案件19:潮干狩り銃撃戦!
ビッグウェーブの到来と共にあちこちで戦闘が発生する。
いち早く立ち向かっていったのは、やはりやる気勢だ。
ズィーガはお邪魔モンスターであると同時に、倒せば大量の貴石を落とすボーナスキャラでもあるため、浜辺に陣取る場合はこれを狩るのが一番効率がいい。
ただ、通常のモンスターと違って水鉄砲でしかダメージを与えられないため、モリモリに鍛えた自慢の武器も役立たず。普段と違う勝手に手こずっているうちに、数体のカニたちが防衛ラインを突破。こちらへと向かってくる。
「えーっと、そろそろ休憩時間で……」
「フレに呼ばれたので移動しますね」
少し離れた位置で見物していた数人の男性シンカーたちが、いそいそと後退していくのが見えた。しかし完全には離脱しない。チラチラと何かを期待するようにこちらをうかがっているのを、イトの目はしっかりと捉えていた。
「あの人たち、絶対アタシらのアーマーブレイク待ちだよ」
「さっきボールカメラがどうとかの話もしてたし」
女の子の一人がそう忠告してくれる。
なるほどそういうことか。
水着の女の子を見に来る男性客の下心は、アイドルならば当然承知の上。撮影会とはそういうものだし、あえてアーマーブレイクして人目を集めようというアイドルだって出てくるはずだ。それは悪ではなく、むしろプロ。
しかし――。とイトは、迫りくるカニを見つめるセツナに目をやる。
セツナの前では、強く賢く美しくカッコカワイイお姉ちゃん像を揺らがせるわけにはいかない。「イトさんってそんなへなちょこナメクジだったんですね、がっかりです」なんて蔑んだ目で言われた日にはもう立ち直れない。
そして何より、セツナのこの大胆かつ愛らしい水着姿を人前でブレイクさせるなんてとんでもない! これは絶対に死守すべきもの!
「ならばわたしたちもアイドルの意地を見せつけてやりましょう! みんな、へんっ、しんっ!」
無駄なポーズをつけつつアーマーシステムをオン。戦闘モードに移行する。それを見た他の少女たちも次々にアーマーを展開した。
「あのカニを半包囲です! ポロリはないぞー!」
『おー!』
イトの号令の元、少女たちはU字にカニを取り囲んだ。標的の多さに戸惑うようなカニに対し、一斉に水鉄砲を発射する。セツナも一緒になって引き金を引いた。
水鉄砲を浴びた巨大シオマネキが、何だか嬉しそうにウェービングをする。威嚇なのだろうか。その体は水のヒットと共にどんどん小さくなっていき、同時に体からは貴石がポロポロとこぼれ落ちた。
そうして最後には普通のサイズにまで縮んで、海の方へ逃げていく。
「やった、やりましたよイトさん!」
「セツナちゃんえらいっ。さあみんな、拾って拾って!」
わーっとみんなでこぼれた貴石を拾い集める。ここでも早い者勝ちになってしまうが、他者を押しのけるほどではない。何しろ、簡単には拾い切れないほど、カニは貴石を落としていくのだから。
それを見ていた男性客たちから、無念の声の数々が流れてきた。
「クッ、ダメか。一人くらいはやられてくれると思ったが……!」
「っていうかあれ〈ヴァンダライズ〉じゃねーかよ。これじゃ強いに決まってる」
「それより、カニが落とした石多くね? オレらも次は取りに行かないと損だぜ」
ドロップ量が多いという話題は、まわりにいる女の子たちからも聞かれた。アーマーブレイクなんていう素敵――いや余計なリスクの代わりに、そういうボーナスが付いたのかもしれない。
「ウェーブ!」
「ヨーソロー!」
すぐさま第二波到来。
さっきは見物を決め込んでいた男性陣も勇んで突撃だ。
しかし――。
「ぶえええええ!? クッソ強えぞコイツら!?」
「やめろォ! うぎゃあああああ!」
カニのハサミに捕まったシンカーがゼロ距離から執拗に水鉄砲を撃たれまくって、ポイと捨てられる。一目でヤバイとわかるやられ方だ。
「よく見りゃ色が違うじゃん! もしかして強化個体か!?」
浜辺に緊張が走った。お邪魔キャラは種類はあれど強さは同じ。攻略サイトにもそう書かれていたはずだ。これも告知無しの新要素か。
余裕の勝利をアテにしていた男性シンカーたちは次々に水鉄砲の餌食になっていった。
「ぐわああ、やられたー!」
「つうか、男もアーマーブレイクすんのかよお!?」
「嬉しくない! 全っ然嬉しくなああああい!」
先ほどに続き、哀しい悲鳴があちこちから上がる。女の子のアーマーブレイクは見られないし、自分たちが先に剥かれるし、今日の彼らは踏んだり蹴ったりだ。
「イ、イトさん、どうするんですか。カニさんたちがこっちに来ます」
セツナの焦った声が判断を求めてきた。
突っ込んだ男性シンカーたちが多かったおかげで、接近する数はさっきよりも減っている。しかし一体一体が比じゃないくらい強い。同じ手はきっと通用しない。
「仕方ありません、みんな下がって! 浜辺の方にいる人たちと協力です!」
後方には屋台客がおり、休憩所の海の家もある。そこにいるのはもちろん全員がシンカーたち。敵が迫ってきたとなれば一緒に戦ってくれるはず。
しかし。
「きゃあ!」
「わあっ!」
それを追ってすぐにカニの水鉄砲が飛んできた。射程も強化されている。
雨のような集中攻撃を受けた少女たちが次々にアーマーブレイクさせられ、その場に座り込んでしまった。
手を取って逃げるイトとセツナも狙われる。
足元で爆ぜるいくつもの水飛沫。
「あっ、当たる……きゃああ!」
セツナに直撃コース。避けられない!
