案件5:ダンジョン撮影会を生き延びろ!
すんませんオチまで入れたらすごく長くなっちゃった……
「えええええええ」
イトは途方に暮れていた。
SS撮影に最適と言われる噂のスカイグレイブ〈蛍火の魔術師〉。
空に浮く洞窟内に作られた墓で、内部は特殊な燐光を放つ岩壁のおかげでアイテムのランタンなしでも物が見える。
デンジャーランクはD。シーズン1から実装されている、もはや新規プレイヤーでも立ち寄らないほど掘って掘って掘り尽くされた低難易度空墓。
何かしら新発見がない限り人がよりつくことのない、まごうことなき過疎ダンジョンのはずが――。
「すっごい人だかり……」
「大盛況だのう」
千夜子と烙奈が唖然とした顔で言う通り、黄昏色の洞窟はシンカーたちでごった返していた。
しかも、いずれも綺麗で可愛らしい少女ばかり。
一目でわかる。みんなアイドルだ。
「ど、どうして……。わたしのマル秘情報がこんなに知れ渡ってるなんて。まさかスーパーハカー!?」
「ギクゥ!」
「ま、考えることは皆一緒ということだな。で、千夜子は今何でうろたえたのだ?」
イトたちが戸惑っているうちにも、アイドルたちは真剣な顔で活動していた。
何やら手元に画像データを表示させながら、周辺地形を探っている。
「あれは一体……?」
「イトちゃん、これ!」
千夜子が見せてくれたのは、とあるSS勢からの投稿だった。
SS勢とは、冒険よりも自分のアバターを撮影しまくることをメイン活動としたプレイヤーだ。しかし、気になるアクセサリーやコスチュームがスカイグレイブ内部で発見されれば、レベル不足も顧みずに探索に乗り出す、ある意味普通のシンカーよりも向こう見ずな人々だったりする。
見せられたSSのアバターは、確かに可愛い女性アバターだった。
スカグフのキャラメイクは、実際の自分の姿をベースとして各パラメータをいじっていくことになる。元になった女性も美人だったことがうかがえる。
しかしそれより目を引くのは、キャラクターを取り巻く神秘的な雰囲気だ。ダークなイエローを基調としつつ、けれども顔にはしっかりと光を当てられていて、見栄えの良さと幽玄さを両立している。
暗さは写真写りの敵だ。どんなに美しい顔も、暗く、血の気が引いて見えれば大抵の美的感覚からはズレる。しかしこの一枚は、そんな陰影さえ味方につけていた。構図からコスまで計算され尽くしたものに違いないのに、そこにわざとらしさはない。
奇跡の一枚。正にその名に相応しいSS。
「や、やる……! この人相当にやってる!」
「見事な一枚であるな」
イトは烙奈と揃って声を上げた。
「これは本当に加工されておらぬのか? 編集も何もなしに、ここまで綺麗に撮れるものかの?」
「アプリを使ってのSSの加工は基本NGです烙奈ちゃん。ゲーム内のフォト機能だけで完結していることが暗黙の了解。わたしたちが手を加えられるのは撮影前の環境のみですッ……!」
たとえそれがどんなに小さな修正であっても、スカグフのAIは見逃さない。投稿フォームのサムネイルに、修正があることを示すアイコンを点灯させられてしまう。それはそれで作品の一つとして受け入れられることはあるが、SSとしての価値は低くなる。
「つまり、皆がこれと同じものを撮ろうと集まってしまったわけか。しかしこれでは、どれも似たようなSSばかりになってしまうな」
「でっ、でも今さら別のところなんて探せませんし……」
集まったアイドルたちの表情はいずれも真剣だ。空気もどこかピリリと引き締まっている。ここで地の利を譲ってしまったら、彼女たちに勝てるSSを撮れる見込みはない。
イトたちが次の行動を決めあぐねていた、その時だ。
「イトちゃん」
イトに電流走る。
