案件97:サマードレス狩りを駆逐せよ!(通常営業)
バザールの指し合いはこれで一区切り。
今後も色々と小細工はあるが、結局は売れる商品をどれだけ事前に集められるかがこの勝負のキモなのだという。
ただ、それはあくまでバザールの取引画面の中だけでの決着。外側――実際のアウトランドではまだまだ事態が継続される。
サマードレス狩り。
この時期にこうした妨害が行われたのには意味があると、カサネは千夜子に語った。
現在のトレンドをいち早くプリンス・ドーターへと切り替えるため。
普通はこんなことをする必要はない。流行が切り替わるタイミングというのはだいたいいつも同じで、指し手たちはそれを見越した仕入れを行う。
指し手としては毎回同じパターンで需要が推移してくれた方が安泰だ。しかしオウミヤは今回自らそれを崩そうとしている。そこに彼の目論見と急所が同時にあるという。
「つまりな、それだけ多くの在庫をオウミヤは抱えてるっちゅうことなんよ」
通常の流行期間では捌き切れない量。だから一つ前の流行であるサマードレスから時間を奪って、そこで売り切ろうとしているのだ。次の流行が来てしまう前に。
それは今後も念入りなサマードレス狩りが続けられることを意味している。
せっかく手に入れたコスを、PKを恐れて着られないなんて、衣装購入に何時間でも悩む千夜子には認めがたいものだった。同じ気持ちの人はきっといっぱいいる。ようやく手に入った憧れのコス。それを着て外を歩く自分をどれだけ夢見たか。
指し合いなんて難しいことはわからない。何か方法はないか。彼女は考えた末、一つの結論を出した。
※
「へっへっへ、この地区でもオレたちのビジネスは成功だな」
「そうでヤンスね、部隊長」
荒事で知られるクラン〈ギガ=マンエン〉のサブリーダーとその太鼓持ちは、スカイグレイブ近辺の森のとば口で、仲間たちと共に早くも勝利宣言を交わしていた。
「やっぱ、数字が若い地区に比べて仕事がやりやすいぜ。番号十以上は昔やらかした連中の高飛び先なんて言われてたのが、今でも残ってんのかな」
「かもしれねぇでヤンスね。目をつけられたら数字の順に地区を降りていく。アウトローの鉄則でヤンス」
まだ十番以降の地区が増設されて間もない頃の話。プレイヤーの大多数は当然、一桁番号の地区に集中していた。そこで何か問題を起こし、地区にいられなくなった無法者が逃げ込んだ先が、まだ情報収集もおぼつかないヒヨッコばかりの新地区だったという。
そこで今度は器用に立ち回って一財産、あるいは一勢力築いたアウトローの話は枚挙にいとまがなく、部隊長の男が所属する〈ギガ=マンエン〉もそうした伝説に従い、第七地区からここ十七地区にやってきていた。
いきなり十も数字をぶっ飛ばしたのは、単にクラン長の思い付きだ。別にどこの地区だろうと移行コストに変わりはなかったので、ついていける者たちは誰も反対しなかった。
「第十地区以降は皆犯罪者」――そんなタチの悪い風説も今はなく、数字が大きい方がまあ新規が多いかな程度の認識。しかし、トップアイドル月折六花がいるこの地区は、第七地区と比べて明らかにヤワい、と部隊長の男は感じていた。
アイドルなんぞに現を抜かしているからだ。かつて“地区下り”をしていた先人たちが、ゲーム始めたての現地民をどんなふうに見たか、歴史を追体験しているような気がして、何だか面白かった。
「どいつもこいつも甘ェんだよ。スカグフのアウトランドってのはよォ……もっと荒野のウエスタンなんだよ!」
「殺伐でヤンス!」
あのオウミヤとかいう男もわかってなかった。クラン長が提示したこちらのやり方に早速ビビリ散らかしていた。コンサル料にはもっと目を剥かせてやったが。