その寸前で、イトはセツナに飛びついた。
全身が濡れる感触があり、アーマーが砕ける震動が伝わった。
痛みはない。が、体が動かない。どうやらアウトをもらってしまったようだ。イトは海辺に倒れたまま、腕の中にいるセツナに呼びかける。
「セツナちゃん、目を開けても大丈夫ですよ」
きつくまぶたを閉じていたセツナが恐る恐る目を開く。
「ごめんなさい。盾になるつもりが、二人でやられちゃいました」
「イトお姉ちゃん……」
セツナもアーマーブレイク状態だ。胸部と腰を守っていた可愛らしい鎧が砕け、腰の横の無防備な地肌がチラ見えしている。
「ちょっと恥ずかしい体勢でしょうけど、少しだけ我慢してくださいね。すぐ動けるようになりますから……」
「ううん、大丈夫です。守ってくれてありがとう……」
セツナが胸に顔を埋めてきた。濡れた体はぴったりと密着し、倒れた拍子に足と足も自然と絡まっている。少女の鼓動が肌を通じて伝わってくるようだった。
(はああああああ! これは事故だからセーフ! 偶然だから不可抗力!)
そんな邪悪な考えに胸を高鳴らせていると――。
「きゃあああイトちゃんごめん!」
「むぎゃ!」
「すまんイト」
「おぎょ!」
続けざまに千夜子と烙奈が上にのしかかってきた。――というか吹っ飛ばされてきた。
「わたしたちもやられちゃった……」
「ここの集団は壊滅状態だな」
「ぐむむむ……」
動けない仲間たちの下敷きになりながらイトはうなる。
腕に覚えのあるプレイヤーはさすがにしぶとい。波打ち際の最前線で戦っているシンカーたちは、苦戦しつつも生き残っている。ただ、強化カニたちはほとんどが健在。これではダウンから回復しても同じことの繰り返しだ。
一体どうすればいい。
そう思案したイトは次の瞬間、こんな声を聞いた。
「――全軍、突撃」
『バイノハヤサデー!』
突然、水鉄砲を構えた集団が横から突っ込んできた。
「アーマー展開。盾役は一発受けたら後方と交代し、攻撃隊に参加。無駄死に無用。効率的に倒し、非効率的に倒されなさい」
「イエッサッ!!!」
まるで訓練された軍勢。百人は下らないシンカーたちが、自らの役目を完全に理解した規律的な動きでカニへの突撃攻撃を敢行していく。
「イトちゃん、みんな、大丈夫!?」
「その声は六花ちゃんですか!?」
イトは懸命に首を巡らせて周囲を確認した。
アーマーをオンにした六花が駆けつけてきている。が、その心配そうな顔は、こちらを見るなり急にすっと冷え、
「……何で三人で抱き合ってるの……?」
「みんなやられて吹っ飛んできたんですよ! それより、この大攻勢は……!?」
「あっ、そうだった! いづながみんなを指揮してるの! もう大丈夫だからね」
それを聞いてイトは合点がいった。
「さすがいづな軍曹……!」
「あの人、絶対にこういうのを楽しんでいるよな?」
話をする間にも、結城いづな率いるファン集団は物量でカニを押し潰していった。
何より恐ろしいのは、カニが大量の貴石を落としても誰も見向きもしないことだ。完璧に相手を撃滅するだけのマシーンと化し、ただただ敵を駆逐していく。
ほどなくしてウェーブは終了した。その頃にはとっくに復活していたイトたちも、浜から後退して観客の一人と化していた。
「戦利品を回収し、速やかに撤収。邪魔したわね」
たおやかに一礼すると、いづなは悠々と去っていった。その脇をファンたちが「ファミコンウォーズが出たぞー」と謎の歌を歌いながら駆け足で追い抜いていく。
「ああ見えて、ファンの人たちも十分楽しんでますよね……」
「まあ、ね……」
遠い目で言ったイトに、苦笑の六花が応じる。
と、ここでふと彼女がこちらを見ながら、
「あれ、イトちゃん。それ何?」
「へ?」
言われて気づいた。破損状態から自動復元したアーマースカートの隙間に、何かが挟まっている。
倒れた拍子に挟まったのか、それともカニの水流に紛れていたのか。
「何ですかコレ?」
手に取ったイトは、みんなと一緒になってその物体をのぞき込む。
それは、人の骨を模した鍵だった。
今日は4月1日、エイプリルフール。アーマードコアファンがどこか満ち足りた顔をしている日。