背後から春風が奏でるような声。振り返りながら口が勝手にそのプロフィールを叫ぶ。
「その声は我が事務所が誇るトップアイドルユニット〈サニークラウン〉のリーダー月折六花ちゃん十六歳身長157センチ体重社外秘スリーサイズは上から順に84、58、86、趣味は猫の写真撮影好きな食べ物は歌舞伎揚げとパフェ最近出版された写真集はデジタルアート版と合わせて近年では異例の――」
「ストップ! 待って! わたしの名前もう通り過ぎた!」
「どこで!?」
「月折六花のところ! 月折六花です、お疲れ様です!」
ズバーと頭を下げられて、イトはオタク特有の早口からハッと我に返った。
「お、お疲れ様です先輩!」
慌てて頭を下げ、一秒。
二人同時に顔を上げて、お互いぱあっと笑顔になる。
「六花ちゃん!」
「イトちゃんっ」
近かった距離をさらに縮めると、イトは六花と手のひらを合わせるようにして握り合った。
月折六花。第十七地区が生んだ天使。
幼さと健全な色香を醸す蕾のようなショートボブ。上はライズの時と同じSF風和装だが、オフなためか下はフェミニンな袴スカートだ。しなやかかつスラリとした長い足が、ショートソックスに届くまで惜しみなく光り輝いている。
(はあああああああああ? 何だこの娘!?)
互いの指の隙間に指を入れ合いながら、イトの頭は暗黒に囚われた。
(イカンでしょこの手……。まるでショートケーキを握ってるみたいだ! こ、このままでは捕まる。この娘はわたしに罪を犯させにきている……し、しかし気取られるわけには……!)
イトは鋼の営業スマイルでそれを完璧に覆い隠した。
「こんなところで会えるなんて奇遇ですねっ! どうしてここに? それと懲役何年?」
「ちょ、懲役……? え、ええとここにはね、SSを撮りに来てるんだ。ほら、今公式でコンテストやってるでしょ。奇跡の一枚の……」
「ほう。貴女もであったか」
説明を受けて、烙奈が横から声をかけてきた。
「あっ、草景さん、飯塚さんも、お疲れ様です」
「うむお疲れ様。しかし、我が社のトップアイドルにそうかしこまられては立つ瀬がないな」
「ふ、二人とも別の意味で堂々としすぎだよ……。お疲れ様です月折さん……!」
烙奈と千夜子が揃って挨拶する。皆、同世代だが、アイドルとしては六花の方がキャリアは長い。人気は言わずもがな。そうした意味でも圧倒的に上の立場のはずだが、六花が先輩風を吹かすことは一度もなかった。むしろ友達のように接してくれている。
「ほ、他のメンバーの方も一緒ですか?」
イトはソワソワしながらたずねた。〈サニークラウン〉は三人ユニットだ。無論、他二人の人気もバリモリ高い。というか特別。すると六花は少し慌てた様子で、
「う、ううん。実はもうユニットとしての撮影は終わってるの。わたしがここに来てるのはその、単なる趣味……」
「そうだったんですねっ! じゃ、じゃあ後でわたくしめと一緒にツーショットなど撮っていただけませんか……!? 一生の宝といたしますので……」
「! こっ、こちらこそよろしくお願いします! 是非!」
六花が嬉しそうにうなずいてくれたので、イトはさらなる感動に打ち震えた。
下っ端アイドルにもこの天使のような対応。裏表のあるアイドルは確かに存在するが、彼女の場合は違う。全方位全時間全環境アイドル。つまり、無敵だ。
彼女が同じ事務所で、そして彼女が全グレイブアイドルたちの目標で、本当によかったとイトは思う。
「あ、あの〈ヴァンダライズ〉のイトさんですよね?」
と。
ふと背後から呼びかけられて、イトは振り返った。
さっきまで撮影をしていたアイドルの一人が緊張した面持ちで立っている。よく見れば、まわりのアイドルたちの視線もいつの間にかこちらに一点集中だ。
