案件3:ヴァンダライズ!
「気をつけろ! ヤツらはスナッチャーだ!」
自主的に警備役を担ってくれているシンカーたちが大声で警告しながら、無法者たちに立ち向かっていった。
スナッチャーとは、襲撃された相手の恐れおののく表情や、PKされダウンした姿等をSSに収め、それをあざ笑いながら投稿フォームに流すという悪質なプレイヤーの総称だった。
彼らの狙いは有名プレイヤーやアイドルで、特に非力なアイドル職は格好のターゲットにされている。
SSは被写体の不同意とAIの倫理判定により一日で削除され、ゲーム外へ持ち出すことも禁じられるので、ネットの世界から一応除去はされる。しかし、それで襲われたアイドルたちの恐怖が拭われるわけでもない。インできなくなってしまったアイドルも、PKに遭った経験のある一部のプレイヤーがトラウマを抱くように、いる。
厄介なのは、ここはPK可能のアウトランド。無許可のSSだって、ゲームの規約上、一日分は許容されてしまうことだ。彼らの蛮行は仕様の一つとして認められたプレイスタイルなのだ。
しかし、ここでアイドルたちは逃げない。逃げられない。
彼女たちはシンカーにバフを配ることに矜持を持ってここにいる。
アイドルはモンスターとは戦わない。その代わり、ここが戦場だ。
けれども、いかに覚悟を持とうと、悪意を持った人々が自分たち目がけて襲いかかってくるという衝撃は重い。
ライズ会場に確かにあった熱狂は、青ざめた悲鳴へと一変していた。
「ダメだ、数が多すぎる! 突破された!」
「アイドルの人たちは逃げて!」
警備役のシンカーたちが叫ぶのを聞いて、無法者たちが広げるPKエリアに捕まる前に、アイドルたちがファストトラベルで安全なホームへと避難していく。いくらアウトランドでもホームにまでは侵入できない。ただし、一旦離れれば、再び戻ってくることは難しくなる。現場の状況がわからないからだ。すぐに戻って待ち伏せされては元も子もない。
だからこれは、完全なライズ会場の崩壊――。
そんな中、逃げ遅れたユニットがあった。
ステージ上でメンバーと身を寄せ合うようにして固まる黒髪の少女。月折六花。
PKの戦闘エリアに捕まると、ファストトラベルは禁じられてしまう。
最後までシンカーのためにライズし続けようとした彼女は、悪質プレイヤーの蜘蛛の巣に絡め取られたのだ。
「てめえらふざけんなよ!」
「六花ちゃんを守れ!」
周囲にいたシンカーたちが六花の盾になろうと立ち向かう。
彼らは長く会場にいながら、空墓探索へ乗り出す素振りはなかった。生粋のシンカーではなく、月折六花のライズを見に来ただけのファンだ。初期装備の剣とペンライトの二刀流で挑みかかるも、襲撃慣れしたスナッチャーたちにあえなく一蹴されてしまう。
スカグフの対人戦は、決闘用の補正がかかることにより、レベルよりもスキル構成と知識がものを言う。初心者はもちろんのこと、冒険用の構成では対人を想定してきた相手に勝てるわけがない。
そしてそれは、そもそも非戦闘職であるアイドルには言うまでもなく……。
「たどり着いたぁ……!」
今、ステージ上にスナッチャーの一人がいやらしく這い上がってきた。
そのぎらつく目に、怯えた表情を見せる六花。
「ぐへへ、たまんねえなその顔! やっぱ君は曇り顔の時が一番可愛いよ……」
後はもう一方的に嬲られ、弄ばれるしかない――。
が。
「どけええええええええい!」
「ぐべえ!?」
分厚い鉄塊が空を切る音が鳴り、六花に近づこうとしたスナッチャーを枯葉のように吹き飛ばした。
「六花ちゃんの一番可愛い顔は笑顔だって言ってるだろお!? 異論はファンサイトの掲示板でのみ認める!」
アイドルが持つにはゴツすぎるバスターソードに、レザードレスアーマー。フラワーヘアバンド。この場においては誰よりも貧相な初期装備。
その相手に気づいた六花が歓喜の声を上げる。
「イトちゃん!」
「えへへ……助けに来ましたよ六花ちゃん!」
イトと六花はフレンド登録もしている真の友だ。別に同じ事務所のメンバーは全部フレ登録されているけど、そうだ。今だって目と目が合っているのだから、そうに違いない。
会場からわっと歓声が上がる。
「ヴァンダライズ団! なんだよ警備の連中、とっておきのタマを用意しててくれたんじゃねえか!」
「アイドルたちの守護天使が来てくれた! これで勝つる!」
「ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけるとは憎いねえ! 今までどこにいたんだいっ!?」
「ずっといましたあ!!」
イトは叫び返した。
一方で激しいブーイングを浴びせてくるのはスナッチャーたちだ。
「くそォ! またヴァンダライズ団か!!」
「なぜここにヤツらが!?」
「ヴァンダライズじゃありません!」
スナッチャーにも叫び返した後で、イトはブンブン振り回したバスターソードをガシンと肩に乗せ宣言する。
「わたしたちは〈ワンダーライズ〉! れっきとしたアイドルユニット! です!」
「ウソつけ! そんな初期コスでバスターソードぶん回すアイドルがいてたまるか!」
「ぐふうっ! そ、それは余計なお世話です! ともかく六花ちゃんを撮りたければ笑顔を撮れ笑顔を! ちなみにわたしが一番だと思う笑顔はやっぱりライズの時……と言いたいところですが、今のイチオシは事務所近くのカフェでチョコレートパフェを食べてる時の顔ですねえ!」
