片隅で、メリーナはロゼットと二人きりでベンチに座っていた。
さっきからロゼットがずっと励ましの言葉をかけているが、メリーナの反応は良くない。二連続で説得に失敗したことが、やはり尾を引いているようだ。
俺とアイマナは、モニター越しにその様子を見守っていた。
「メリーナさん、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃなくても、立ち直ってもらわないと困る」
「最近のセンパイ、メリーナさんに厳しくないですか?」
「……大帝王になるにしても、なった後でも、メリーナには困難が降りかかる。今の比じゃないくらいにな」
「もしかしてセンパイ……メリーナさんを突き放そうとしてるんですか?」
「独り立ちしてもらいたいだけだよ。次の大帝王が誰になるにせよ、俺たちはもう彼女のそばにはいられないんだからな」
「そっか……これって任務なんですよね……」
今はGPAが組織の体を成してないが、それでも俺たちがメリーナのそばに居続ける理由はなくなるのだ。
「いま言うことじゃないと思いますけど、センパイって残酷です」
「本当にいま言うことじゃない」
「マナがメリーナさんの立場なら、一生恨むと思います」
「だから記憶を消すんだよ」
「……残酷です」
それからしばらくの間、俺たちは黙ったままモニターを見つめていた。
すると、ふいに耳の奥から声が聞こえてくる。
『団長、ヴァン様のお時間が取れました。どちらへお連れしましょうか?』
ソウデンから連絡を受け、俺はメリーナたちの様子を窺う。
画面越しではあるが、メリーナも随分と回復したように見える。
「ちょうどよくメリーナたちが人気のない場所にいる。庭の南側だ。近くに趣味の悪い、銀色の噴水がある」
『では、15分後に』
ソウデンは簡潔に答える。
それを受け、俺はロゼットたちにも話しかけた。
「ロゼット、今のを聞いたな。メリーナに準備させてくれ。それと、ジーノ。メリーナとヴァンの会談が人目につかないようにしろ。特に、フィラデルの臣下は絶対に近づけるな」
俺の指示に、二人は黙ったままだったが、大きくうなずいていた。
◆◆◆
予定していた時間から遅れること10分ほど。
メリーナの前に、ソウデンと共に一人の男が現れる。
その姿は、継王とは思えないほど個性的だった。
背はメリーナよりも低く、顔も幼くて中性的。着ている服は黄緑色を基調とし、全体的にダボっとしている。式典の場とは思えないほどカジュアルな格好だ。クラブで踊ってるほうが似合ってるだろう。
しかし、間違いなくこの男が<ヴァン・シャルトルーズウィング>なのだ。
『へぇ〜、キミがメリーナさん?』
ヴァンは前置きも挨拶もなく、軽い口調で話しかける。
それに対して、メリーナは明らかに戸惑っていた。
『えっと……この度は貴重なお時間をいただき――』
『ああ、いいよいいよ。そういうのはさ。ボク、堅っ苦しいの大嫌いなんだよね〜』
「あっ、はい……すみません」
メリーナはあからさまに気圧されていた。
それを見かねたのか、ソウデンが助け舟を出した。
『ヴァン様。メリーナ様は、継王になられて日が浅いのです。どうか、お手柔らかに』
『うわー、ソウちゃんが他人を気づかってるとこ初めてみたわー。その優しさ、ボクにも発揮してくれない?』
『必要とあらば、いつでも』
『どうせ口ばっかじゃん。そんで、ダンチョーはどこにいんの?』
そう言いながら、ヴァンの視線がこちらに向けられる。モニター越しに、目が合った気がした。
「監視カメラで見てること、ソウデンさんが話したんでしょうか……」
アイマナが驚いた様子で尋ねてくる。
俺は静かにため息をついてから答える。
「ソウデンは、ウチのチームの一員だ。いくら幼馴染の継王だろうと、こっちの内情を話すことはない」