見たことはあっても知らない人たちの顔。他の事務所だったり、あるいは純粋にアイドル職をやっている一般のプレイヤーたちだ。
月折六花の知名度は真昼の太陽よりも高い。そんな彼女が場にいれば注目されるのも当然かと思ったが、呼びかけは確かに自分に向けてだった。イトはきょとんとして、「はい」と答えてしまう。ユニット名が間違われていることも忘れて。
「やっぱり! あ、あの、この前はありがとうございました!」
「フォッ!?」
いきなり手を取られ、キラッキラの目を向けられ、イトは鼻白んだ。
「ライズ会場にスナッチャーたちがなだれ込んで来て……その時わたし、怖くて逃げることもできなかったんです。でも、その時イトさんが相手のボスをやっつけてくれて」
「あっ、ああー。そうだったんですね!」
どれのことだろ? イトは本気で悩んだが答えは出ず、ただ温かい少女の手をしっかりと両手で握り返す。
「いつか必ずちゃんとお礼を言おうって思ってたんです。本当にありがとうございました!」
同じユニットの仲間だろう。近くにいた二人のアイドルも一緒になって頭を下げてくる。
「いっ、いえいえ、どういたしまして。皆さんが無事で本当に良かったです。これからもライズ頑張ってくださいね!」
「はっ、はい!! あ、あのう、それで、もしよかったらなんですけど、一緒にSS撮ってもらえたら、なんて……」
「あ、うちらとも!」
「こっちともお願いできませんか!?」
「え、ええええ……」
突然の引く手あまたに、イトの顔はたちまちニヤケ溶けていった。どっちを向いてもこちらを見つめる美少女ばかり。理想の地、シャングリラはここにあった……。
しかし。
「イ、イトちゃん」
きゅっ。
「うっ!」
六花がレザードレスアーマーの袖をおずおずとつまんでくる。
「イトちゃん?<〇><〇>」
ぎゅっ。
「びゃう!」
千夜子がお尻をつねってくる。
「イト」
最後に烙奈からの釘を刺すような重い一声。
「ひゃいいい……」
三方向からの聖なる力により、イトはたちまち邪悪な思考を封印された。
「ご、ごめんなさい。ちょっとこの後大事な用事があって……。SSはまた次の機会にお願いしますゥゥ……」
「あぁ、残念です……」
アイドルたちは本当に残念そうに解散していった。
しかし、仲間からの制止は何よりも正しい。ここは本来、長居していい場所ではないのだ。
その潜在的な危険はすぐに現実のものとなった。
「キャアア! モンスター! モンスターが出たよ!」
突然、洞窟奥から悲鳴が上がった。人の多いポイントを避け、先まで進んでいたアイドルたちが泡を食って逃げ戻ってくる。
後ろに巨大なナメクジを引き連れて。
洞窟内はたちまち悲鳴の乱反射に埋め尽くされた。
「キャアアア! マジキモイ! マジで無理!」
「捕まったらヌメヌメにされちゃう!」
「塩! 塩で倒せる!? アイテム欄になぜか食卓塩あるんだけど!」
「あのサイズにそんなの効くわけないでしょ!」
アイドルは基本、非力だ。支援特化職というだけでなく、まずまともな冒険用の装備を持っていない。グレイブ探索をする必要がないからだ。ダンスは、キャラ育成報酬よりも高性能なものが揃っているハイレベルガチャで手に入れることが大半なため、レベル上げが進んでいる者も少ない。モンスター戦の知識も乏しい。
ここは腐っても空墓〈蛍火の魔術師〉。
ダンジョンにはモンスターがいる。そしてアイドルはモンスターに弱い。だから一度でもエンカウントしてしまえば、それは大惨事を意味するのだ。
「大変、イトちゃん、早く逃げないと!」
各種悲鳴が飛び交う中、六花が手を握って叫んでくる。
その判断は、さっきイトを諫めたのと同様に正しい。
しかし。