「こいつ言いたいことを一方的に!」
ばちばちと火花を飛ばし合う、そこに。
「やかましいぞおまえら。何を初期装備のヤツにビビってんだ、あぁん?」
PK集団から一人のプレイヤーが歩み出る。
まわりが、それが正装のように世紀末モヒカンコスチュームで固める中、一人だけ見栄えのいい鎧を装備した男。
雰囲気からしてこのPK集団のリーダーだ。
「“蒼きタケノコ”さん!」
ただし名前が変だった。
それでも周囲からの信頼の眼差しは本物らしく、イトたちの出現によって浮足立っていた悪漢たちはたちまち落ち着きを取り戻す。
「オウおまえら、一週間現実世界に監禁されてたオレの久々のログインなんだぞ。さっさと始めねえか。アイドルたちの曇り顔と無様にダウンした姿だけが、社会に疲れたオレの心を癒してくれる……」
「さすが蒼きタケノコさんだ。社会人として絶対に口外しちゃいけねえ本音を堂々と!」
「この人についていったら絶対にヤバイ! しかし!」
「蒼きタケノコさん、やっちまってくだせえ!」
スナッチャーたちが下がり、蒼きタケノコだけが場に残る。
自然と形成される決闘場。イトは迷いなくステージ上からそこへ飛び降りた。
「イトちゃん、ダメだよ逃げて!」
六花が悲鳴のような声で叫んでくる。そんな彼女にイトはニッと笑い、
「六花ちゃんたちこそ今のうちに避難を! ここはわたしが引き受けます!」
「そ、そんな……」
背後にはトップアイドル――ヒロイン。正面には少女を傷つけるならず者。
まごうことなき正しき戦いに、イトはしっかりとバスターソードを構え直した。
※
「これはいかなることでしょう」
どこでもない場所。スカグフのスタッフルームとでも言うべきメモリの海の中で、あまねく広がる監視カメラからその戦場を見ていた一匹のイワトビペンギン、スーパーセバスチャンは独り言ちていた。
彼の黒目に映るのは、彼が仕えるアイドルの一人、白詰糸。
「この戦い方はどう見ても……」
スカグフ世界のNPCたちは、常に自動生成AIからのライティングを受け、人格とも呼べる深いパーソナリティを獲得している。表面上のスムーズなやりとりだけでなく、内面での思考すら精緻に実行されているのだ。ほとんど生物と変わりないことが、このゲームが高い評価を得ている一因だった。
スクリーンの中の戦いは、男が押していた。少なくとも表面上はそう見えた。周囲の人々の悲鳴。とりわけ、ステージ上で痛ましいほどに青ざめた月折六花の表情がそれを裏付けている。
「だが、これは」
誘いだ。
スパチャの主人たるイトの目は、恐ろしいほどに澄み、凪いでいる。
相手の攻撃起点に吸い付くような眼差し。
この目を知っている。
この目が生きていた時代を知っている。
「なぜ、ここに」
主人の得物を見る。
彼女の選択は何よりも正しい。
バスターソード。
全武器種に対し適性がC止まりのアイドルにとって、基礎攻撃値が高いバスターソードは対人戦において優良な解となる。決闘用のステータス補正と、武器の攻撃力が、非力なアバターの能力を補ってくれる。それも過剰に。
それらを踏まえた上でスパチャは思い出す。
思い出すという行為が、主筆システムから許されている。
あの鉄火の季節。『スカイグレイブファンタジア』唯一の暗黒期と呼べる歪んだシーズン。
それまで安定したゲーム構築を行っていた主筆システムが、突如、日陰コンテンツだったPVPをメインコンテンツに押し上げ、結果、それまで右肩上がりだったプレイヤー人口の四割を消し飛ばした。
シーズン4。通称シーズン・ウォー。戦争の季節。
「終わりだ!」
PKプレイヤー蒼きタケノコがとうとうイトを追い詰めたと確信し、大技に出る。
先ほどステータスを確認したところ、それなりに対人戦にカスタムしたスキル構成。防御はほどほどにし、攻撃とスピードに重きを置く。この襲撃者たちの中では一番の使い手と言えた。
だが“生き残り”に対してその行動は無礼だ。
イトの瞳に暗い光が走る。
男の隙に差し込まれた、お手本のように鋭い下段斬り。
バスターソードの初期スキル“くるぶし割り”だ。
剣の刃ではなく幅のある側面部分で薙ぎ払うため、回避が難しい。
連携に割り込まれた男は、盛大にひっくり返った。
ただ、ダウンを奪える代わりにこのスキルは威力が低い。ダメージは微々たるもの。
しかしイトは、すぐさま次のスキルの構えを取った。思い切りバスターソードを振りかぶる。
「!!」
当然そうするべしと自然に考えていたスパチャは、イトがその通りの行動を取ったことに驚き震えた。
それは。その連携は正しく。
「くっ、ちくしょ――!」
イトの構えを見た男が、ダウンからの退避行動、後転起き上がりで逃げようとする。
ある意味で当然の判断。凶器を振り上げた相手から離れようとする人間的な反応。しかし。
「いけない!」
主人の敵の行動だというのに、スパチャは思わず叫んでいた。
イトはどう見ても、倒れた相手にバスターソードを叩きつけようとしていた。
そこからの退避は正しい行動と思える。これがゲームでなければ。
後転しながら離れていく相手に、イトはしかし剣を振りかぶったまま。
チャージ、している。
バスターソードの初期スキルの中では最大の攻撃力を誇る大技“ヴァンダライズ”。そのチャージ3!