「じゃあ、あの方が勝手に気づいたってことですか?」
アイマナの質問には答えず、俺はマイクをオンにして語りかける。
「ソウデン。ヴァンには事情を伝えても構わない。それと、団長と呼ぶのはやめさせろ」
モニターの向こうで、ソウデンがヴァンに耳打ちする。
するとヴァンは、監視カメラに向かって、思いきり手を振ってくる。
『ダンチョー、聞いてる? せっかく会えると思ったのに、ガッカリだよ』
ヴァンはこっちの迷惑など考えず、好き勝手に振る舞っていた。
さすがに俺もイラッとして話しかける。
「ソウデン、今すぐやめさせろ。それで、さっさと要点だけメリーナと話させろ」
俺の怒りが少しでも伝わったのか、ソウデンは小さくうなずく。そしてすぐに、二人の継王に対して話し始める。
『今回、お二人を引き合わせたのは、一週間後の大帝王降臨会議で、シャルトルーズウィング継王のヴァン様に、サンダーブロンド継王のメリーナ様への支持をいただきたく――』
ソウデンは俺の要請通りに話を進めようとしていた。
しかしその途中で、ヴァンが割って入ってくる。
『いいって、メンドウな話はさぁ。要するに、メリーナさんに票を入れてあげればいいんでしょ? そうしたら、ボクはまたダンチョーと遊べるってこと。違う?』
『相違ございません』
ヴァンに聞かれ、ソウデンは力強くうなずいていた。
間違ってはいないが、なんか勝手に俺の未来が決められた気がしてモヤモヤする。
とはいえ、これで1票が手に入るなら安いもんか……。
『ありがとうございます!』
メリーナは大げさに頭を下げるが、ヴァンは大して気にしないといった感じで、背を向ける。
『そんな動きしたら、周りにバレちゃうよ〜』
最後まで軽い口調で言うと、ヴァンはソウデンと共に去っていった。
その後ろ姿を、メリーナは少しのあいだ見つめていた。
ヴァンの姿が完全に見えなくなると、メリーナは大きく息をつく。緊張が抜けたのだろう。ロゼットに支えられるようにして、再びベンチに腰を下ろした。
モニターで見守っていた俺たちも、大きく息を吐き出した。
「なんだか、こっちまで緊張しました」
アイマナもそう感じたらしい。俺も、画面越しだったのに、妙な重圧を受けた気分だ。
「あいつは、継王の中でも曲者中の曲者だからな。ある意味、一番まともな話ができない奴だ」
「兄たちを退けて、継王になっただけのことはありますね……」
2年ほど前。初めてソウデンと知り合った任務のことを、ふと思い出した。
正直、二度と関わりたくない相手だが、こうなってしまったらしかたない。
「とりあえず無事に済んでよかったよ」
「接触相手の予定を変更したと思ったら、ソウデンさんが密かに働きかけてたんですね」
「うまくいけばラッキーくらいの気持ちだったが、これで1票を獲得できた。メリーナの気分も、少しは楽になったはずだ」
「そうだといいんですけど……」
アイマナは視線を動かし、モニターを見るよう促してくる。
中央の大型モニターには、庭の片隅に座るメリーナとロゼットが映し出されている。
メリーナは、ぼうっとした様子で噴水を眺めていた。
「疲れてるみたいだな」
「自信をつけさせようとしたのはわかりますが、やはりあの方と対峙するのは大変ですよ」
「まあ次に会う予定の相手は、癒し系だからさ……」
俺がそう話したところで、ちょうど無線の向こうから呼びかけてくる声が聞こえた。
『ボス、オクサ・グリーンシード様を誘導できそうっす。メリーナ様のとこまでご案内しますか?』
「そうだな。オクサなら、中よりも外の方が良さそうだ。ロゼットも聞いてるだろ? 悪いが、メリーナを助けてやってくれ」
俺の指示に従い、モニターの向こうでそれぞれが慌ただしく動き出した。
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