「いいえ六花ちゃん! 奇跡の一枚を撮るためにも、ここは退けません!」
イトは六花の手をしっかりと握り返すと、ぐっと彼女を引き寄せるようにして言い切った。
アイドルは戦わない。アイドルの戦いは、自分を自分史上一番輝かせること。それならこれはモンスターとの戦いではなく、自分との戦いだ。だから退けない。
その熱意が届いたのかどうなのか、目を見開いた六花の顔が、ぽおっと赤くなる。
「モンスターは一体だけ! みんな! わたしもアバターのレベルは全然低いですけど、こっちにはこれだけ味方がいるんですから何とかなります! 力を貸してください!」
『!!』
慌てふためいていたアイドルたちが一斉にこちらを見た。
「初期武器でも何でもいいですから、全員で攻撃です! わたしに続いてください!」
デジタルなエフェクトと同時に発生したバスターソードを掲げてみせると、少女たちはうなずき、次々に手元に武器を出現させた。スカグフに素手という装備状態はない。たとえ素寒貧になっても非売品の初期装備が必ずある。
「いきますよ、全力攻撃いいいいい!!」
「うおおおおアイドルをなめるなー!」
「しねぇ!」
イトを先頭に、アイドルたちが躍りかかる。
叩きつけた際にイトの体が浮くほどのバスターソードの一撃でも、表示されるダメージはわずか3。相手のライフを100分の1も削れていない。ナメクジよりもクソザコナメクジだが、それでもこちらには手数があった。
ナメクジ本体が、ポップする1のダメージ表記で埋もれるほどの集中攻撃。当初は及び腰だった六花も美麗なサーベルで参加してくれて、袋叩きにあったモンスターのライフバーは底が抜けた勢いで低下。ついには本体ごと盛大に弾け飛ぶ。
「ふぎゃー!」
最後の一撃。大上段からのバスターソード振り下ろしを食らわせたイトに、不幸にも破裂したナメクジの粘液が盛大に降りかかった。
「イトちゃん! 大変!」
六花が大慌てで駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫です。これ、単なるエフェクトですから。すぐに消えます」
「でも、こんなにヌルヌルになっちゃって……。こんなに……」
「あはは、大丈夫ですから。ちょっと気持ち悪いですけど」
「ヌルヌル……イトちゃんが……ヌルヌル……」
「……ん?」
イトは六花の様子が少しおかしいことに気づく。
彼女は何やらこちらのヌルヌルになった手をしっかり握りながら、瞳に妖しい光を灯している。頬を赤くし、口元には淫靡な薄笑いが――。
「六花ちゃん?」
「はひっ!? なっ、なな、何でもない! すぐ拭いてあげるから待っててね!」
ビビクゥ! と反応した六花は、取り出したハンカチでイトの顔を丁寧に拭いてくれた。もちろん拭き終わる前に粘液のエフェクトは跡形もなく消えてしまうが、その心遣いが嬉しい。やはり天使か。
「やったー! 勝ったー!!」
「これで撮影が続けられるぞ!」
一方でアイドルたちは勝利の喜びを分かち合っていた。
さっきまでは撮影場所を取り合うライバル関係、洞窟内のもどこかピリピリとした緊張感が漂っていたというのに、今はそれを乗り越えたような連帯感に包まれている。
スカグフはゲーム。しかしその感情は本物。
彼女たちの行動が如実に変わったのを、イトは見た。
撮影に戻った彼女たちは、自分たちで発見した撮影スポットを、惜しみなく交換し始めた。
コンテストで勝ちたければ、自分だけのスポットは生命線。それを隠すことは悪行でも意地悪でもない。競争の中に自然と生まれる不文律。勝ちたければ拾いにいけ。助けがほしければ、それすら自分で手繰り寄せろ。それがグレイブアイドルたちの覚悟。
それを明かすということは、つまりライバルを超えた戦友ということだ。