「でいやあああああっ!」
イトが気合と共に大剣を振り下ろす。
このPKプレイヤーは気づくべきだった。くるぶし割りからノータイムでヴァンダライズの構えを取った、その意味を。
「ぐぼァ!!」
直撃する。後転起き上がりの退避行動が終わった直後の男の体に、ヴァンダライズ・チャージ3の当たり判定の最先端が。
ゴアカウンター!
攻撃されたプレイヤーの視界が真っ赤に染まり、不快な震えが全身を駆け抜ける。それがこのゲームにおいての痛覚。痛みはなくともダメージの大きさを脳が強く認識する。
そう、刺さってしまうのだ。ヴァンダライズ・チャージ3は、くるぶし割りからの後転起き上がりの終わり際に、ゴアカウンターという最悪の形で。
これはそういう回避狩りの連携。男のHPゲージの七割が一瞬で弾け飛ぶ。
さらにイトが剣を振りかぶる。
再びヴァンダライズの構え!
「チャージ1……!」
スパチャのつぶやきの通り、イトは今度はチャージ一段階目で斬撃を解放した。
ゴアカウンターヒットの硬直が続いていた対戦相手の体に、それは容赦なくめり込む。
「ぎえぇ……た、助け……」
「もう一回ですお嬢様……!」
男の情けない命乞いに重なったスパチャの声に応えるように、イトはもう一度チャージ1を実行。これも直撃。ここまで確定で入る凶悪無比。ついに相手プレイヤーのHPは跡形もなく消し飛び、死に体となったアバターが無様に転がった。
一瞬の静寂。
それから、爆発するような大歓声。
「ヴァンダライズ、スリー、ワン、ワン……通称“ケルベロス”!!」
スパチャは感極まったようにつぶやき目を閉じた。
間違いない。これはシーズン・ウォーに編み出され、そして多くの戦鬼たちと共に消えていった古の剣技の一つだ。
多くの防御システムが追加された今なら、この連携はかつてほどの脅威はない。
だが、知らなければ食らう。食らえば終わる。
現代の対人理論では、バスターソードはリーチを生かした小技が主体。一撃必殺とは逆向きの進化を遂げている。ケルベロスは廃れ、最新の攻略データベースにも載っていない。だから通った。
「イトちゃん、イトちゃん……よかった、よかったぁ……」
「ホワアアア! り、六花ちゃんそんなに密着されたら百合営業法違反で……はああああ神父さま罪を告白しますううう……」
スクリーンの中では、ステージから飛び降りた六花に抱き着かれ、イトが溶けていっている。
一方、戦いの結果を見たPKプレイヤーたちは逃げ出し、まわりのプレイヤーは腕を振り上げてイトの勝利を讃えていた。
「完全に殺しの技。そしてあの目は“彼”のものだ。これはどういうことだ……?」
彼は去った。彼らと共に。嵐と共に。もう帰ってくることはないはずだし、イトと接点があるとも思えない。
謎が残る。しかし――それを解くことは自分の仕事ではない、とスパチャの思考にロックがかかった。主筆システムがその行為を禁じている。
確かにそうだ。自分の仕事はあくまでアイドルたちの補佐。探偵ではない。ましてや自分の主人を探るなどと。
「ともあれ、これで少しは、アイドルとしての人気も上がると良いのですが」
彼は頭を切り替え、ぺたぺたと表の世界に出ていく。
お仕事を終えた主人たちをホームで出迎え、労いの言葉をかけなければならない。
無論、ケルベロスのことはおくびにも出さず。
※
翌日。プレイヤー有志による日刊紙、17ジャーナルにて。
――新星傭兵団ヴァンダライズ、またまたトップアイドル月折六花を救う!! 悪質プレイヤーを豪快コンボで撃破。正に徹底破壊! 可憐なる守護天使の活躍に、会場の安全性に悩むアイドル職からは喜びの声多数――。
「ちゃんとアイドルって宣言したのに絶対わざとやってるでしょこれえええええええええええ!?」
バンバンバン!
「お嬢様、ホームでの台パンは禁止されております!!」
対戦相手に心理的プレッシャーをかけて溜め攻撃を当てるアイドル。