悪知恵が働くフリはしているが、あの男はダメだ。腰抜けだ。だがそれがいい。踏み台にする相手は、大人しく踏まれていられる人間でないと。どこかでキレたり逆らったりするバカか勇気のあるヤツでは務まらないのだ。
「部隊長、そろそろグレイブ前に人が集まりだしたでヤンス」
「オウそうか。んで、未だにあのドレスを着てるバカはいるかなー?」
灌木に覆われた隠れ場所から、部隊長はグレイブ前――いわゆるライズ会場へと〈遠見〉のスキルを発動させた。ローグ職のごくありふれた技能だ。
すると、いる。特に目立つところに目立つバカどもが。
「ありゃあアイドルか……!」
ニチャァ……とそれを聞いた部隊員たちの顔が濡れ雑巾みたいな音を立てる。
「ステージもデフォルト、あのダンスもほぼ初期のものだ。今の状況も知らねえ初心者が、ヒラヒラのドレス着て呑気に踊ってるってこったな」
「さすが部隊長、こんな遠くからでも相手のレベルがわかるでヤンスか」
「オウ。オレもクラン長に拾われる前は、スナッチャーなんてチンケなプレイをしてたからな。……久しぶりにアイツらの曇り顔を拝んでやるか」
部隊長が舌なめずりをすると、太鼓持ちが慌てて、
「部隊長、部隊長! 舌なめずりをすると三流のすることだって言われちゃうでヤンスよ!」
「うるせえ、あまり他人の言葉を使うなよ。(頭が)弱く見えるぞ」
部隊長も言い返し、それからわずかの沈黙の後、
『わはははははは!』
と二人で大笑いした。上下関係があるように見えて二人は対等だった。ただ部隊の運用上、指揮系統の順番があるだけだ。
「そんじゃ今日もサマードレス狩り行っとくかぁ!」
『オオオオー!』
雄叫びの後、〈ギガ=マンエン〉の実行部隊はライズ会場に雪崩れ込んだ。
それはスナッチャーの趣味的な突撃と違い、明らかに統率の取れた動きだった。
狙うはサマードレスを着たプレイヤーのみ。隊が一つになって襲撃する。
全員がPKに特化した装備構成に、一撃必殺の大斧持ち。敵に一人二人できるヤツがいようと関係ない。たとえこちらが全滅しようと標的を狩り尽くせればそれでいい。
金も流行りもコスもデータも全部物理! 物理で対処できねえものはねえ!
「どけオラァ! 恐怖のサマードレス狩りだァ!」
大声で目的を喧伝する。サマードレスを着る者に死を。これが今の自分たちのタスク。これがどうバザールでの稼ぎに繋がるのかは知らない。そこはクラン長とオウミヤの領分だ。こっちは必要な仕事をするだけでいい。
「ウッヒャヒャ! アイドルの首を取るのは初めてでヤンス! どうせならエッッッな子を狙うでヤンスウウウウ!」
ダブルショートアックスという凶悪ないで立ちの太鼓持ちが、持ち前の俊足を生かしてライズステージへと迫った。
「あっ、あのヤロ……。へへっ、仕方ねえ。お楽しみは譲ってやるか!」
あの派手で煌びやかなステージが、粗野で乱雑な暴力に蹂躙される爽快感。相手が有名であればあるほど、その度合いは増大していく。その邪な感覚はリアルでは味わえない。やったら一瞬で捕まるし。
今回の相手は新人もいいところだが、新雪の踏み心地というのもまた味わい深い。自分のつけた靴跡を残したまま連中がこれから先のアイドル人生を送ることを想像すると、それなりにいい気分でいられる。
「オレにも一人くらいは残しておけよォ!」
大して期待もしていない声でそう呼びかけるのと同時に、太鼓持ちはステージの上へと勢いよく飛び上がった。後は斧を振り下ろせば、恐怖に顔を歪めたアイドルが一人、床に転がる。
そのはずだった。
ズヒューン……!
「なっ……!?」
太鼓持ちの眉間に光が通過した。
光線――攻撃だ。斧を振りかぶる態勢にあった太鼓持ちの体が、一瞬で力を失ったのがわかる。一撃。たった一撃でやられた!?
ズヒュズヒュズヒュズヒューン……!