そうして百枚以上のSSを撮り、結果、イトたちも満足のいく一枚をゲットできた。
烙奈が危惧した通り、このスポットでの応募作は多い。コンテストではここにいる全員が埋もれてしまうだろう。しかしきっと、自分の一番の顔が撮れた。
そういうのがイトには大事だった。
誰かに勝つのではなく、自分を輝かせられること、自分の光を磨くことが。
それができた時、勝ち負けの差なんて引っ込んでしまうと思うのだ。
六花ともたくさんSSが撮れた。何だか六花の方が緊張しているようで、ちょっと可笑しかった。撮影なんて、それこそ“外”の世界でだって何度もこなしているだろうに。
だがしかし、そろそろホームに戻ろうとなった時、再び問題が発生した。
「ヤバイヤバイ! 洞窟の入り口でスナッチャーが待ち構えてるって!」
アイドルの一人が逃げ戻るように洞窟奥に駆け込んでくる。
一難去ってまた一難。しかも今度は宿敵PKプレイヤー。
「ヤッバ、嗅ぎつけられたんだ」
「ここからホームに飛べないの?」
「お墓の中からはファストトラベル使えないんだよ。外まで出ないと」
場に広がる不穏な空気。しかし少女たちの視線は、期待するようにある一点に吸い寄せられていく。
「オホン」
それらをすべて受け止めて、イトは咳払いした。
「みんな安心してください。わたしたちが突破口を開くから、その隙に全力でダッシュです! 不安な人はあらかじめファストトラベルのマップを開いておいて!」
すでに一度、ここでの戦いを経験した仲。皆が頼もしくうなずき返してくる。
その中に込められた羨望と感謝の眼差しをイトは感じ取った。
アイドルの中のアイドル。何だか意味は少し違うが、そんな気になれた。
「よーし、行きますよー!」
『おー!』
たまたまこの光景を目撃したシンカーは、後に17ジャーナルにこう証言している。
「アイドルたちが出待ちを全員吹っ飛ばして真っ直ぐ家に帰っていった」と。
※
後日、コンテストの結果発表。
イトたちはわくわくしながらホームのポータル前に集まっていた。
一応、納得の一枚だ。入賞は厳しいとわかっていても、もしもということもある。
ジャッジはスカグフプレイヤー全員と、運営の両方で行う。運営の投票はほとんどオマケで、プレイヤーからの得票数がすべてと言っていい。
「じゃ、開くよ。せーの!」
三人で同時に結果発表をタップ。
『あー……』
やっぱり、と、がっかり、がない交ぜになったため息がモニター前で混ざる。
最優秀作品は、これに魂を賭けているSS勢が持っていった。
スカイグレイブのボスモンスターとの危機一髪を収めた一枚で、アイドルたちが目指す奇跡の一枚とは別方向だが、これはこれでゲームの有りようを余すところなく示している。パッケージやポスターに使われてもおかしくない見栄えの良さだ。
特設のアイドル部門ではやはり〈サニークラウン〉が獲っていった。人気投票ならばもう勝敗はやる前から明白だ。選考外となったイトたちの得票数は見えない。運営からの温情だろう。
「いいと思ったんですけどね。六花ちゃん相手じゃしょうがないですかー」
空元気でそう言いながらページを閉じようとした時、「ん? ちょっと待てイト」と烙奈がそれを止め、一番下のSSを指で示してきた。
伝説の一枚賞とある。奇跡の一枚にどこか語感の似た部門。こんなのがあっただろうか。
SSのタイトルは〈黄昏に染まる乙女〉――。
「ん!?」
イトはそこで異変に気付いた。
どこかで見覚えがあるような。
「こ、これわたしたちでは……!?」
被写体は、バスターソードを手にしたレザードレスアーマー。魔法使い初期装備。ディープブルーのゴスロリドレスの三人組。
大サイズのサムネイルでもまだ確証が持てず、イトはそのSSを最大化する。
すると――。
「なっ、なんじゃこりゃー!?」
ワイルドな夕日に照らされ、思い思いの立ち姿を見せる自分たちの姿があった。
記憶にある風景。これは、〈蛍火の魔術師〉でスナッチャーを撃退した後の瞬間ではないか。
ほっとして、みんなで笑い合った覚えがある――のに。
「誰……!?」
SS内のイトはバスターソードを肩に担ぎ、夕日も凍えそうな荒んだ目でカメラを見下ろしていた。
元凶は光源だ。強烈な夕焼けの赤色がとびきり深い陰影を作り出し、イトの目から光を奪っているのだった。
その顔はまるで「アナタはそこで黙って死んでいろ」と告げているかのよう。
「イトちゃんなんかまだいいよ! わたしなんかまぶしくてちょうど目を思いっきりつぶった時に撮られてて、“糸目のキャラが仲間を裏切った瞬間のすんごい笑顔”みたいになってるんだよ!?」
「わたしは歯を食いしばって眼だけが光っているバケモノなのだが、これは本当に無加工のSSなのか?」
これはひどい。
まるでアニメのオープニングで出てくる、まだ見ぬ強敵たち一覧。なんで主人公側にいないの。
イトはコメント欄を確認する。よく見ると、コメント数は最優秀作品よりも多い。
以下はそれらのほんの一部。
「奇跡の一枚(真実)」
「本性表したね」
「知ってた」
「ラーのカメラ」
「ちょっと待ってそれ他社ゲーネタだよね?」
「撮影者はもうこの世にいないらしいよ」
「だまして悪いが仕事なのよ」
「この三人絶対(何人か)ヤってるよね」
悪ノリだ。絶対みんな楽しんでコメントしている。
が、この作品の投稿者を見て、イトはさらに愕然することになった。
「機織り星さん!? え、うっそ!?」
タイミングよく、モニターの端から新着メールの通知がポップアップする。その機織り星当人からだ。
〈ワンダーライズ〉の皆さんへ――。
勝手にSSを撮影した上、コンテストに応募してしまって本当にごめんなさい。
今結果発表を見てわたしも本当に驚いています――。
メールはそのように始まり、以降も真摯な反省と謝罪が綴られている。それだけでこの人に悪意がなかったことは明白だった。
「これが撮れるってことは、機織り星さんもあそこにいたってことですか!?」
「でっ、でも変だよイトちゃん。このSS、わたしたちが許可してないのにコンテストの締め切りまで残ってる」
「AIまで悪ノリしたとも思えんが……。何か裏技でもあるのかの」
SSの許可は何も難しいことはない。強制でない限り簡単な口約束でもAIはヨシ! を出してくる。あの時は大勢の少女たちと話をしたから、それに当たるやりとりを気づかぬうちにしていたのかもしれない……。
「何にせよ、機織り星さんのSSなら何のもんくも言えないです……。受賞おめでとうございます!」
イトが謝罪メールに向かってそう言い放った時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「お嬢様方、大変でございます!」
『スパチャ!?』
「案件の依頼が嵐のように! メールフォームが混乱するため、一時的にわたくしのところで預かっています!」
「ほ、ホントですか!?」
「やったあ!」
「スパチャ、たとえばどんなものだ?」
「ハイ! 一部読み上げます!
――とうとう動き出したな。護衛の仕事を頼みたい。
――いい面構えだ。なかなかやるらしい。いい襲撃任務があるのだが、やらないか。
――初めまして。我がクランでは追い剥ぎを生業としており、是非そちらとの提携を……」
『違ああああああああああああああああうっっっ!!!!!』
ダンジョンでも聞かれなかった〈ワンダーライズ〉の本気の悲鳴が、ホームの薄っぺらい窓をがたがたと揺らした。