「なああああッ!?」
しかし攻撃はそれだけは終わらなかった。
四方八方から押し寄せたレーザーが、まだ空中にある太鼓持ちの体を撃ち抜きまくったのだ。恐ろしく正確な狙い。いやそれ以上に……!
「残虐すぎんか!?」
「悪魔がいやがるのか……!?」
と、これらは仲間たちが思わず口走った動揺の言葉。
確かにここまで執拗な死体蹴りを見たのは部隊長も初めてだった。相当な恨みがないとここまではしない。
あるいは複数人からの攻撃がたまたま重なっただけか――そう思って周囲を見回すも、そこには奇妙なものが浮いているだけだった。二体の折り鶴、ソーサラービット。犯人はこれか? だとしてもこの異常な破壊力と攻撃性はどういうことか。
ここで部隊長は気づく。ステージの上で、一番エッッッッな体をしたアイドルがこちらをにらみつけていることに。迫力はまったくないが、しかし直感が告げている。このソーサラービットの主はあいつだと。
「何でアイドル職ごときが……?」
続いて発砲音が周囲で鳴り響いた。咄嗟に防御態勢を取るも、悲鳴は自分以外から上がった。
襲撃部隊の仲間たちだ。律義に全員がヘッドショットされている。誰だ、誰にやられている。
人ごみの中を白いドレスが俊敏な魚のように動いているのが見えた。あれもステージの上にいたアイドルの一人か? いやしかし、あんな素早い動きの中で正確に頭を狙うなんて、非戦闘職にできるわけが……。
「これはまさか……」
ある考えが頭をよぎったところに、ステージからズザザザザザと盛大に地面を滑ってくる影があった。
標的のサマードレスを着ていることから、アイドルの最後の一人――センターにいたヤツだとすぐにわかった。問題は、そいつが物々しい大剣を携え、腕を後ろへ引き絞る突きの構えを取っていることだ。
「サマードレス狩りの人ですね?」
滑り寄る動きの中で、彼女は聞いてきた。
そうだと返す間もなく。
「殺らせていただきます」
味わったこともない威力の突きが全身を撃ち抜いた。
「ぐおぇ!?」
後方へと吹っ飛ばされる中、部隊長は自らのライフバーを見てさらに度肝を抜かれた。
たった一撃でHPの七割が消し飛んでいる。PK仕様の強固な防御でだ。
あの剣は――時代遅れのガローラだった。しかしこのデタラメな威力は何だ。現環境でも余裕で通じるじゃねえか。一体どんな狂人が作り上げたモンだ!?
「グッ……やはり傭兵を雇いやがったな……!」
アイドルに変装していたのだ。だからまともにカスタムもしてないヘボステージにヘボダンスだったのだ。油断した。まさかここまで“裏の流儀”に精通している女プレイヤーが地区にいるとは――。
「傭兵じゃありませえええええん!」
「ゲエッ!?」
ガローラ使いが走って追ってきていた。水平に吹っ飛んでいる最中のこちらをだ。
古の狼を象った剣が、振りかぶられる。ま、まさか、追撃するつもりか? ドラゴンボールみたいに!
「わたしたちは〈ワンダーライズ〉! れっきとしたアイドル! です!」
「ウソつけ、おまえらみたいなアイドルがいてたまるかあああああ!」
部隊長は受け身を取ろうと必死にもがいた。が、体はまだダメージモーションの中にあって、こちらの操作をろくに受け付けない。
このままじゃモロに追撃を食らう。ふざけんな、こんなのハメじゃねえか。いくら相手が大剣で、初撃を無防備な状態で食らっちまったからって、こんなやり方ウチのシマじゃノーカン――。
グワッシャ!!
目の前が真っ赤になると同時に直角に地面に叩き落とされ、部隊長はアバターのほぼすべての操作権を失った。
※
「サマードレスの需要が、ちょっと回復しとる……?」
その日、サポートマスコットのエチゴヤが持ってきた新情報を見て、店番をしていたカサネは目を丸くした。
一旦下火になったコスチュームの売れ行きは良くて現状維持、また上向くなどあり得ない。それが目に見えて回復していた。
「原因はこれだと思われます!」
長く相棒を務めてくれているエチゴヤは、彼自身も深く学習しているのか、すでに理由を突き止めてくれていた。差し出されたジャーナルの見出しは、
『ほぼドレスパーティ!〈ワンダーライズ〉のステージ前に、ハイランド・サマードレスを着たプレイヤー集まる』
「こ、これは……!」
記事によると、サマードレス狩りの実行犯を壊滅させた〈ワンダーライズ〉のステージ前に、「ここなら安心」とばかりにサマードレスを着た女の子たちが集結してきているという。
イトたちはシンカーとしてグレイブに潜ることもないので、ダンジョンの入り口前は常に安全地帯。正しく地獄の番犬と化して、周囲に睨みを利かせているとか。
珍しくチョコちゃんこと飯塚千夜子さんが同紙にメッセージを送ってくれた、と記事は続く。
――着たいコスが着られる時期は、すぐに来るはずですから。みんな、好きな服を諦めないでください――。
「千夜子ちゃん……」
ドレスパーティはこの子が発案したのだ、とカサネはすぐに気づいた。彼女の情熱は本物で、そして純粋だ。バザールのポータル前で見かけた時から、それは疑いようもないことだった。
やってくれた。あんな控えめで引っ込み思案な彼女が。
――今、お金がなくてサマードレスが手に入らない人も大丈夫です。そのうち多分、今よりきっと安く手に入ると思います。多分、三割引き。そう三割引きくらいで――。
「うぐぅ!」
こ、これは……。これは違う。読者へのメッセージに見せかけて明確にこちらに訴えてきている。需要を回復してやったんだから、その分くらい割り引けと。
「お金の恩はお金で返す……。それ、指し手の掟なんよ千夜子ちゃん。これ無視したら、うちバザール中の笑いもんやんかぁ~。あの子、やりおる……!」
しかしカサネは、自然と笑みがこぼれる自分に気づいた。
「こう言えば、うちがそうしてくれると思たんやろなぁ」
信じてくれた、というべきか。
千夜子は指し手の掟なんて知らない。これは狡猾な取引というより、情に訴えかける内容だ。この記事を見なかったことにして利益だけ頂くこともできる。しかし、そうはしないだろうと信用してくれた。
これについて千夜子には何の得もない。恩恵を得るのは同じコスチュームを愛好する同志だけ。彼女はそれを一番に望んだ。
「ほんにええ子やねぇ、あの子」
見知らぬ誰かを愛せるのは、まわりから愛されている証拠。
それでいて人並みに猜疑心もあり、不満もある。真っ直ぐいい子に育ったのではなく、それなりに紆余曲折あって今の形になった。こういう子はいい。いくつかの選択肢の中で優しい答えを選べる子は、本当に強くて優しい子になる。
「こんな子がうちのそばにもいてくれたら、指し手なんてけったいな仕事せんと、まだ表で楽しくやれてたんかなぁ……」
かつてのほろ苦い思い出はしかし、記事に映った千夜子の手首に巻かれた飾り紐で、あっという間に解けていった。案件の期間はとっくに過ぎたのに、彼女はまだそれを身に着けてくれている。
(あぁ、可愛いなぁ……)
その時、とくんと跳ねた心音に、それまでとは違う音色を聞き取ったカサネは、自分でも驚くほどに狼狽えていた。
「えっ、あっ、ホンマ?」
思わず頬に手を当てると、じんわりと熱い。
「いやいやアカンやろ、うち。え、ホンマに? 待って待って、うち大学生やろ。あの子はまだ高校生やし、アイドルやし、それに他にもう仲いい子が……いやそれでも……。わぁぁ、やっぱりアカンてぇ~……」
どんどん火照っていく頬を押さえながら、カサネは一人、帳場の中で身を悶えさせた。
チョコちゃんも嫉妬ビーム撃ってる場合じゃないですねえ。
※お知らせ
再開は10月6日と言ったのですが、9月の諸事情が早めに終わったのと、10月にまた別の諸事情が入ったので、それまでの間、短いですが投稿させていただきます。11月と12月にもちょこちょこ投稿できない時期があり、更新が飛び飛びになってしまいますが、よければどうぞお付き合いください。




